おはなしまとめ | ナノ

02


 どのくらいのジョッキを空けただろう。酒の回った頭は己の意志では働かない。どうでも良い事から重たい仕事の話まで、なまえの口は思うがままに動いていた。三成はその話を静かに聞いて、たまに小馬鹿にするように鼻で笑い、ふとした時に真面目な顔を向けた。

「石田くんが初めて私を認めてくれたとき、本当に嬉しかったなあ」
「何の話だ」
「私が部署異動して来て、三ヶ月経ったくらいの時だったかな。秀吉様に褒められたーって。私の作った資料のお陰だーって」
「記憶に無い」
「覚えてなくても良いの。とにかく嬉しかった」

 思い出に浸るなまえはニヤニヤと、普段は見せない顔で笑った。酒でほんのりと赤らんだ顔は、職場で見る顔とは違い艶っぽく見えた。だが三成は、そんな事を気に留めるような男では無かった。

「半兵衛様に認められ、私の補佐をしているのだ。なまえの働きは当然の事」
「はいはい。そうですねー私の能力に気付くとは流石、竹中部長!早く戻ってきて欲しいな」
「貴様も随分と半兵衛様に愛執と見た」
「まあ私の理想のタイプだからね。でも言わないでね、職場恋愛とか興味無いから!」

 意味が分からん、と三成は眉間に皺を寄せる。恋愛のどうこうは知らんが、同じ職場だからと対象外になるのか?そう言いかけて、以前、身に降りかかった事を思い出した。
 それはなまえの前に、三成のサポートを担当していた女の事だった。仕事や気遣いはなまえと同等程に出来たが、やたら社外での交流を求められ、断るとまともに資料を作らなくなった。そして社内で三成の悪い噂を流し「貴方が悪いの!」と一方的に辞めていった。

 あの一件より、無駄な手間が増えるだけだから、と三成は半兵衛にサポートは要らないと断った。しかしその二ヶ月後、半兵衛の推薦でなまえが三成の隣に付いたのだ。初めはその存在が許せず、随分とキツい眼を向け、酷い言葉を発した。しかし、なまえはあの女とは違った。
 たまに気が抜けているものの、与えられた仕事はキッチリとこなし、急な頼みにも嫌な顔をせず引き受けて、三成のどんな態度も「はいはい」と聞き流し挫ける事は無く。そして何より、三成のプライベートに一切の興味を示さなかった。

「こないだね、大谷さんに色気が無いって言われたの。社内でパンツスーツは私だけだって!余計なお世話よね。でも恋人すら出来ないのって、それも理由なのかなあって」

 三成が過去を振り返っている間になまえは独り言を羅列していた。たまには良いか、と暫く聞いてやる。しかしすぐに聞き飽きて、三成はトイレへ行こうと席を立った。

「右曲がって突き当たりだよ」
「・・・ああ」
「うーん、もう眠い」

 足早に三成が角を曲がるのを見届けて、なまえはそっと目を閉じた。三成がトイレから戻るとなまえは既に夢の中だった。ソファの背もたれに身体を預け、口はだらし無く開いている。声をかけ身体を揺さぶってみるも起きる気配は無い。これまでよく悪い男に引っかからなかったな、と三成は思った。これ程に無防備では、何をされても文句は言えないだろう、と。

「・・・石田くん」
「おい、起きて・・・ふん、寝言か」

 急に名を呼ばれ驚くもなまえの目は閉じたままだった。この店もそろそろ閉店の時間。しかし送ってやろうにもなまえの住所を知らないし、自分の家に連れ込むのも気が引けた。ならば、と。手早く会計を済ませた三成はなまえをおぶった。色気の無いパンツススーツが役立ったな、と心の中で呟きながら、なまえの細い足を布越しに感じ店を後にした。



 着いた先はビジネスホテル。泥酔女を抱えての宿泊は良く有る事なのか、普段と変わらぬ接客を受ける。適当に受付を済ませエレベーターに乗り込んだ。

「う・・・水、水が、ほしい」
「もう少し待て」
「むーりー、早くー」

 キーに書かれたナンバーを確認し、部屋の鍵を開ける。狭い室内、入ってすぐのベッドへ乱暴になまえを落とせば「ぐぇっ」とヒキガエルのような声が聞こえた。室内に設置されている冷蔵庫から、水を取り出しなまえに渡す。

「飲め、水だ」
「うーありがとう、石田くん。本当に頼りになるなあ」
「落とすぞ、しっかり持て」

 焦点の合わない目でペットボトルを受け取ると、力の入らない手でなまえは必死にキャップを開けた。ゴクゴクと喉を鳴らし半分ほど水を飲むと、気分が落ち着いたのか仰向けに、両手を広げ寝転ぶ。その警戒心の無さに、三成はため息を吐いた。

「おい、隅に寄れ」
「んー」

 返事は無い。意識は既に無いようだった。しかしベッドの殆どを占領されては、自分の身体を休められない。女への対応など知らぬこの男は、なまえの肩を掴んで転がして隅に追いやった。それでも気持ちよさそうに眠るなまえの顔を見ながら、三成は考えた。この女は結婚をしたがっていた、と。

 自身もまだ独り身、最近では秀吉や半兵衛に相手はいないのか、と聞かれる事も増えていた。だが恋愛など無縁に生きてきた三成には、そもそもが分からないのだ。惹かれ合い恋に落ち、一生を誓うなど夢物語に過ぎぬと。

「なまえは、誰でも良いのか」

 寝ている相手への問いかけは、答えが返って来るはずも無く。酒が抜け始めた三成は「下らん」と吐き捨てると電気を消した。

 暗闇では耳がよく冴える。布の擦れる音、息遣い、他人の心音。隣に寝ているのが異性だと、なまえだと意識してみれば、己の知らない感情が芽生えた。ふわり。寝返りを打つなまえの髪が揺れて、女特有のシャンプーの香りが、三成の鼻を掠める。意味もなくソワソワとする、まるで精通したての思春期を想起するような感覚。

「・・・眠れない、何故だ?掻き乱される」

 思ったよりも出てしまった声量にハッとなまえも見るも、すやすやと寝息を立てていた。落ち着かない感情にイライラが募る。枕に頭を沈めて、何も考えるなと己に言い聞かせ目を瞑った。

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