短編 | ナノ


茹だるような暑さの中、一陣の涼しい風が汗ばんだ額と前髪を撫でた。

「きみはどこから来たの?」

簾が垂れ下がる窓際の縁側には、猫が一匹うずくまっている。白と黒と茶のまだら模様。ふかふかした暑そうな背中に手を伸ばして軽く触ってみると、意外にもその子は逃げなかった。

「毛皮があると大変だね」
「…ニャー」

外の日射しは強すぎて、ちょうど日陰になっているこの場所から動きたくないのかもしれない。

「気持ちはよく分かる」
「…」
「好きなだけここにいていいよ」

「どうした、名無しさん」

猫を相手に一人呟いていると、部屋の中からクラピカがひょっこり顔を出した。

「あ、見て見て!かわいいでしょ」
「猫?勝手に庭へ入って来たのか」

クラピカはしゃがみこんで猫の顔を覗き込む。口元が緩んでいますよクラピカさん。動物好きなんだね。

「この子、野良猫かな?首輪してないみたい」
「それにしては人懐っこいな」

クラピカが首元を撫でると猫は気持ちよさそうに目を閉じ、グルグルと喉を鳴らした。

「喜んでるね」
「…懐かしいな。ずっと前に、猫を飼っていたことがあるんだ」

クラピカは目を細めて優しく猫を撫でる。何気ないその言葉に少しドキリとした。
ずっと前というのは、きっとクラピカがまだ幸せだった頃の。

「どんな猫?」
「白と黒のぶちで…毛糸を転がして遊ぶのが好きだった。毎回絡まって身動きがとれなくなっていたよ」
「え!なにそれかわいい!私も飼いたいなあ」
「だが、頻繁にネズミや虫を捕まえて持って来るのには閉口した。しかも誇らしげな顔をして」
「うわあ。それは勘弁」
「褒めてもらいたかったのだろうな。まあ、そこが可愛い所でもある。私の母は…」

そこまで言って、クラピカの声はふつりと途切れた。微かに眉を寄せている。

「どうしたの?」
「いや…何でもない」

複雑な顔をしてクラピカは言い、今度は腹を見せて寝そべっている猫を再び撫で始めた。

(気になる…)

家族の話やクラピカが小さい頃の話を、私はあまり聞いたことがない。ほんの時々、断片的な思い出を話してくれることはあるが、今みたいに難しい表情で黙りこくることが多かった。

楽しい思い出も優しい記憶も、全て辛い体験に直結してしまうのだとしたら、それはすごく悲しい。
仕方のないことだと分かってはいる。それはクラピカにとってあの惨劇が過去のものではなく、今尚彼の心を蝕み苛み続けているという証だ。
忘れないように、生々しい傷をそのまま残す。

それはやっぱり苦しくて、とても哀しい。

「クラピカさん」
「ん?」
「眉間にしわが寄ってますよー」
「…そうか?」

私は猫を抱き上げてクラピカの顔に近づけた。

「ほ〜ら、恐い顔してるよねー?」
「ウニャッ」
「あ」
バシッ

猫は大人しく持ち上げられているかと思いきや、いきなりクラピカの顔面に猫パンチをお見舞いした。
至近距離から繰り出された右ストレートの威力は凄まじく、クラピカは痛そうに鼻の頭を押さえつけた。

「〜〜〜っ」
「えっ…あ……ぶふっ!!」

我慢できずに私は噴き出した。いや、悪いとは思ってるけど、でも、到底堪えきれるものじゃない。

「ぶっ…く、っあはは!!!」

一度笑い出すともう抑えられなくて、私は腹を捩る勢いで笑いまくった。終いには涙まで出てきた。

「、そんなに笑うな!」
「だ、だって…!!!」

赤い鼻のクラピカを見て、また笑いが込み上げてくる。猫は私の笑い声にびっくりしたのか、庭に降り立ち駆けて行ってしまった。ああ、かわいそうなことしたな。

「いつまで笑っているつもりだ」
「…ふー……」

ようやく落ち着いてきた。さっきまで割と真面目なこと考えてたのに、一気にふっ飛んでしまった。

「行っちゃったね。また来てくれるかな…ミケ次郎…」

「…いろいろと突っ込みたい所はあるが、まずさっきの猫はメスだ。三毛猫は基本的にメスしかいない。オスが生まれる確率は1000匹に1匹だそうだ」

「そうなの!?じゃあ…ミケ子!カムバック!!」
「…はあ。」

盛大なため息をついて、クラピカは部屋の中へ戻って行った。私はしばらく縁側に腰掛けたまま、ミケ子が去った方向を見ていた。

そういえば、クラピカが飼っていたという白黒猫の名前は何だろう。
どんな些細なことでもいいから、クラピカの思い出を聞きたいと思った。だって話してくれないと、私には一生分からない。過去を共有することができない。


「名無しさん」

自分の名前を呼ばれて振り返ると、不機嫌な顔が間近にあった。

ぐっと腕を引っ張られて、私はあっという間に室内に連れ戻された。

「少しは私の心配もしてくれないか?」

ソファーに音を立てて座り、クラピカは上目遣いで私を睨む。

「鼻の頭、痛いの?」
「そうじゃない」

隣に座るよう促されて、ソファーに腰掛けた途端、クラピカは私の肩にもたれかかってきた。

「猫に構い過ぎなんだ、名無しさんは」
「…」

金色のさらさらした髪が私の首にかかってくすぐったい。

…うん、あのさクラピカ。






私はクラピカの頭をぎゅっと抱きしめた。

「クラピカかわいいまじかわいい」
「(…どっちが)」


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