おはなしまとめ | ナノ

05


 集中していると、時間が過ぎるのはあっという間だった。作成の終った資料をまとめながら、周囲を見やる。夕方前に『必要に応じて早く帰宅して良い』と言う旨の社内通達も有り、パソコンから目を話す頃には、誰もいなかった。そろそろ石田くんが迎えにくる頃だろう。すでに上陸している台風のせいで、窓の外からゴーゴーと怖いくらい大きな音が聞こえた。

「ちょっと集中しすぎたかな、肩が痛いや」

 肩に手を置いて首を回す。張った筋肉が少しだけ和らいだ気がした。プルルルと社内電話が鳴る。このタイミングは石田くんだろうか?そう思いながら受話器をあげた。

「はい、豊臣商事です」
「なまえか、貴様が出るとは珍しい」
「皆もう帰っちゃって、」

 言いかけてプツッと電話が切れた。え、と思うのもつかの間で。バツンと音と共に周囲が真っ暗になった。暗闇の中、非常口の標識だけが煌々と光っている。電話機をカチャカチャと弄るも、受話器の向こうは無音。

「まさか停電とは・・・」

 私もついていない。ポケットにある携帯を取り出して、石田くんに連絡しようとしてハッとする。彼の社用の携帯は、電話機に登録されているので知るはずも無く、またプライベートの携帯など、これまでの壁を隔てた関係の中で知っているわけが無かった。
 他の部署なら、私と同じ様に残っている社員もいるだろう。と立ち上がり、とりあえず廊下に出ようとドアに手をかけるも動かない。それもそうだ、カードキーで施錠するタイプのドアなのだ。停電により、ただの壁と化してしまっていた。

「停電、すぐに復旧すると良いんだけど」

 暗闇の中、不安感に押しつぶされそうになりながら携帯画面を見つめる。緊急のニュースに、この地区と私の住む地区が停電になったと記載されていた。通りで窓の外も暗いわけだ。暗さに慣れてきた目で、この世の終わりみたいな外の景色を眺めた。電車で帰った方が楽だったかもしれない。石田くんは今頃、どこで何をしている事やら。
 下手に動くのも躊躇われて、自分の席に戻る。きっとパニックになった人たちで電話回線はパンクしているだろう。仕事も片付いたし、帰れないと言う以外に困った事は無い。それも時間が解決してくれるだろう。

 デスクに頭を置いて目を瞑る。いっそこのまま眠ってしまおうか。その方が早く時間が経つ気がする。嵐の音をバックにウトウトしかけていれば、バンッと大きな音がして、私は驚きで身体を震わせた。

「貴様は此処に泊まるつもりか?」
「石田くん・・・どうやって此処に・・・」
「ふん・・・馬鹿か?何の為の非常階段だ」
「あ、確かに」

 はっきりとは見えない石田くんの影がこちらへ近づいて来る。助けが来た事に安心したのだろうか、立ち上がれば足が震えた。石田くんは私の手を取って、そのまま身体を抱き上げる。私はすっぽりと彼の腕の中に納まった。

「重いでしょ、自分で歩けるから」
「震えた足で何を言っている」
「それもそうだね・・・、ありがとう」

 男と意識してからの、この距離感はくすぐったい。彼の腕に抱かれている身体が、触れている背中が足が、胸板に預けているこの頭が、そこだけ熱を持った様に暖まる。気にしないようにと思う程、気になってしまう。頭上にある石田くんの顔を見上げて、これは一目惚れもされるわけだ。としばらく見つめた。

 非常階段を下りて、駐車場に着いた。此処は非常電源で動いているようで、薄暗いながらも明かりがついていた。石田くんは私を降ろし、車を開けて乗る様に指示をする。それに従い助手席に乗り込んだ。

「なまえ、家は何処だ」
「隣町だから1時間はかかるかも」
「そうか・・・、ならば今晩は私の家へ泊まれ」
「え、」
「この台風の中、信号も無い暗闇を走るのは危険だ」

 それは確かにそうだけれども。だからって、と思うもこのまま置いて行かれても困る。「じゃあお邪魔します」とエンジンをかけた彼に小声で伝えた。上手く流されているのか、彼が不器用なだけなのか、私が馬鹿なだけなのか。携帯の最新ニュースに帰宅難民続出!と書かれていて、宿が有るだけ有り難いか、と石田くんの決定に身を任せる事にした。



 車を走らせて20分程、住宅街で車は止まった。会社から三駅の所に住んでいるのか、と彼のプライベート1つ知る。
 車を降りて石田くんの後を追う。見上げる程の高さのマンション、此処は停電の被害を受けていないようで、エントランスの照明は眩しい程だった。オートロックを解除して、エレベーターに乗り込み部屋の有る階に辿り着く。異性の部屋を訪ねるなど久しぶりの事だから、ドキドキと心臓が煩い。

「入れ」
「お邪魔します・・・」

 玄関から何も無かった。髪の毛一本どころか、傘も無い。長い廊下を進んでリビングに辿り着く。広いスペースにテレビとローテーブルとソファーと、それしか無かった。この人は断捨離でもしてるかな?と思う程シンプルな室内。

「石田くんの家ってすっきりしてるね」
「そこにある物は半兵衛様が下さったのだ」
「・・・竹中部長、優しいね」

 そこにある物、が無ければこの部屋は何も無いじゃないか、とは口に出せなかった。以前より思っていた事だが、石田くんの事を知るたびに、彼は病んでる人なのかな?と思ってしまう。これは竹中部長も心配するわけだ。
座って良いかと許可を取り、ソファーに腰掛ける。石田くんも座れば良いのに、彼は床に腰を下ろしていた。

「さっきね、石田くんと電話が切れた時、石田くんの電話番号も知らない事に気が付いたの」
「私もだ。私も、なまえの事を何も知らない」
「知りたいと思う?私は嫌だな。知ると情が生まれちゃって、引き返せなくなるって言うか。受け入れるのも、受け入れられるのも、怖い」
「安心しろ、私は貴様を裏切らない」

 少しづつ、交わっていく。社内恋愛なんて面倒だから嫌だし、石田くんが私を愛して無い事は分かっているのに。胸が絞まる程には、彼の事が気になってしまった。彼は何を考えているのだろう。私じゃ無くとも、嫁に貰って欲しい女なんていくらでも居そうなのに。気になるけれど聞きはしない。そんな厄介な話には、首を突っ込まない方が良いに決まっていた。

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