船の出港時刻が迫る時間を何度も確認しては人気のない港を全力で駆け抜ける。
まさか寝坊するとは…。さすがに深夜の3時発は厳しくない?って話よね。余裕もって荷物の確認も済ませてたし、アラームもセットしてた。気合を入れて寝入ったのに肝心のアラーム音に気づかず熟睡。最終学年だというのにやらかしてしまった。
ここから学校までのポートキーは無いし、箒でトランクと鳥カゴ持っての移動は結構ガチめに詰む。正直、移動時間がどれくらいかかるのかも分からない。方向は杖頼み。トランクがデカい重い邪魔。もう何度蹴ったことか。
遠くからマグルには聞こえない出港を知らせる汽笛が鳴り響いた。はい間に合いませんでした。
乗り遅れた事が確定したので目くらまし呪文を掛けて、呪文特有のヒンヤリした感覚に身体を震わせながらトランクから呼び出した箒に飛び乗る。
学校から無断で借りてる箒だから最後の手段として取っておいたけど、とうとう最後の手段だ。
勇んで飛ぶけれどダームストラング行きの船は本当に速い。マグル製の速度とは比べものにならない。箒使うタイミングミスったかもしれない。最初から飛んで行けば間に合ったのに。箒のことを怒られるだけで済んだのを、長時間移動による疲労を自分でプラスしてしまった。はい絶命〜。
己の悪手にしょぼくれつつも瞬きをした一瞬で闇夜から一変、昼の眩しさに目を細めた。進行方向に人の輪郭が見えたが急に止まる事は出来ない。箒の先で突っ込まないよう咄嗟に取った体勢は体当たりの形になってしまった。
「かっこいいぜ、イレイザッア゛!!?」
勢いよくぶつかったが自分だけはなんとか箒から投げ出されずに済んだ。トランクと鳥カゴは地面へ勢いよくスライディング。相棒は驚いてカゴの中で大暴れしている。元気そうでよかった。落としてごめんよベイビー。
背中に流れる熱気が呪文解除の知らせとなってめちゃくちゃ焦る。周りを見渡すとこちらを見つめる人がいちにぃ…、たくさんいるがトロールの亜種みたいなやつがいるので恐らくマグルじゃない。と信じたいが大人もいるのにトロール如きでこの惨状はもうお察し。踏み潰されている人は生きてるのかも不明だ。
「すみませ〜ん、大丈夫そうですかね…」
「、ッテェ…。アンタ、生徒じゃなさそうだな」
「いやぁ〜、一応生徒ですかね…」
どこの生徒を言ってるのか分からないけど、まぁ生徒であることに違いはない。身体は大丈夫そう。よかった。だいぶ減速は出来てたから大した衝撃ではない筈。お詫びと言っちゃなんだがあの暴走トロールを片付けさせて頂こう。
「吹き飛べ」
ーーパアァン!
大きな音を出して頭が破裂すると巨大な身体はそのまま重力に従って地面へと倒れ込んだ。うっわ、ローブの裾に脳みそ着いた最悪〜!
「ハ…おいおい勘弁してくれよ、こんな生徒がいるなんて聞いてないっつーの…!」
ブツブツひとり事を呟きながら首を掻きむしっている。少し血も滲んでる。やめとけやめとけ痒いところ掻きむしると後で後悔するぞ。
ガリガリガリ、掻きむしっていた手がピタリと止まって勢いよくこちらに伸びてくる。全く交友的な雰囲気じゃない。目がマジのやつ。
「動くな」
軌道的に私の首を絞めようとしている。普通にやばくない?
「なに…?飼育してたトロール?」
動けない相手に問いかけるが当たり前に返事はない。答えを聞きたいけど、危険行動をしそうな人物を動かす度胸はない。どうしたもんか…。と考えているとずぶ濡れの少年少女達が怯えながらもこちらに近づいて来た。少女の舌がヤケに長い。……ながい。
「…。あなたは、ヒーロー?」
「うん?まぁ…そうなるのかな?」
危機的状況から助けたからね。たぶん。
「あれ殺したらダメだった?」
「いいえ…。おかげで助かったわ。ありがとう」
「この人精神的に危ないヤツ?」
「それは分からないけれど…。さっきの怪物も、周りに倒れてる人達も、全員ヴィランよ。私達は襲撃されたのみたいなの」
「そりゃ災難で…あの、これ知ってる?」
もうここから去りたい一心でポケットからカエルチョコのパケを出して見せる。これを食べずに育った魔法使いはいない。知っていると言って欲しい。怒られる要因を増やしたくない。
「…?さぁ…初めて見たわ、」
少女を筆頭に後ろの2人もいまいちピンとこない顔をしている。確定致しました。結構人数いるけど忘却呪文できるか?普通に自信ないんだが。
「いいですか…この杖をよくみ゛!!?」
突然の強い衝撃に脳が揺れて訳もわからずそのまま意識はブラックアウト。
▽
「これにて聴取を終了します」
休憩を挟みながら5時間余り、頑丈に拘束されて微塵も動かす事のできなかった身体がようやく解放された。どうやら生徒達を助けに来た教師の攻撃が私の頭を直撃して気を失い、ここに収容されたという事だった。収容っておかしくない?まず病院に運べやい。
生徒からの証言もあってこの学校に侵入して来た悪人達とは無関係なのが無事に証明されたけれど。この場所がマグルの住処だと証明もされてしまった。
どうしよう、どれだけのマグルにバレた?私ひとりで対処できる域をゆうに超えてしまった。冷や汗しかでない。もうよくわからんけど色々聞かれて魔女だと言わざるを得なくて真実をゲロっちまった。
非魔法族に知られたら忘却術を掛けないといけない旨を伝えるが「今の段階では容認できない」って…。クソうるせー!つべこべ言わず容認しろ!!
とりあえずこんな大事を勝手に判断できる立場にないので校長と魔法省に手紙を出させて貰える事になった。やばいこれ絶対新聞に載るぞ〜。怖すぎて泣けてくる。手紙送るから杖を返して欲しいけど「容認できない」って…。頭カチコチなのかな?日本からスウェーデンって梟でどのくらいかかるの?まじ可哀想なんだけど。
マグル達が既に中身を確認済みのトランクから羊皮紙と羽ペンを取り出して言われた通りの内容を書いていく。筆記体なので読める人を呼ばれて文章に相違がないか調べられた。お墨付きを貰ったので梟の脚に縛り付けて窓から飛ばすもUターンして戻って来てしまった。…まじ?
「どうしましたか?」
「いや〜見ての通り梟が飛ばなくて…。この場合って目的地が存在しないか宛先の人物が死んでるとかなんですけど…あれ〜?」
行け!と何度も梟をぶん投げるがやっぱり戻って来る。なんか私が嘘ついてるみたいじゃ〜ん!魔法は本当にあるもん!嘘じゃないもん!どうしよう、周りの視線が痛い気がする。被害妄想か?わからんけどなんかもうパニックになってきた。魔法省から見放されたとか考えたくない。このまま連絡が取れなかったら、どうなるの?ここで一生監禁されるとかあり得る??
「いや、本当に、嘘とかついてないんです。何も悪い事してないし、しようとも思ってないです」
「うん分かってる。大丈夫だから、」
「ちょっと待ってて下さい!とりあえず一旦自力で学校に行ってみますんで! 来い!」
窓枠に脚を掛けると同時にトランクと杖が手元に吸い込まれてその勢いのまま外へ飛び出した。