おはなしまとめ | ナノ

06


 石田くんの家には本当に何も無くて、ご飯を作る事も出来なかった。運良く会社の飲み会で貰ったと言う、大量のカップ麺が台所の棚に仕舞われていて、それを頂き腹を満たした。この人は、どんな生活をしているのだろうと思う。知りたく無いのに心配で、煩わしい感情が彼を気にかけた。

 風呂を借り、部屋着を借り、当然だが予備の布団があるわけも無く、石田くんのベッドで肩を並べて眠りにつく。緊張で眠れるはずが無いと思っていたのに、目を開ける頃には朝が来ていた。

「起きたか」
「うん、おはよう」

 ベッドから起き上がりリビングに行く。先に起きていた石田くんはソファーに背を預け、テレビでニュースを見ていた。昨晩は気にならなかったが、白いロンTとスウェット地の黒パンツ姿、これが彼の寝間着か。と、これまた余計な石田くん知識を付けてしまった。

「昨晩の停電で社内の機能が停止し、今日は復旧で臨時休業だ」
「それ大丈夫なの?」
「ああ、昼には復旧も完了する見込みだ」

 それなら今日は家に帰ってゆっくり休むとしよう。溜めていたドラマも見終わっていないし、しっかり寝たとは言え自分の布団に潜りたい。
 目を擦りながら、窓の外に目を遣る。此処が何階なのか忘れてしまったが、中々の見晴らしだ。台風はすっかり去って、カラッとした日差しと強い風が吹いていた。

「じゃあ私、着替えたら帰るね。泊めてくれてありがとう」
「待て、誰の許可を得て帰るつもりだ。私に付き合え」
「いや許可って・・・、何かしたいことでもあるの?」
「私はなまえの事を知りたい」

 石田くんは立ち上がり、呆然と立ち尽くす私の前へ来て両手で私の右手を包んだ。じっと見つめられ、居心地の悪さを感じる。今すぐ家に帰りたい。

「もう二年も一緒に仕事してきたし知ってるでしょ?」
「そうではない。私が知りたいのはプライベートの貴様だ」
「いや、だから・・・何でまた急に・・・」
「刑部に言われたのだ。婚姻は二人だけの問題では無い、私生活や家系を互いに知る事も大事だと!さあ話せ」

 話せと言われて出て来る程、語る事も特に無い。そして大谷さんに相談とは何て事してくれたんだ。会ったらまたニヤニヤした顔で色々意地悪な事を言われてしまう。

「とりあえず、まずは連絡先でも交換する?それから着替えて御飯でも食べながらお話ししようよ。お腹空いた」

 自分でも、どうしてこんな事を言ったのか分からない。空腹を満たしたくてか?石田くんが言い出したら聞かない人なのを知っていたからか?それとも絆されてしまったのだろうか。
 互いに連絡先を登録し、「着替えて来る」と伝え寝室に戻る。携帯画面に目を落とす石田くんの口元が綻んでいて、彼もそんな笑顔を見せるのかと妙な気分になった。

 昨日のスーツに着替え、鞄に入っていたポーチからメイク道具を取り出す。ベースメイク、ファンデーションと簡単に肌を整えて眉を描く。アイシャドウ、アイラインと目元に手を加えながら、石田くんは私のスッピンに何も言わなかったが、どう思っただろう?と無意識に彼の事を考えていた。



 外に出れば強い風で髪が煽られた。石田くんは髪の事など気にもならない様子で携帯を弄っている。エレベーターに乗り込み、何処で御飯を食べようかと頭を悩ませていれば、石田くんが私に携帯の画面を見せて来た。

「此処はどうだ」
「カフェ?おー近し美味しそう。良いね」

 携帯を受け取り、掲載されているランチメニューに目を通す。石田くんが何処でランチをするか、なんて調べてくれているとは思わず驚いた。
 詳細な地図を確認する際に、誤ってページの画面を閉じてしまう。すると大谷さんからのメールとURLが表示されて、石田くんが既に今の状況を大谷さんに報告済みな事とお店選びは大谷さんセンスな事を知った。純粋過ぎると言うか、なんと言うか。




 カフェに入りベーグルのランチセットを注文する。石田くんは何に興味を示す事無く私と同じ物を頼んだ。アイスティーにミルクを入れて、ストローで混ぜながら考えていた事を口にする。

「石田くんはどうして結婚したいの」
「秀吉様と半兵衛様がそれを望まれているからだ」
「プライベートまで会社に浸食されてるのね」

 聞いてみたものの、胸が痛くなるだけだった。そんな理由で結婚したいと言われていたのかと思うと少しの苛立ちも混ざる。それが石田くんらしい、ぶれない一途な彼の良さでもあるのだけれど。他者に向いた一途など、恋愛において長所では無い。

「私しか見えないようにする!なんて言ってたから、もっと甘い言葉でも貰えるのかと思ってたよ」
「話を違えるな。私はなまえに、妻になるよう望んだ・・・その真意は言葉で語れるものでは無い!私は恋愛など知らん。だが貴様と眠る朝は目覚めが良い」
「お酒が入っていたからじゃない」
「昨晩もだ。寝入るまでに時間がかかるものの熟睡できる、一番になまえの寝顔を見られるのも悪く無い」

 石田くんにとっての私は湯たんぽ的な存在なのだろうか。そして織り交ぜられる、私が恥ずかしくなるような台詞は何処から出てくるのだろう。これも大谷さんからのアドバイスに書いてあった言葉なのだろうか?よくもまあ表情ひとつ変えずに言えるものだ。

「なまえは愛を望むと言ったな、それは何だ」
「んーお互いに認め合い必要とし、相手を一番に思い遣るとか?」
「貴様は常に私を一番に考える・・・そうか、それが」
「いやいや、それは職場だから。仕事だからであって」
「ならばなまえも、プライベートまで浸食されろ」

 相変わらずの横暴な言い方に、胸打たれてしまうのだから可笑しな話だ。この人に目を付けられたら逃れる事なんて出来ないんじゃないだろうか?引き返すのは無理かもしれない。関わりを持ちたく無いと思うのであれば、初めから二人で酒など飲むべきでは無かった。

 運ばれて来たベーグルを頬張る。独特の弾力を噛み締めながら、彼の真っ直ぐな瞳が自分に向きかけている事に気が付いて、面倒だと言う思いの影に隠れる浮かれた感情が憎らしかった。

「これから貴様の親御に逢いに行く!挨拶は早い方が良いと刑部が言っていた」
「石田くんのその行動力は一体何処から来るのよ」
「なまえ、」
「ん?」
「婚姻すれば貴様も石田だ。今から私を三成と呼べ」
「いやいや、だから気が早すぎるって」

 石田くんがお会計を済ませカフェを後にする。彼のランチプレートには、まだ半分ほど食べかけのベーグルが残っていた。口に合わなかっただろうかと思案して、普段からあまり食べない人だと思い出す。物欲も無く、食欲も無く、睡眠もあまり取らないと聞いた。そんな彼に求められている事実を嬉しいと感じてしまうのだから、私の少女漫画思考も相変わらずだと自嘲した。

 本気で私の実家に来たがる石田くんを制止し、私は逃げる様に帰宅した。スーツを脱ぎ捨てて自分のベッドに飛び込む。私の使っている柔軟剤の匂いに、家に帰って来たと実感する。そのまま眠ってしまい、目が覚めたのは翌日だった。

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