夢覚めやらぬ世迷言

 
 身体を重ねたあの日、先に自室へ帰した分身が「なんで私が…」と落ち込んだ様子でとぼとぼ歩いている姿を一部の教師が目撃したことによって「赤井の恋愛成就せず」という噂がまことしやかに囁かれていた。

 まさか隠蔽工作のためにやったことが逆にめんどくさい話を流すきっかけになってしまうなんて。しかもなぜそこに繋がる?なんか普通に注意されたとか叱られたとかの考えには至らないの?断じてそんな事実はない。恋愛は成就したし激烈甘々なのだから。

 そんな事を考えつつパソコンを叩いているとノックと同時に開かれたドアから相澤が顔を覗かせた。

「リン、急で悪いが次の時間の戦闘訓練に参加できるか? 生徒達の要望でな」

 恐らく急いでいるのだろう、中に入らずそのままの位置で「いけそうか?」と問われたのでリンは迷うことなく大丈夫だと了承した。じゃ、頼む。と手を上げ去って行く姿にうっとりと余韻を楽しみながら途中だったPCの作業を締めていると、ベッドの方から「せんせ〜」とカーテンを開けながらニヤケの抑えきれていない表情の生徒が顔を出した。

「相澤先生と仲良いんですかぁ?」
「…なんで」
「先生のこと名前呼びだったから」

 ニヤニヤ、もはや楽しむ気持ちを抑える気はないらしい。恋バナの好きなお年頃だしこの生徒は人に好かれる性格なのだろう。初対面でも気安い話し方だが馴染みやすくイヤな気もしない。

「仲良いよ。私もお世話になった担任の先生だから」
「ええーー!相澤先生が担任だったの!? ヤバ、相澤先生どう?昔から変わらないの?」

 あの合理的主義。なんてケラケラ笑いながら言うものだから昔を思い出して自分もつい口元が緩んでしまった。

「あー、えろ…先生まじえろい。無から有に変わる瞬間がまじえろなんだが」
「……そう?」

 偏差値79の高校に在学しているとは思えない語彙力に驚きつつ体調を伺う。頬に赤みが差して表情も明るくなっている。保健室に来た当初はひどい生理痛に震えて顔を真っ白にしていたが見たところだいぶ良くなっているようだ。さすがに忍術で生理現象を治癒するは不可能なので、痛覚の伝達を鈍くさせ身体を暖めながら休ませていたのだ。

「私抜けるけど、ひとり置いてくから何かあったら遠慮せず言ってね。自分の判断で教室に戻っていいからね」

 温かいお茶を渡してからゆっくり休みなさい、と声を掛けると大人しく布団に戻っていった。生理の痛みは眠って誤魔化して、ただ時が過ぎるのを待つしかない。痛みの重い子は大変だなと頭を撫で、分身に任せて保健室を後にした。




 木から木へ飛び移り、本館から長く続く森を抜けるとようやく運動場にたどり着く。それと同時に授業開始のチャイムが鳴り響いてギリギリになってしまったがなんとか間に合ってよかったと胸を撫で下ろした。

「急がせたな」

 片手を上げた相澤にリンは軽く会釈をして隣に並び立つ。普段の治療で全員知っているだろうからと紹介は省かれて5対1の戦闘、あらかじめ相澤が無作為に決めていた班が呼ばれた。


 爆豪 芦戸 上鳴 飯田 砂藤

「制限時間15分。どちらかが戦闘不能になれば即終了」

 端的な説明を受け、指定された位置へ着くと早々に開始の合図が出された。時間を無駄遣いしない進め方は相変わらずで、学生時代の厳しさを思い出したリンに少しばかりソワソワと緊張が走った。

 派手な爆発音をたてながら爆豪がリンに向かって先制攻撃を仕掛けて飛んで来る。飯田と砂藤もリンの左右に回りこみ、上鳴と芦戸は近すぎない位置で援護するようだ。

ーー水遁 水乱波みずらっぱ

 爆豪は口元から吹き出した水流を2発、3発と機敏に避け、瞬きをする間も無く距離を詰めて来る。リンが目の前まで迫ったその身体を風遁で吹き飛ばすと左側から飯田の足技が繰り出された。危なげなく受け止めるもそれで終わらず、ブァン!と大きなエンジン音を響かせて押し込んでくる。反対から遅れてやってきた砂藤に飯田の蹴りを流して距離を取ろうとすれば背後に電気が掠めて足が止まった。その一瞬で目の前の2人が体術のラッシュをかましてくる。いい連携だ。

 絶えず足技で攻めてくる飯田の襟を掴んで砂藤の拳が入る軌道に引っ張り込むと、一撃をもろに食らってコスチュームの背中が砕けた。そのまま飯田の腹部に膝蹴りを入れると前側も砕けたので上半身のコスチュームを身体からバキバキ剥がして近づいていた爆豪に投げつける。気を失った飯田を捨て置いて砂藤にローキック、体勢が崩れた頭にハイキック…を食らわそうとしたが爆豪に阻止されて出来ず。飯田は芦戸に回収された。

