おはなしまとめ | ナノ

13


 カタカタと音を立ててキーボートを叩きながら、昨日の佐助くんとの会話を思い出しては灰色のもやもやを胸に感じた。仕事をしていても佐助くんの顔が思い浮かんで勝手にため息が漏れる。この感情が何なのか分からないけれど、佐助くんの涙が頭から離れない。彼はどれだけの涙を笑顔で隠してきたのだろう。

「はあ・・・」

 本日十数回目のため息を吐いて、それから告白された事を思い出す。さらりと言われたものだから忘れていたけれど、好きだと付き合いたいとハッキリ言われた。まともに会話したのは昨日が初めてなのに。彼はこれまでもそういう付き合い方をしてきたのだろうか?やっぱりチャラくないか?でも不思議と嫌な気持ちにはならなかった。佐助くんが口達者だからなのかなあ。

「はあ・・・」
「今ので何度だ?幾度嘆息すれば気が済む」
「あーごめんね、無意識で出ちゃって。気をつける」
「何かあったのか」
「・・・んーん、遅くまでドラマ見てたから寝不足なだけ!心配かけてごめんね」
「ふん、嘘をつくなら其れなりの顔をしろ」

 説明の仕様が無く言ってしまった嘘に石田くんはすぐに気付いて少しだけムクれた。気遣ってくれたのに申し訳無いという罪悪感にため息が出そうになって慌てて飲み込む。良く無い事はこうやって連鎖してしまうから駄目だ。

 定時を少し過ぎてから石田くんが私の名前を呼んだ。顔を向ければ『西大学病院へのアクセス』と書かれたコピー用紙を渡されて目を通す。面会時間の部分に黄色いマーカーが引かれていて、もしかして?と石田くんの顔を見れば彼は黙って頷いた。

「半兵衛様との面会の許可が降りた。明日の昼、家まで迎えに行く。支度して待っていろ」
「うん、でも良いのかな?私みたいな平社員がお見舞いなんて・・・そりゃあ心配だしお顔拝見したいけど」
「許可なら既に頂いている。半兵衛様の元気なお姿を見ればなまえの鬱蒼とした顔も冴えるだろう」
「・・・そ、そうだね、ありがとう」

 私は石田くんみたいにプライベートまで仕事に浸かってるわけじゃないんだけどなあと思いつつ、ズレてるけれど気遣ってくれる石田くんの優しさを受け取った。明日の予定が何も無くて良かった。

 明日に備えてもう帰れと言われ会社を後にする。帰宅ラッシュの時間、金曜日と言う事もあり沢山の人が行き交っていた。チラリと佐助くんのお店がある方角に目をやればお洒落な看板が見えて少しだけドキドキする。行ってみようか、それとも余計なことはせずに帰ろうか。一歩が踏み出せずに白い息を吐いていれば後ろから誰かに抱きしめられた。冷たくなった耳に暖かい息がかかる。

「Hi,honey.迎えに来たぜ?」
「え・・・政宗?なんで、ちょっと離してよ」
「そう暴れんなって、何も此処で取って食おうってんじゃねぇよ」
「そう言う問題じゃ無い!場所を考えてよ、場所!」

 政宗との一件を何処かの部署の女子が見ていたらしく、一部だが社内で変な噂が立っているのだ。彼の容姿とこの若さで社長をしている事を考えれば政宗目当ての女が居るのは当然だった。石田くんとの噂だけでも大変なのに、これ以上の目撃情報は迷惑この上ない。

「何しに来たの」
「dinnerでもどうかと思ってな」
「行くわけないでしょ」
「Hum・・・なまえの会社とオレの関係、知らねぇのか?頼み込まれて手を貸してやってんだぜ」
「なっ、最低。脅すの?」

 ククッと喉を鳴らす政宗をどう黙らせようかと悩んでいれば、背後から同部署の女子の声が聞こえた。ああもう、二股なんて勘違いされたら堪ったもんじゃない。

「分かったわよ、今回だけだからね」
「Ok,じゃあ行こうぜ?」

 腰に回された手を払い落として停めてあった車に乗り込んだ。何処に連れていかれるのだろうか。竹中部長へのお見舞い品考えたりしたかったんだけどなあ。



 ゆったりと上品な音楽をBGMに、見るからに高そうなワインを一口で飲み干す。グラスを口に付けたまま見上げた天井には何処でこんなの売ってるんだろうかと思うほど大きくて煌びやかなシャンデリアが存在を主張していた。ゴクッと喉を鳴らして飲みきり正面に顔を戻せば、目の前に座る男は昔から変わらないニヤリとした笑みを浮かべている。調子に乗った憎たらしい顔、こんな男に一瞬でも心奪われていた時期があったのだと思い出すだけで壁に頭を打ち付けたくなる。

