おはなしまとめ | ナノ

04


 溜め込んだ洗濯物や日用品の買い出し、のんびりテレビなんか見たりしていたら日曜日は終わっていた。ふとした時に石田くんが過るものの、気のせいだと頭を振った。週が開けて月曜日、また帰れない一週間が始まる。空を見上げれば台風が近いせいか重たく曇っていた。

 朝礼を終えて早々、石田くんは外出の支度をしていた。その姿を盗み見ながら必要そうな資料を出力する。さっとホチキスでプリントをまとめて手渡せば「感謝する」と目も合わせずに資料を受け取った。先週の事が嘘の様にいつもの通りだった。私は石田くんの身体が頭から離れないと言うのに。間違えた、語弊がある。男の身体を見慣れていなかっただけだ。

「私は18時から接待だ。なまえは先に帰宅しろ」
「じゃあ今日は定時で上がるね」
「ああ、終わり次第連絡する」
「え・・・?あ、いってらっしゃい」

 普段はそんな事をわざわざ言ったりしないのに、とオフィスから出て行く石田くんを見つめた。それに連絡とは一体どういう事だ?そう思ったのは私だけでは無かったようで、石田くんがドアを閉めた途端、三人の女子が私を取り囲んだ。

「みょうじさん、いつから石田くんと付き合ってたのよ」
「あの難攻不落の石田さんを落とすとは流石ですね」
「いやいや、違うから。全然そんなんじゃないからね」

 女と言う生き物はどうしてこうも他人の恋愛事情に首を突っ込みたがるのか。好奇心を抑える事は出来ないのか。次から次へと飛び交う言葉に私は否定と苦笑いを続けた。ああ仕事の手が止まるこの数分すら勿体ない。

「金曜に二人が飲んでるのを見たって聞いたんだけど、もしかして本当だったの?」
「うん、まあ飲んだけど、それだけだよ?」
「でもあの石田くんとでしょー、みょうじさん、あなた凄いわ」
「いやいや、営業サポートで普段マンツーマンだからだよ」
「そんな言い訳しちゃって。隠す事無いのにー」

 最早私が何を言ったところで彼女達の頭の中では『みょうじさんと石田くんは恋仲』だと認識されてしまったようだ。面倒が無ければ別にそれでも構わないのだが。と、チラリ周囲に目をやる。これだけ騒がれては此処にいる誰もの耳に今の会話が聞こえた事だろう。困った事に石田くんはそれなりにモテるのだ。高身長でクール(私にとっては横暴でしかないが)で、営業成績も常にトップ、何より顔が整っている。噂ではお客様に求愛された事もあるとか。流石である。そしてそれを鼻で笑ったらしいのだから、ぶれないなあと言うか、本当に流石である。

「みょうじさん、ランチ一緒にしましょうよ。聞きたい事いっぱいあるし」
「面白い話なんて無いけど、それでも良ければ」
「じゃあお店考えておくわね、また後ほどー」

 女子達が各々席に戻ってから、ふう。と息を吐いた。やっと仕事が出来る。石田くんめ、なんて面倒な爆弾を落としてくれたんだ。そうは思うも何故だか嫌な気はしなかった。



 昼のチャイムが鳴る。先ほどの女子に声をかけられて、財布を手に持ち立ち上がった。何処にしようかと話しながら着いた先は、会社の側にあるイタリアンのお店。小洒落た店内はキラキラしたOLの溜まり場のような場所で、自分のキッチリスーツが少し恥ずかしく思えた。適当にランチセットを注文して、いそいそとガールズトークが始まる。

「それでそれで、石田くんとはどういう経緯で?」
「だから本当に何も無いって。いつもありがとーみたいなノリで飲もうってなっただけだよ」
「それが信じられないの!どんな女が誘っても無関心な石田くんが飲むなんて」
「結婚もしてないし、誰にも興味を見せないから、石田さんは男趣味なんじゃないかって噂も立ってたんですよ」

 それは初耳である。まあ確かに外から見れば完璧なだけに、結婚してなかったら変な噂が立つのも仕方ないか。中身は中々に面倒な男だと言う事は、共に仕事をしなければ分からないんだろうな。

 運ばれて来たパスタを口にしながら、気が付けば話題はイケメン店員の話に変わっていて、誰が好みかなんて事にきゃっきゃと盛り上がる。まるで高校生にでも戻ったみたいで、良い年して何言ってんだか思う反面新鮮で楽しくもあった。

「みょうじさん普段は忙しそうで声がかけられなかったから、今日は一緒にランチ出来て良かったわ」
「私も楽しかった。誘ってくれてありがとう」
「またお昼食べに行きましょうね」
「うん、是非!」

 普段はデスクで済ませるお昼もこうして外に出ると気分転換になるし、誰かと話すのもたまには良いなあ。なんて思いながら、石田くんが作ってくれた機会に少しだけ感謝した。



 オフィスに戻り午後の業務に取り組む。ぽつりと雨が降り出して、そのうち大きめの雨音が聞こえ、窓に目を向ける頃には大雨になっていた。外は強い雨で白く霞んでいる。石田くんは傘を持って行っただろうかと、必要最低限の物しか持たない彼の事が気掛かりだった。

 去年の夏のゲリラ豪雨、びしょ濡れでオフィスに帰ってきた石田くんの事が頭にこびり付いている。石田くんの事を今よりも知らなかった頃の事だ。
 何故、傘を買わなかったのかと聞けば「そんなものは必要ない」と言い放った。馬鹿なのかと思った。お金が無いのかとも思った。仕方なく急いでコンビニでタオルを買って来るも「いらん」と一言で返すものだから、イラッと来て、無理矢理に頭を拭いた。犬の世話をしている気分だった。
 初めは抵抗を見せた石田くんも「風邪ひいたら、仕事出来なくなるでしょ」と言えば素直に従った。単純な人なんだと思った。仕事一筋の真面目な人なんだと。しかし付き合いが長くなるうちに、正確には社長への強い思いから来る勤勉さなのだと知った。どちらにせよ、一途で真面目な人なんだと思った。自分の事など二の次、三の次、いや気にすらしていないのかもしれない。それ程に不器用で、ただ一向に真っ直ぐな人。

 過去の事に馳せていれば、ゴンッと大きな音がした。窓に折れた木の枝が打つかったようだ。風はどんどん強くなっている。窓に寄って外を見てみれば、強い風に街路樹が大きく揺れていた。インターネットで天気予報を調べると19時に台風上陸と書かれている。このままでは帰れなくなる、どこかで切り上げて今日は早く帰らなければ。

「みょうじさん、石田さんから電話です」
「あ、はい」

 電話を回されて受話器を取る。石田くんは外にいるのだろうか、びゅーびゅーと唸る風の音がよく聞こえた。

「なまえ、業務の状況は」
「まだ資料の作成が終ってなくて、あと4時間はかかりそう」
「そうか。接待は延期だ・・・迎えに行くから待っていろ」
「え、いや、台風来てるし上がれるなら帰った方が良いんじゃない?」
「それは私が決める」

 この天気の中わざわざ迎えに来て、わざわざ送ってくれるとは。石田くんも何を考えているのやら。まさかホテルでの会話は本気なのだろうか?
 色々と考える事は有れど、此処はありがたくお願いしよう。自力で帰って電車が止まり何てしたら、それこそ面倒だもの。「わかった」と返事をし受話器を置いて、作業途中のまま手が止まっていた資料に再び向き合った。時刻は午後3時、石田くんのお迎えまでにどのくらい進められるだろう。

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