ストレイシープ | ナノ
お世話になります
(3/5)


「それではキルア様、マキさんをお部屋へご案内しますので」
「…あっそ。ごくろーさん」

銀髪の少年はどうやら“キルア”という名前らしい。キルアはちらっと私を見て、何も言わずにミケを連れて森の奥へと消え去った。
随分そっけない態度である。

「ご歓談中にお邪魔してしまい、申し訳ありません」
「いえ!むしろ私のことを説明してくれて助かりました」

ご歓談どころか危うく命を奪われるところだったからね。これから気をつけよう…。


その後カナリアに連れられて屋敷へ戻り、私は客人用の部屋に通された。
生活に必要な小物はもちろんのこと、上等そうな衣服や化粧道具まで用意してある。(ちなみに化粧なんて生まれてこの方したことはない)

カナリアは他に必要な物があるか尋ねた後、「御用の際はお呼び出しください」と言って部屋備え付けの電話を指し、退室した。
さすがゾルディック家の執事さん。完璧な仕事ぶりに脱帽するわ。

私は早速ふかふかのベッドにダイブ…する前に自分の汗臭さに気付き、シャワーを浴びることにした。バスルームには浴槽とトイレもきちんと備わっている。

「ホテルかここは…」

ウチとは大違いだ。田舎町のしょぼい薬屋とゾルディック家を比べる方がおかしいけど。
こんな快適な暮らしが出来るなら、暗殺一家にお世話になるのもそんなに悪くないかもしれない…と現金な思考を巡らせつつ、そうは言っても昼間のような『誤解による生命の危機』事件はもう二度と御免こうむりたいと思う。

いずれにせよ、ここには約一ヵ月滞在できる。薬を作り終えたら再び一人で生活しなければならない。今の内に頭を整理して、身の振り方はしっかり考えなきゃね。


**********


夕食の時間になり、私は広い食堂へ案内された。
細長いテーブルには盛り沢山の料理が並べられている。上座にはシルバ=ゾルディックが座り、その隣にはゼノと帽子を被った貴婦人がいた。たぶん奥様だろう。
そしてキルアを含む4人の兄弟が横の席を埋めている。

私が部屋に入ると、ゼノが立ち上がって皆に説明し始めた。

知人が亡くなり、遺族である私を託されたこと。一人前になるまで面倒をみてやってほしい、と手紙に書かれていたこと。実際に私の店を監視してみたら、上手く立ち行かなくなっていたこと。引き取ることに決め、その対価として特別な毒薬を作ってもらい高額で買うこと。

「とりあえず一ヶ月間はこの屋敷に置いておくからの。その後、店に戻って薬屋を続けるか、ゾルディック家に残って専属の薬剤師になるかはマキ自身に決めてもらう。ま、きちんと毒薬が作れれば、の話じゃ」

え、初耳なんですがその話。

「ちょっとお父様!専属の薬剤師にって、本気でおっしゃっているの!?」

甲高い声を出してぱっと立ち上がったのは、豪華なドレスに身を包んだ奥様だった。
こちらを見る機械の目が恐いです。

「この家に一月滞在するのは良いけれど…こんなどこの馬の骨ともしれない…コホン、失礼。幼い少女を雇うのは反対ですわ!」

人を幼女みたいに言わないでほしい。これでも14歳…って、奥様が敵意むき出しでこっちを見てる。目からビームが出そうだ。

「そう目くじらを立てるな、キキョウ。まだ様子見の段階だ…それに、マキの意見も聞いていない」

シルバがキキョウをなだめつつ、私に視線を向けた。

「どうだ?マキ」
「…私は、店に戻るつもりです。いつまでも御厄介になるのは申し訳ないですし…」

報酬をもらえれば、当面は不自由なく生活できる。それ以上の支援を望むなんてバチあたりだ。

「なので、一ヵ月の間よろしくお願いします」

背筋をピンと正して言えば、ゼノの隣に座っていた長い黒髪の青年が口を開いた。

「うん、いいんじゃない」

あっさりとした了承の返答に呆けていると、その人は無表情のまま言葉を続けた。

「別に害もないでしょ。オレはイルミ。ゾルディック家の長男」

一回も瞬きせずに淡々と自己紹介をされた。なんだかサイボーグみたいな人だ。
続いて口を開いたのは、結構ふっくらした体格の…つまり太っている男性で、既に夕食のステーキを平らげていた。