「ワインの価値なんて分からないから安酒のように飲むわよ」
「ああ、構わねぇ。ただし、それで持ち帰られても文句は無しだぜ?」
「・・・ワイン止めて水にしようかな」
「jokeだよ、連日遅いんだろ?今日くらい好きなだけ飲め、そして食え。家にはきっちり送ってやるから安心しな」

 彼らしく無い言葉に悪態を吐こうにも、柔らかい表情を見せられて言葉に詰まる。けれど騙されちゃいけない。顔を合わせるのも嫌な男、伊達政宗とこうして向かい合って高級レストランでディナーを共にしているのは脅されたからなんだ。彼の前で気を抜けば確実に食べられてしまう。

「政宗が何したいのか全然分からないわ」
「Ah?」
「私を抱きたい気持ちも、しつこく付きまとってくる意味も分からない」
「アンタならオレが求めているモノを満たしてくれんじゃねぇかと思ってな」

 試すような目線が不快でワイングラスに目を向け手に取った。随分と勝手な思い込みだ。残念ながら私はそんなに大層な人間じゃない。高校を卒業して何年という時間が経っても政宗に対する憤りは消えない私に、彼はどんな幻想を見ているのだろう。
 ワイングラスをテーブルに置いて、運ばれて来た皿に盛られた小さな肉の塊をナイフで切る。こんな堅苦しい料理より佐助くんと食べた定食の方が何倍も美味しかったなあ。

「そういや石田とはどういう関係なんだ?」
「営業アシスタントしてるんだけど、担当の営業が石田くんなの。政宗、石田くんと知り合いだったんだ」
「ああ、アイツはオレを覚えてねぇみてぇだけどな。なまえ、石田とは・・・何笑ってんだ?」
「ふふふ、ごめんね。私と石田くんの関係気になるんだって思ったら可笑しくて。なんか政宗、口説くの下手になったね」
「Ha!そう焦んなよ、夜はこれからだ」

 焦っているのはどっちだろう。余計な事を言ってしまったと後悔するも遅く、政宗の瞳の奥がギラリと光ったような気がした。けれど私は政宗に何を言われたって惚れたりしない。心に古傷として残ったあの日の光景を忘れることなど一生出来ないのだから。

「先に言っておくけど私には政宗の恋愛観は理解出来ない。石田くんは真っ直ぐに私と結婚したいって言ってくれたわ」
「石田だってどうだか分かんねぇだろ、アイツが自分の意思で結婚なんざしようと思うか?どうせ竹中の差し金だろ」
「知った風に言わないで」

 そんな人じゃないと思っていても違うと言い返せるほど私は石田くんのことを知らなくて、芽生えた不信感に目を瞑った。黙った私に政宗がどんな顔を向けていたのかは知る由も無い。ただ聞こえてきた彼の溜め息に胸がキュッと締まるように切なくなって、やっぱり政宗なんか嫌いだと思った。

 居心地の悪い空気の中、食事が終わるまで当たり障りの無い会話をした。政宗は急用が出来た為これから行くところがあると言って、帰りは小十郎さんが家まで送り届けてくれた。まだ時間も早いし電車で良かったのに、と思っていれば「話は政宗様から聞いた。悪かったな」と代理の謝罪を頂いて、昔から政宗のお世話で大変そうだった彼の姿を思い出して小さく笑った。

「小十郎さん老けましたね、そりゃあ私も年とるわけだ」
「老けたとは随分な物言いじゃねぇか。なまえは見ない間に大人になったな」
「ふふふ、ありがとうございます。もう大分良い年ですけどね」

 今は政宗の秘書であると言う片倉小十郎とは、高校時代に何度か言葉を交わしたことがあった。当時は政宗の家従だと聞かされていて、よく送り迎えをしてもらったものだ。変わらないオールバックと強面が懐かしく自ずと蘇る記憶には当然のように政宗がいて、どうしてこんな関係になってしまったのだろうと感傷的になって溢れた涙は拭わずに目を閉じた。夢心地に見える楽しかった過去の日々、全ては飲み慣れないワインのせいだと決めて逃げるように夢に潜った。


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