おはなしまとめ | ナノ

09


 消えたボールペンは、社内の何処を探しても見つからなかった。二年前の誕生日に、友人からプレゼントされた物。私の名前が刻印されいるシンプルなデザインで、使いやすく気に入っていたのに。大事にしていた物を雑に扱った私が悪い。それは承知した上で、自分の運の無さを呪った。
 いつまでも暗い顔をしていれば、石田くんにどうしたのかと問われて顛末を話す。彼も思い当たる節は無いようで、首を振った。

「そんな物、私がいくらでも買ってやる」
「そういう問題じゃないの、貰った物なのにって思うと相手に申し訳無くて」
「そうか・・・そういうものか」
「あ、でも気にしないで。ごめんね、仕事中に」

 そう言って仕事に戻るも、そんな簡単に頭から消えてはくれ無い。まだ探せていない場所は、ランチで寄ったイタリアンのお店だけ。けれど名刺を突き返して、もう行くもんかと腹を固めた手前、数時間で再びドアを開けるには勇気が必要だった。
 それに絶対そこにあるとも限らない。もしそうなればあの男に、何?やっぱり俺様の連絡先欲しいの?みたいに思われる可能性だってある。だからと言って、石田くんに付いて来て貰うのも違う気がした。



 定時を疾うに過ぎた夜10時、私と石田くんはカタカタとキーボードを叩いていた。部署には私たちしか残っていない。

「もう終るけど、三成は?」
「まだだ、なまえは先に帰っていい」

 そう仰るなら先に帰るとしよう。連日の残業生活で、女の命とも言えるお肌が限界を迎えているのだ。寝られる時に寝なければ。さっと帰り支度をして「お先に!」声をかける。放っておくと平然と朝まで仕事をしている石田くんが心配ではあったけれど、今日くらい竹中部長の任務から解放されよう。

「無理するだろうけど無理しないでね、キツそうなら明日手伝うから」
「ああ、助かる。気をつけて帰れ」
「・・・うん、ありがとう。お疲れさま」

 此処の所、石田くんの様子が可笑しい。いや普通になったと言うべきなのか。私にかける言葉遣いや、声が優しくなった。妻にしようと目論んでいるのだから、一般的に考えたら当然の事。けれど相手はあの石田くんなのだ。故にどうも納得出来ない。
 一緒に仕事して生まれた情なのか、人間性を知ってなのか、理由は何であれ私を信頼出来る仲間として認めている事は分かっていた。でもだからって優しくなるのは彼らしく無いと言うか。優しいに超した事は無いのに、それがむず痒い。

「石田くん何を考えてるんだろう、無意識?」
「あい済まぬが、どいてはくれぬか?」
「うわあ!ごめんない」

 廊下に真ん中に立ち止まって唸っていれば、後ろから声をかけられ思わず悲鳴に近い音吐が出る。振り返れば、よく知る人が呆れ顔で立っていた。

「あ、大谷さん・・・こんな時間まで残ってるなんて珍しいですね」
「われも忙しくてな、して何をそのように悩んでおるのよ」
「いやー大谷さんも意地悪ですね、知ってて聞いてますよね?」
「はて、何の事やら。皆目検討もつかぬわ」

 何かに付けて石田くんは大谷さんを頼る。私との事を大谷さんに相談済みな事は、この間メールを見て知ってしまった。年の差もある二人が何処でどう繋がって仲良くなったのかは知らないが、石田くんが大谷さんに寄せる信頼は私へのそれとは比べ物にならなくて。共に仕事をする者として、大谷さんに妬いていた時期もあった程。その事は大谷さんも気付いていて、よく遠回しに冷やかされたものだ。

「大谷さんに話すのも癪なんですけど・・・。石田くん最近優しくて、連絡もマメで、今日なんかランチに付いて来て。好かれてるとは思うんですけど、急すぎて、戸惑いが」
「ほう・・・三成の心情が読めぬと?」
「恋愛が分からない、と言ってたので。女として見られてるのかとか、どういう類いの好意なのかとか」

 私の言葉を聞いて、大谷さんは喉の奥から引き攣るような笑い声を発した。真剣に話しているのに、と眉間に皺寄せれば「すまぬ、すまぬ」と心にも無い雑な謝罪を頂いた。

 聞けばもう帰る所だと言うので、駅まで一緒の流れになる。肩を並べて暗くなったオフィス街を歩いた。大谷さんの考えている事は、いつもよく分からない。

「連日連夜、なまえを抱きたいと嘆きのメールが来よる。鬱陶しくて堪らぬわ」
「へ?い、石田くんがそんな事」
「冗談よ、冗談」

 悔しいのに何も言えず、顔を赤くして大谷さんを睨みつける。いつもの揶揄いに本気で乗っかってしまう自分が、何より恥ずかしい。それを楽しそうに笑う大谷さんが憎い。改めて、この人は意地悪だ。

「まずはなまえが三成を男として見たらよかろ。アレも男よ、しかもぬしより経験もある・・・ヒヒッ」
「経験・・・?」
「性の喜びも知らぬとは、なまえもまだまだ子供よな」
「ッこの乙女の心、大谷さんには分からないでしょうね!」
「どちらも子供で世話が尽きぬわ」

 そもそも大谷さんに相談するのが間違いだった。石田くんと仲良いから何かアドバイスでも貰えるかと思ったのに。以前からこういう人だった。石田くんには良い助言をするのに、私にはセクハラ発言のオンパレード。嫌いとまでは行かないが苦手な人だ。そして石田くんめ、そんな事まで大谷さんに話すな。

「三成は駆け引きなど知らぬ真面目な男ゆえ。なまえが手綱を握らねば、荒れるやもしれぬなあ」
「・・・どういう意味ですか?」
「ぬしが床で上になった時の話よ」
「いい加減セクハラで人事に訴えますよ・・・って大谷さん人事部でしたね」
「ヒヒッ」

 何の為にもならない会話をしている間に駅に着いてしまった。もう二度と大谷さんに相談なんてするものか。石田くんも大谷さんに相談するの止めてくれないかな?頼んだら止めてくれるかな。たまにしか顔を合わせないとは言え、大谷さんが何でも知ってるのは、私のメンタルに結構な影響を与えるのだ。

「なまえ、分かっておらぬのはぬしの心であろ」
「またセクハラ発言ですか?」
「なに、真面目に答えてやっておるのよ。揺れ見えぬのであれば、三成に問うて導き出せばよかろ?」
「石田くんに聞くって何を」
「簡単な事よな、『私のこと好き?』これで万事解決よ」

 これは絶対に遊ばれていると分かりながらも、確かに一番手っ取り早い方法でもあって。でもそれを聞いた所で私はどうしたいんだろう。ときめく事はあっても、石田くんに惚れているわけじゃない。それに出来る事なら社内恋愛は避けたいと言う思いは変わらない。このままそっと、私への執着が薄れるのを待った方が良いのだろうか。
 大谷さんとは乗る電車が違うので改札で分かれた。去り際のニタリとした顔を見て、どうせろくでもない事考えてるんだろうな、と苦笑いを返しておいた。

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