「てかどうでもいいよ、関係ないし。報告があるってそれだけ?じいちゃん」
「そうじゃ。お前も自己紹介せんか」
「はいはい。オレは次男のミルキ。勝手に部屋ん中入ったら殺すからな」

そして再び食事に戻るミルキの隣で、キルアが面倒くさそうに頬づえをついて言う。

「…キルア。三男」

どんだけぶっきらぼうなんだ、と突っ込みたい。昼間に会った仲なんだし、もう少し愛想よくしてくれてもいいのに。

最後におかっぱ頭で着物姿の美少女が私を見上げた。

「ぼくはカルト。ゾルディック家の末弟です」
「まつ、てい…?」

思わずカタコトの発音で繰り返すと、私の後ろに控えていたカナリアがこっそり教えてくれた。

「カルト様は男の子ですよ」
「・・・・・・!!!」

密かにショックを受けている私を尻目に、ゼノはカルトの隣に私を座らせた。

「そういうわけじゃ、皆、間違ってマキを殺さないようにな。そしてマキ」
「はいっ?」
「時間はまだある。ゾルディック家に残るか否か、もう少しよく考えてくれんかの」
「・・・はい」

たぶん考えは変わらないと思いつつ、ゼノの言葉に頷きフォークへと手を伸ばした。
自分のメニューだけ他の皆さんと違う気がするが、あまり気にしないでおこう。

おいしい食事に顔がにやけそうになる。やっぱ食材からして違うわ。
そうして舌鼓を打っている時、ふいに斜め前から視線を感じた。

顔を上げるとそこにはちょうどキルアが座っていた。が、キルアはミートボールをもぐもぐ食べながら違う方向を見ている。というか、昼間に森で別れたきり、キルアは私と視線を合わそうとしない。

なぜだろう…?不審者疑惑は晴れたはずなのに…よそ者の存在が気に食わないのだろうか。
キキョウさんも私を快く思ってないみたいだしな…

少し寂しい。ゾルディック兄弟の中でもキルアは一番歳が近いし、仲良くできたらいいなと思っていたのだ。
他人だらけのこの家で、少しでも心を許せる相手が欲しかったのかもしれない。

出会いが最悪の形だったにもかかわらず、不思議なことにキルアとは仲良くできる気がしていた。全部私の独りよがりだけど。

夕食を食べ終え、私はカナリアと一緒に食堂を出た。結局キルアとは一度も視線が合わなかった。

「どうかしましたか?」
「ううん…カナリアは夕飯食べないの?」
「後で頂きます・・・あ」

話の途中でカナリアが立ち止まった。私も合わせて立ち止まる。

「マキ」

後ろからキルアの声がして振り返った。廊下へ出てすぐに後を追ってきたらしい。
驚いて瞬きする私に向かってキルアは足早に近づき、真っ直ぐ視線を合わせた。

「あー…あのさ」
「何?キルアくん」
「…キルア、でいい」
「そう?じゃあキルアって呼ぶね」
「・・・・・・悪かったな」
「へ?」
「昼間!勘違いして・・・腕、痛くねぇ?」
「あ、ううん。平気。もう全然」
「そっか。じゃ、そんだけ」

キルアは顔を隠すように急いで踵を返し、来た道を戻って行ってしまった。

「・・・・」
「キルア様は、照れ屋なんです」

カナリアがこそっと囁く声を聞きながら、やっぱりキルアはいい子なんだと思った。
ただちょっと、天の邪鬼なだけで。

明日になったらもう一度話をしようと心に決めて、私は頬を緩めた。


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