おはなしまとめ | ナノ

03


 ズキズキと痛む頭を手で押さえ目を開ける。窓からの朝日が眩しい。ふと、自分以外の息づかいに気づいて顔を上げれば、静かに寝息を立てる端整な石田くんの顔があった。こんな状況でも頭の中は冷静で、昨日の出来事を振り返る。酒に強くも無いくせに随分と飲み散らかしてしまったようだ。
 上半身を起こして今居る場所を確認する。シンプルな室内、壁掛け時計は11時を指していた。随分と寝てしまった。とりあえずシャワーを浴びよう、そう決めてベッドから出る。洗面台で皺だらけになったスーツを脱ぎ捨てて、浴室のドアを閉めた。

 流れる水の音で三成は目を覚ました。隣になまえが居ないのを、目だけ動かし確認する。昨日は気づかなかったが、三成も相当飲んでいたようで気持ち悪さを口の中に感じていた。
 キュッと高い音に水音が止む。この状況でシャワーを浴びていた女に改めて危機感の無さを感じながら、三成は身体を起こした。ドアが開く。タオルで髪を乾かしながら、バスローブ姿でなまえが出て来た。湯で火照った顔は、酒とは違う艶感がある。昨晩の落ち着かない感情が再び三成に訪れた。

「あれ、石田くん起きたんだ、お水飲む?」
「ああ」

 ペットボトルの水をコップに移し差し出した。三成はそれを一口で飲み干して、壁にある時計を見上げる。昨日のスケジュールでは、今頃は仕事をしている予定だった。その視線に気付いたなまえは、苦笑いを浮かべて時計と三成の間に割って入った。

「あーごめんね。オフィス近し、今から仕事する?」
「・・・いや、いい。それより、貴様の貞操観念の低さに驚かされた」
「ふふふ、だって石田くんなら安心でしょう」
「私を、愚弄しているのか・・・?私も男だ、女ぐらい抱く」

 なまえの腕を引きベッドに押し倒す。上に覆い被されば、流石に少し困った顔を三成に向けた。掴んでいる腕から、なまえの心拍数が上がったのを感じる。解けたバスローブからなまえの健康的な肌が少しばかり見えた。

「石田くん、悪い冗談は駄目だよ」
「男女でホテルにいる、これの何が冗談だ」
「だって、ほら!仕事し辛くなるし・・・私みたいな、酔ってホテルに連れて来られる子嫌いでしょ?」
「嫌いだ。だが構わん、抱いてやる」
「わー待って、ごめんなさい!今日ぐらい休んで貰わなきゃと思って、あんなに飲んじゃったの。私、結婚式まで処女を貫きたいの!」

 涙ぐむなまえを前に三成は掴んでいた腕を放した。それからゆっくりと考える。この女いま何と言った、と。三成は身体を起こし、急に痛みだした頭を支えようと顳かみを抑えた。つられて起きたなまえが、不安げに覗き込むのを気配で感じる。

「石田くん怒って・・・」
「なまえ、私の妻になれ」
「え、ん?いや私、社内恋愛は嫌だって言ったでしょ?」
「ふん・・・付き合えとは言っていない。結婚しろと言ったのだ」

 考えてみれば可笑しかった、と三成は思った。容姿も性格も申し分無いなまえが、しかもそれを強く望んでいるなまえが結婚など出来ない訳が無い。ただ運が無いだけか何処かに問題を抱えているのか、その答えはどちらものようだ。折よく自身も結婚に頭を悩ませていた。もしや半兵衛様はこのために私の側になまえを・・・?だとすればこの先の行動は決まっていた。

「何にせよ愛の無い結婚なんて嫌だよ」
「そう言い続け男に身体を赦さず、この有様か」
「石田くんだって独身でしょ?人の事言えな・・・あ、世間体か!世間体に私を使う気か」
「貴様のレベルで語るな、私はする気が無かっただけだ。なまえ、私を拒む事は赦さん」

 真直ぐな瞳になまえは息を飲んだ。石田くんが冗談を言うのは聞いた事が無い、けれど男には違いない。過去にも「結婚しよう」と言って来た男は何人といた。しかし上手くいった試しなど一度も無い。それは社会人になっても変わらなかった。職場での色恋なんて面倒でしかない。それが身体に染み付いている。でもこの人なら、石田くんなら、そんな面倒な事にはならないと思ったのに。

「でも石田くん、私に興味ないでしょ」
「恋愛ごっこの御託など知らん。なまえも私を求めろ」
「そこまで言うなら、振り向かせてみせてよ。お気づきかと存じますが、私、面倒くさいタイプだよ」
「ああ、構わん。私しか見えないようにしてやる」

 何も言い返せず石田くんの顔を見つめた。態度は相変わらずなものの、一夜にして一変した彼の言葉。昨晩何かあっただろうか?私が独身を嘆き過ぎたせいか?考えてもこの答えには辿り着かず、目線を逸らして俯いた。
 石田くんは立ち上がり何も言わずに洗面台へ向かう。浴室のドアが閉まる音が聞こえた直後、私は頭を抱えてベッドに倒れ込んだ。ああ全て夢であれば良いのに。

「どうせ、石田くんも口だけでしょ」

 結婚への理想が強過ぎて、それに値しない男を排除して生きてきた。言い寄られても付き合うまでには至らず、普通の恋愛すらしないまま、気が付けば20代後半。年を取れば後に引けなくなり、守ってきた貞操が無意味だと気付かされるのが怖くて、最高の相手に捧げようと居るかも分からない誰かを待ち続けて来た。この夢から、取り憑かれた悪夢から、覚めさせてくれる夫という存在を。でも、それすらも夢なのかもしれない。現実は思っていたより苦かった。

 皺の寄ったスーツを着てジャケットを羽織る。ストッキングに足を通していれば、シャワーを浴び終えた石田くんが出て来た。トランクスだけ身に付けて肌には水滴が残っている。水も滴る何とやら、細い割にしっかりとした筋肉に目がいく。漫画でしか見た事の無い男女の行為が頭を過った。勝手に頭が石田くんとのそれを想像してぼっと顔が火照る。熱い。

「石田くんが着替えたら帰ろう」
「ああ」

 見ていられなくてテレビを付ける。画面に映ったニュースでは、台風が近づいていると言っていた。九月に入って何度目の台風だったか、もう覚えていない。頭の中の熱を払うように黙ってテレビ画面を見つめた。

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