おはなしまとめ | ナノ

12


 運ばれてきた定食を前にして私のお腹は我慢できず大きく鳴いた。聞かれただろうかと顔を上げれば、気にしてないとでも言うように佐助くんは微笑んでいた。これが石田くんだったら聞いてもいないのに『聞こえていない』とか言いそうだなあ。

 両手を合わせて「いただきます」と声に出す。その声は佐助くんと重なりハッとして佐助くんを見るも彼は味噌汁を啜っていて私の視線には気づいていない。なんだろうこの気持ちは。自分以外の「いただきます」を耳にして誰かとこうして温かい夕飯を食べる事が、物凄く久しぶりな事に気が付いてしまった。それが悲しいのか今が満たされているのか分からない。ただ口に入れた味噌汁が火傷しそうな程に熱くて涙が出そうだった。

「なまえちゃんは好きな人いるの?付き合ってる人とか」
「いたら死ぬ気で抵抗していたと思いますよ」
「へへ。だよねー良かった」
「お兄さんは居ないんですか?恋人とか」
「とかって何さ。いる訳ないでしょ!こう見えても一途なのよ?それに今は傷心中って言うか」

 何か言いかけて口を閉じて私の表情を伺うように見つめてくる。何を言われても気にしないけどな、と首を傾げてみれば少し悩んだ素振りを見せてから佐助くんは口を開いた。

「ずーっと、もう何年だろ。幼稚園の時から好きだった子がつい先日結婚してさ。幸せになってくれて良かったって思いと、俺は今まで何してんだろって考えたらちょっとセンチメンタルになっちゃって、ごめんね」
「ああ、それで私に声かけたの?」
「それは違う!なまえちゃんに声をかけたのは一目惚れ。次いつ会えるかも分からないし、会っても誰かと結婚してるかもしれないし。そう考えたらさ、声をかけない事ほど勿体無いことって無くない?」
「凄いプラス思考、どこがセンチメンタルなんだか」

 幼稚園からの一途発言にロマンチック!少女漫画みたい!とドキドキ感動してしまった私の気持ちを返して欲しい。佐助くんはへへへと笑って漬物を口に運んだ。それから「じゃあなまえちゃんフリーって事だよね?」と確認されて石田くんの顔が頭を過ぎる。

「でも想いを寄せてくれている人はいます」
「この間の男?なまえちゃんしか見えてないって感じだったもんね、付き合うの?」
「自分が彼の事をどう思ってるのか分からなくて、悩んでるところです」
「あーつまりキープってわけね」

 そんなつもりは無かったが、言われてみればそう取られる状況にある事に気が付かされて思考が停止する。目を開いて箸の動きが止まった事に気が付いた佐助くんは「なんか余計な事言っちゃった?」と苦笑いを浮かべた。

「いや自覚が無かったから吃驚しちゃって。このままじゃ駄目だなって思うんだけど何と答えたら良いのか」
「じゃあさ、期限を決めるとかは?」
「期限?」
「そ。終わりが無いから曖昧になるんだよね、そういう関係ってさ」

 なるほど期限か。果たして石田くんに対して意味があるのか分からないけど、自分の中で気持ちを整理するには締めを設ける方が良いか。ふと視線を向ければ、私の頭の中でも読んでいるみたいに佐助くんはニコリと笑っていた。人の中に入って来るのが上手いなあと、味噌汁を啜って彼の提案を胸の中で飲んだ。

 それから下らない会話をいくつか交わした。その中で佐助くんがあのお店のオーナーだと言うことや、閉店作業中によく私を見かけていたと言う事を聞かされた。たわいも無い、何の気も使わない、息抜きのような時間だった。

 食事を終えて帰る頃には、彼への不快感がさっぱり消えていた。心を包み込むような柔らかい口調と動作、生まれもってなのだろうか?テクニシャンだなあと関心する。竹中部長も近しいけれど隠しきれないドSオーラと挑発的な発言は、包み込むと言うより縛り上げられるような気持ちにさせる。
そして佐助くんと会話をしながら思うのは、きっとこれが普通の形だと言う事。わざわざ聞き出すのでは無く、自然な会話の流れとしてお互いを知っていく。こうして時間をかけて深い所まで知り合い同じ時間を共有する中で共通の話題が生まれて、思い出ができてそれをいくつも重ねて、その結末に私の望む理想の愛がある。あくまで理想だけど。



 会計を済ませた佐助くんの後に続いて店を出る。夜の冷たい空気を吸い込んでから、出したものの使わなかった財布を鞄に戻した。

「佐助くん、ありがとう。お礼のつもりがご馳走になっちゃった」
「やーっと名前呼んでくれた!へへ、一人で食べる晩飯って寂しいから付き合ってくれて良かったよ。俺様の方こそ、ありがとう」
「私も!温かい御飯久しぶりだったから凄い沁みちゃった。食事を共にする人がいるのって良いね」
「えっ、ええっ、何で泣いてるの?!」
「ごめん。なんだろうね、涙腺が緩いなんて歳かな?」

 ぽろぽろと勝手に溢れて来る涙を手で拭えば「これ使って」とハンカチを差し出してくれた。気が効くなあと思いながら受け取り優しく目に押し当てる。佐助くんは少し距離をとって私を見つめている。此処で触れてこないのは佐助くんなりの配慮なのだろう。人は見かけによらないのかもしれないと、私の凝り固まった思考がほんの少しだけ解された。

「なまえちゃん大丈夫?」
「うん、もう平気。本当にごめんね、ハンカチ洗って返すから持ってても良い?・・・佐助くん?」
「なまえちゃん、好き」
「・・・どうしたの急に」
「好きだから付き合いたいと思うんだけど、さ。その前に言わなきゃいけない事があって」

 これから何を告白されるのだろうかと嫌な緊張に心臓がドクドクと鳴った。

「男女の営みって言うの?出来ないんだよね、勃たなくて」
「それってつまり」
「勃起不全ってやつ。引いた?顔が良くても不能じゃ価値無いよね。数年前まである女のペットでさ、けっこー散々な事されられてトラウマみたいで。カウンセリングも行くんだけど全然回復の兆し無くってさ。いやー困ったもんだよねぇ」

 泣きそうな声と固まった笑顔に何も言えなくなる。やっぱり問題の無い人間なんていないのかもしれない。彼の笑顔に感じていた違和感がハッキリとして、抱いていた嫌悪感が消えていった。黙っている私に諦めを感じたのか佐助くんの目は赤くなりかけて、その表情に私の目頭が熱くなる。気持ちを理解する事は出来ないけれど傷付けたく無いと思えば自然に手が伸びていた。オートモードの母性本能が勝手に仕事して、彼の背中を二度ほど撫でると無色透明の液体が佐助くんの目から溢れた。

「佐助くんのハンカチは使っちゃったから私の使って」
「ありがと、なまえちゃんと同じ匂いがする」
「嗅がないで!気の利いた言葉の一つも言えなくてごめんね、私そういう事の重要性って知らないから分からなくて。でも前に進もうとしてる佐助くん凄いと思う。きっと良くなるからそんな顔しないで」
「へへ、隣に居てくれるのがなまえちゃんで良かった」

 左手で佐助くんの背中を撫で続けながら目のやり場に困って空を見上げる。この時期の澄んだ空気のせいか、いつもより星がハッキリと綺麗に見えた。この空を佐助くんにも見てほしいと思っている私は、自分でも笑ってしまう程に絆されやすいのだと思う。

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