小さな芽
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翌日の朝、芳しい香りがして目が覚めた。
「…?」
起き上がって見ると、ベッドの脇には厚切りトーストとハムエッグ、紅茶が並々と注がれたティーカップとポットが並んでいた。つい今しがた、執事さんの誰かが運んで来てくれたらしい。
「至れり尽くせりって感じだなぁ…」
身支度を整えた私はいただきます、と呟いて朝食を食べる。パンに塗るジャムとはちみつが小皿に分けてあったので半分ずつ掬った。・・・めっちゃおいしい。
よし、今日も一日頑張ろう。
**********
屋敷の外に出て新鮮な朝の空気を吸い込む。標高が高い場所だからか、白っぽい朝靄が辺りをぼんやりと包んでいた。
さて、それじゃあ早速ククルーマウンテンを探索しますか。
昨日私はゼノさんに頼んで、ククルーマウンテンで見つけた珍しい植物や薬草を採集する許可をもらったのだ。ゼノさんは興奮気味の私に笑いながら、「いいじゃろう。きっとそう言うと思っておったわ」とすんなり了承してくれた。
もしかしたら、おじいちゃんもこの森に入ったことあるのかな。薬の売買だけじゃなく、材料の取引もしていたのかも…
そんなことを考えながら足元の草花を観察していると、頭上から声が降って来た。
「こんなとこで何してんだよ」
「…おぉ!おはよーキルア」
顔を上へ向けるとそこには、かなり高い木の枝に腰掛けたキルアがいた。
足を組んでこちらを見下ろしている。
気配がターザン並みに木と同化していたので全く気づかなかった。
「昨日もそうやってしゃがみ込んでたよな」
「うん。ちょっと薬草を探してて」
「薬草?あー…そういえばお前、薬剤師なんだっけ」
ズボンのポケットに手を突っ込んだままキルアが木の枝から飛び降りた。
ひょいっとすぐ隣に着地した時の音は驚くほど小さくて、まるで猫みたいだと感心する。
「そうだよ。これでも薬草に関する知識はかなりのもんだからね!」
「ふーん」
少し得意げに言ったらそっけなく返された。相変わらずのつれなさである。
「…そういうキルアはこんな所で何してるの?」
「別に。ただの散歩」
しれっと言い、人を品定めするようにじろじろと見てくる。ん?なんだろう。
「お前さ…あんま長くここに居ない方がいいぜ」
「え、なんで?」
「ここはお前みたいな凡人が来る場所じゃないんだよ。親父やじーちゃんは何か企んでるっぽいし、お袋は明らかにお前のこと嫌ってるし」
あちゃー、やっぱ奥様に嫌われてたのか。
「兄貴も何するか分かったもんじゃねーよ…家族以外の人間なんてどうなってもいいって思ってるからあいつ」
「お兄さんって…ミルキさん?」
「イルミの方。黒髪ロン毛の。ぶたくんは平気だろ…めったに部屋から出て来ねーし」
「ぶたくんって…」
実の兄にそんなニックネームをつけるとは…なかなか鋭い。
「とにかく、忠告はしたからな。あんまりぼーっとしてんなよ」
キルアはそう言い捨ててさっさと立ち去ろうとした。
「あっ…」
私はそこでピンときた。もしかして、もしかすると。
「待って!」
キルアが億劫そうに振り返る。
そうだ。きっとキルアは私に忠告するために森へ来てくれたんだ。広い敷地の中で偶然会ったわけじゃない。わざわざ探しに来てくれたんだ。
「あのさ、安心して。薬を作り終わったらすぐお店に帰るから。ゾルディック家専属の薬剤師になるつもりないもん」
「…」
「荷が重すぎるっていうか…私全然強くないし。ほんと普通の一般人で…ここに来る時も内心めちゃめちゃ怖かった。キルアに締め上げられた時は死ぬかと思った」
「悪かったな…」
