おはなしまとめ | ナノ

08


 あの日以来、政宗からの接触は無かった。頭から少しづつ苛立ちが消え始め、穏やかな日々に戻っていく。今日も今日とて石田くんの横暴な態度に付き合い急ぎの仕事をこなしていれば、昼休憩のタイミングを逃してしまった。
 コンビニに駆け込むも何も残っておらず、どうしようかと悩んで頭に浮かんだのは、以前同僚の女子と来たイタリアンのお店。早速、一人で潜入を試みる。お昼の時間帯より遅めの為か、店内には空席も見られた。

「いらっしゃいませ」
「まだランチいけますか?」
「はい、どうぞこちらへ」

 店員さんに案内されて席に着く。以前は女子トークでざわざわと煩かった店内には、休日の午後を思わせるような心地の良い音楽が流れていた。メニューに目を通し以前と同じパスタのセットを注文する。

「パスタお好きなんですか?先日もパスタでしたよね」
「っ、凄い。よく覚えてますね」
「へへへ、同僚の方と誰がイケメンかって話になった時、俺の事選んでくれたので」

 確かにそんな話してたな、と思い返して店員の顔を見上げてみる。あの時の選択は間違いでは無かったようで、ニッコリと微笑むお兄さんは矢張りかっこいい。お兄さんと言っても年は私と同じくらいだろうか?茶色とオレンジ色の中間カラーに少し長めの髪、身長も其れなりに高く、細く絞まった身体。加えて低音ボイスも丁度良い。ただ、とてもチャラそうだ。

「ふふ、正しい選択でした」
「もーそんなに見つめられたら俺様照れちゃう。すぐにお持ちしますので、少々お待ちください」

 あのルックスで茶目っ気のある感じは、きっと人気店員なんだろう。デスクワークで疲れた目を癒しに此処へ来る人も少なくなさそうだ。だからだろうか?ランチの時間あんなに混んでいるのは。

 携帯のバイブレーションを感じ、ポケットから出して画面を見る。石田くんから何処に居るかとのメールだった。昼休憩で外に出てる。と簡単に返信をして、店内に目を遣った。サラダとドリンクを手にしたイケメン店員と目が合う。私の席まで来て「お先にドリンクとサラダです」とテーブルに置いた。

「そんなに熱い視線送られると勘違いしちゃうよ?」
「ごめんなさい。たまたま、タイミングが」
「あ、じょーだん、冗談!真面目ちゃんなのね」

 見た目通りのチャラさ加減だった。彼もまた性行為で愛を育むタイプなのだろうか?けれど一見誠実そうな政宗より、この方が分かりやすくて良いかとも思った。

 彼は厨房に戻り、再び私の前に現れた時にはパスタとチョコレートケーキを持っていた。そのどちらもを私のテーブルに置いて、立てた人差し指を自分の口元に充てがう。それだけで絵になるのだからイケメンは狡い。石田くんがこんな事をするのは想像出来ないが、彼ももう少し柔らかい言動が出来たら今の10倍はモテるだろうに。

「俺様からのサービス、同僚さんには内緒ね」
「ありがとうございます、嬉しい」

 私が笑えばイケメン店員も微笑んで「そ、良かった」と去って行った。イケメンと言われたのがそんなに嬉しかったのだろうか?それとも彼流の顧客ゲット方法?なんにせよチョコレートケーキは大好きなのだ。有り難く頂くとしよう。
 パスタを口に運びながら、再び感じる携帯のバイブレーション。連絡して来たのは矢張り石田くんで。何処だ、見つけられない!と書かれていた。探していたのかと溜め息が溢れる。せめて探す前に店の名前を教えてくれとでも連絡してくれば良いのに。このお店のURLをメールで送ってから彼が辿り着くまで5分とかからなかった。

「なまえ・・・見つけたぞ・・・」
「石田くんお昼食べてないなら一緒に食べる?」
「三成、だ」
「あーごめん、三成。お昼・・・」
「いらん」

 このやり取りは今日だけで何度めだろうか。名前で呼ぶ事に慣れない私も私だが、最近の石田くんは『三成』と呼ばないと会話すらしてくれない。面倒この上無い。だがこのくらいなら可愛い方なのだろうか。石田くんは私の向かいの席へ腰掛けて、私の食べる姿を黙って見つめた。本当、何しに来たんだろう。

 パスタを食べ終えて、お待ちかねのチョコレートケーキへとフォークを伸ばす。カロリーなんて気にしない主義の私に、我慢なんて言葉は存在しないのだ。口いっぱいに含めば、とろけるような甘さと仄かなビター、しっとりとした食感に濃厚な味わいが広がる。

「んー美味しいー」
「ふん・・・だらしのない顔だ」
「はいはい。で、三成はわざわざ私を捜してどうしたの?急ぎの仕事?」
「なまえが勝手に姿を消すから迎えに来た」

 休憩時間くらい好きにさせてくれと思うも、彼にそれを理解出来る脳みそは持ち合わせていないのだろう。溜め息を漏らしたのと同時に、テーブルに水がひとつ置かれる。顔を上げればイケメン店員が、声には出さず「どう?」と首を傾げて聞いて来た。石田くんの手前、オーバーにリアクションも出来ず、笑って美味しいアピールをしてみればイケメン店員も歯を見せて笑った。

「こちらお連れさん?何か頼まれますか?」
「いらん」
「ごめんなさい、これ頂いたらすぐ出るので」

 石田くんのぶっきらぼうな言い方は、いつも嫌な意味で私をドキドキさせた。ケーキを完食し、先に店を出ててくれと石田くんに伝え会計をする。お釣りと一緒に何か渡されたと思えば、「猿飛佐助」と書かれた名刺だった。恐らくこのイケメン店員の名前だろう。ご丁寧に手書きで連絡先まで書いてある。

「さっきの彼氏じゃないんでしょ?気が向いたらで良いからさ、連絡してよ、待ってる」
「・・・いえ、お返しします。私から連絡する事は無いので。ごちそうさまでした」
「ちょ、ちょっと待って。軽いとか思った?」
「当たり前でしょ、ナンパほど信用してないものってないから」

 せっかく美味しいお店だったのに、これでもう来られなくなるなんて残念だ。私が過剰なだけ?でもこう言う事は初めにビシッと言わないと、後々面倒な事になるのだ。店を出て石田くんと会社へ戻る。そういえば石田くんは何か食べただろうかと、彼の顔色の悪さが気にかかった。
 社員証ケースに引っ掛けていた、お気に入りのボールペンが姿を消した事に気が付くのは、自分席に戻ってからの事だった。

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