 パシュ、と上鳴から打ち出された物をキャッチするとバチバチ音を立てて巨大な雷が自分に向かって走りだしていた。

ーー水遁 爆水衝波ばくすいしょうは

 初手で使った水乱波みずらっぱとは比べものにならない水量で放たれた術は、輝く雷飲み込んでそのまま相手に返される。

「ナァ!!?災害レベルァ!!」

 咄嗟に上昇した爆豪以外は電流を含む波に運ばれて姿が見えなくなってしまった。

「手加減無しの本気で来いや特命医ィ」

 と言われたので目の前に瞬身、顎に一撃でノックアウト。別に手加減してた訳じゃない。様子見だ。


「爆豪チームが3分持たずって、この後どうなるわけ、?」
「最後の動き見えねーって…」

 モニターを見上げて呟かれた言葉に他の生徒も唖然としている。
 そして後の試合も全て5分以内で終わらせてしまったリンは少し気まずかった。

「もしかして俺ら雑魚すぎ?」
「いや、特命医が強すぎるんでしょ…」
「はいはーい!先生と赤井さんの戦闘も見たーい!」

 きゃいきゃいはしゃぐ女子に若さを感じつつ先生と手合わせできるかも…、なんて期待してそういえば学生時代のあれが最後だったなぁと思いを馳せる。相澤は「まぁ時間もたっぷりある事だし」とお小言を混じえながらも髪を結んでいてわりとノリ気なのが分かる。久しぶりだとなんだか謎に恥ずかしい。そんな色気を感じる仕草を眺めていると目が合ってしまい、ぽぽっと頬に熱が上がって緩みそうになる口を一文字に結んで俯いた。


 目を輝かせた生徒達に見送られて開始の合図、チャクラは練れない。やはり先制攻撃はさせてくれないようだ。伸びてくる捕縛布を避けるが回避行動の予測が上手すぎて捕まってしまう。学生時代もそうだった。チャクラ強化を使ってかわしていても避ける毎にパターンを見抜いてか、段々と掠めるようになってそれからすぐ捕まってしまった。純粋な力のみで勝てる割合は高くない。腰と右腕にしっかり巻かれた捕縛布に全力で反発していてもグ、と容易く引き寄せられるのでその力に合わせて飛びかかり、こめかみを狙って脚を振り抜いたが避けられてしまう。

「リン、おまえ顔に出すぎ」
「、」

 リンだけに聞こえる声で一言。不意にできた隙に腰の捕縛布を引かれながら足払いを受けて身体が浮くが、相澤の腕に掴まり逆上がりの要領で身体を持ち上げると首へ脚を絡め、遠心力を使って重心を振り回す。が、倒れない。捕縛布を扱う身体は伊達に鍛え抜かれていないのだ。首から飛び退く前にリンの右腕が相澤の左腕と縛り付けられて印が結べなくなってしまう。どうやら抹消を掛けていてる間の超短時間で終わらせる気らしい。

 地面に足をつけるよりも先に中段蹴りが迫る。相澤とくっついている腕に全体重を掛けて勢いよく下方へ引っ張り込むと体勢を崩すことに成功し、その攻撃は不発となった。そして相澤はしゃがみ込んだリンを片腕で勢いよく持ち上げ、ふわりと浮いた身体に捕縛布を巻きつけようとするがその思惑を感じとったリンは素早く相澤の胴体に引っ付いて拘束を免れる。一拍の間があったものの、相澤はリンと自分を一緒に縛り上げたのでお互いに身動きが取れなくなって試合は終了となった。

「引き分けだな」

 目が乾いたのだろう。ギュウ、と目を瞑りながら捕縛布を解いて腰のポーチから取り出した目薬を点眼している。

 右目の下にある傷痕は否が応でも目について、その度にリンは罪悪感と後悔に苛まれてしまう。自分のせいじゃないことは分かっている。しかし、もっと早くに医療忍術を習得していれば、あの場に自分がいれば、なんてそんな思考の海に意識が沈む。そしてその小さな変化を目敏く見つけた相澤からも幾度となく言い聞かせられていた。めんどくさい女だ。分かっているけど怪我を負った事件から2年経った今でもそう思うことはやめられない。

「オイ、また考えてるだろ」

 眼下の傷を指でトントンと示し、ジロリと目を細めて近づいて来る。

「考えてません」
「しょうもないウソつくな。顔に出てる」
「…はい、」
「じゃウソついた罰ね」

 そう意地悪く笑った相澤がリンの左肩に流れるペリースを大きく広げると、指でリンの顎を引き上げてその小さな唇に軽く口づけをした。

「ばつ…、」
「罰」

 罰にならない罰にリンはぽぽっと頬を赤らめて身体を縮こませる。

(す、すき〜〜〜!)

 心の叫びが止まらない。2人が集合場所に戻るよりも先に対戦に興奮した生徒たちが駆け寄って来ていた。

「ねぇ〜!せんせー今キスしたでしょー!!」
「ガキじゃないんだからこんな所でするわけないだろうが」

 しっかりしていた。たった今ウソに対して罰を課した人が目の前でウソをついていることに少し笑えてしまう。
 それにしてもまさか引き分けにされるとは思っていなかったので少し拍子抜けというか不完全燃焼というか。身体を動かすには少し物足りない。

「やっぱ先生たちって付き合」
「授業への意欲マイナス」
「芦戸三奈! 戦闘における反省点を述べます!」

 相澤に対して生徒が冗談を言えるような信頼関係が築けていることにリンは感心しつつも嫉妬してしまう。この重い感情とすぐ顔に出てしまう所を治さなくては、と密かに決心した。

 


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