「でも!今は怖くないよ。喋ってみたら意外とフツーだなって。キキョウさんとかお兄さん達はまだ分かんないけど…キルアは、気が合いそうだと思う。優しいし」
「は!?」
キルアは目をまん丸くして驚いていた。
「オレのどこが優しいんだよ!?」
「うーん…わざわざ忠告してくれる所とか」
「・・・・・はぁー、能天気なやつ」
頭を抱えてため息をつくキルア。そんなに呆れなくてもいいじゃん…。
「本当に分かってんのか?オレ達は人殺し集団なんだぜ?家族全員!皆イカれてんだよ!」
「そんな力説しちゃうんだ…」
「お前は認識の甘さを自覚しろ!とにかく下手に近づくな。特に兄貴とお袋」
「うん、わかったよ」
「1ヶ月くらいなら気をつけてれば会わずにすむだろ。仕事でいない時も多いし」
「あ、でもさ!キルアには近づいていいんでしょ?」
私がそう言うと、キルアは反応に困ったように身じろぎした。
「なんでだよ」
「だってキルアとは色々話したいもん」
「…」
せっかくこうやって知り合えたのだ。もっと仲良くなって出来れば友達になりたい。
「…まぁ、暇な時に会ってやっても、いいけど」
はい来ましたこれが巷で噂のツンデレですね。実物初めて見たよ。
「やった!じゃあ今から薬草採るの手伝っ…」
「訓練あるから無理。てかオレをパシりにするつもりかよ」
「違うって!ただ、話すついでに薬草集め手伝ってもらおうかなーと」
キルアはふんと鼻を鳴らして「…ま、森の方が人目なくていいか」と同意してくれた。
今日は午後までみっちり訓練があるらしく、キルアとはまた明日ここで会う約束をした。
(暗殺稼業も大変なんだなぁ…)
私はこの時、キルアの言う“訓練”がどんなものか全く分かっていなかった。スポ根マンガみたいに走り込みや腹筋、腕立て伏せでもするんだろう、と勝手に陳腐な想像をしていたのだ。
それが、私の培ってきた価値観。想像の限界ってやつ。
キルアとは住む世界が違うということを、近い未来私は思い知る羽目になる。
*********
持参した袋一杯に薬草を詰め込み、ふと気付いたらもう夕方になっていた。お昼はてきとーにそこらへんに生えてる木の実を採って食べたけど、夕食は昨日と同じく食堂で食べるように言われていたので屋敷に戻る。
はぁー大収穫だった。シルバさんが毒薬の材料を用意してくれるのに3日はかかるって言ってたから、明日明後日も探索しよう。もっとよく探せばククルーマウンテン独自の植物が見つかるかもしれない。それほど特殊な生態系が観察できた。
「マキさん、楽しそうですね。何か良いことがあったのですか?」
食堂に案内してくれてるカナリアが不思議そうに尋ねる。やば、顔にやにやしてたかな。
「うん。実は…」
私は今日あった出来事をカナリアに話した。沢山珍しい植物を採集できたこと。そして森でキルアと会ったこと。
明日もキルアと会う約束をしたと話すと、カナリアはなんだか嬉しそうな顔をした。
思ったんだけど、カナリアってキルアの話になると優しい瞳になるみたい。普段は完璧な使用人って感じで表情を崩さないのに。
食堂に着くと、中には誰もいなくてがらんとしていた。
「あれ、他の人達は?」
「いつも夕食は全員揃って召し上がるわけではないんです。お仕事で外出されている方もいますし、特別な報告がある場合はご家族全員集まることもありますが」
「なるほど…」
つまり、昨日は私がやって来たからゼノさんが皆を召集したんだな。
私は席に着き、運ばれてきた1人分の食事を黙々と食べた。こんな広い食堂の隅っこでぽつんと夕食食べるの…結構寂しい。
たぶん、皆が揃う機会があったとしても、私は一緒に食事できないんだろうなぁ。よそ者がいたらゾルディック家の秘密の話とかできないもんね…
少しだけゾルディック家との溝を改めて感じた、2日目の夜だった。