剳s穏な空気に孕む淡色
旦那がなまえちゃんの事を好きだと言う事を知ったのは昨日の事。前々から旦那が気にしている事は気づいてたけど、まさか本当に好きだったなんて驚いた。たしかに可愛いし、良い子だとも思う。
この前、ガラの悪い奴らに絡まれて怯えているなまえちゃんを見た時は、不謹慎ながらドキッとしたし。助けてやって、たまたま持ってたお守りをあげれば嬉しそうに顔を綻ばせるし、俺様のあげたお守りを大切そうに胸で握り締める姿には、不覚ながら胸が締め付けられた。
そう考えると、もしかしたら俺様もなまえちゃんに惚れていたのかも・・・。なんて、ま、そんな事どうでも良いか。忍である俺様には恋なんて不要だもんね。
それより、城下から帰ってきた旦那の様子が悪い意味で変だ。旦那の周りの空気は重く黒いし、眉間にしわを寄せずっとピリピリしてる。笑顔も目が笑ってない。何よりも俺様に向ける目が異常なまでに冷たいのは気のせいだろうか。
夕餉前、夕日で橙色に染まる部屋の中で旦那は胡座をかいて、向かいに置いた小さな包みを見つめながら思い詰めた顔をしていた。水を差すのは気が引けたが、大将が旦那を呼んでいる。これも大事なお仕事なんでね、
「旦那、大将が呼んでるよ」
「そうか、今行く・・・・・佐助」
「どうしたの?」
「今後一切、勝手に俺の部屋に入るな」
「・・・・・・は?」
何故そんな事を言われなきゃなんないのか訳が分からず漏れた言葉に、旦那はため息をついて繰り返す。
「聞こえなかったか?ならばもう一度言う。許可無く俺の部屋に入るな」
「旦那・・・なまえちゃんと何かあったの?」
「・・・関係無いだろ」
初めてみる熱の篭らない冷たい目に静かに息を呑み、それと同時に湧き上がるは苛立ち。
「真田様、大将がお呼びです。早く行かれたらどうですか?」
「一度聞けば十分だ。それとも俺に伝えたのを忘れたのか?」
「まっさかー、いつまで経っても動かないので聞こえてないのかと思いましてー」
「・・・佐助、なまえ殿からだ。」
旦那は目もあわせず立ち上がり今まで見つめていた包みを俺様に渡すと、スッと襖を開けて部屋を出て行った。こんな状態の旦那の売り言葉に乗っちゃうなんて俺様、忍としてどうなのよ・・・。でも今はそれどころじゃない。
自分の未熟さへの苛立ちを抑え、早急に解決しなきゃならない問題に頭を切り替える。にしても、
「はぁ、こりゃ・・・重症だね」
旦那の出て行った襖を見つめ、そう一言零してから受け取った包みを開けば中には色とりどりの甘味が詰まっていた。
そっと置かれていた紙切れに目を通せば、慣れてないなんだろう不格好な字で《この前は助けて頂き有難う御座いました。こんな形でのお礼しかできませんが、お召し上がりいただけたら幸いです》と書かれていた。人の感情は字からだって簡単に読める。
「なまえちゃん、俺様のこと好きなんだ?」
紙に目を留めたまま呟いた言葉は静かな部屋に良く響いた。旦那の態度の理由が分かり、自分でどう処理して良いか分からないんだろうな、と思いながらも色恋話に乗れるような能力は俺様には無いし、何より想い人が俺様に気があるとか・・・、はあ、世話のかかるこって。
「やっぱり風来坊呼ぶ?でも経験豊富には見えないんだよねー、旦那に良い助言してくれるかねぇ・・・はは・・・はあ」
少しだけ高鳴った胸は気のせいだと落ち着けて、俺様にとっては嬉しい事のはずなのに喜べないこの状況に、どうしたもんかねえ、とため息をついた。夕焼け色の室内はどうにも俺様を虚しくさせたいようだ。
▼next