16 


「海だーーー!」
空と水平線が青く重なり、空に浮かぶ白い雲がその青を一層引き立てている。浜辺には海水浴客が大勢いて、若い女性の水着姿が眩しい。
「ロー!海だよ!海!」
「ああ、人が多いな……。」
「夏で海だから仕方が無いよね!」
男性は数年ぶりの海の景色に興奮しているようで目をキラキラとさせていた。ローがぼうと海を眺めていると男性か駆け出していった。
「っおい!男性!」
「ロー、ごめーん!俺、ちょっと泳いで来るね!!」
「はぁ?っ男性!」
呼び止めた声は届いているのか、いないのか恐らく後者であろうが、男性は海水浴客の中に紛れてしまい姿が見えなくなった。ローは舌打ちをして人が少ない岩陰へと移動して行った。


「あー、気持ちいい……。海に来たのって何年ぶりだろ……。」
波に揺られながら男性は呟く。男性とて友人がいない訳では無いので誘われる事は何度かあったがそういう時に限ってアルバイトが入っていたり、別の用事が入っていたり中々タイミングが合わなかったのだ。

ふと、ローの事を思い浮かべる。最初来た時は人を締め上げて尋問のような事をした癖に、その日の内から本編では全く見せないような姿を自分に見せてきて、挙句の果てに今では、恐らく自分に好意を寄せているであろう行動をされるまでになった。
「うーむ、好かれている……」
男性はローの事は嫌いではない。寧ろ、ローと同じような感情を彼に対して抱いてる。始めは、ただ好きなキャラクターが自分の所へ来たという興味だった。それから見たことの無いローの姿に絆されていった。いつか帰ってしまうと分かりきっているので、男性から気持ちは伝えないつもりだ。
「はあ、そろそろ戻るか。」


浜辺に戻ると、当然ローの姿は見当たらなかった。人が少ないであろう岩陰の方へ歩みを進める。そこには岩に身体を預け、海を眺めるローの姿があった。
「居た。ごめんね、ロー放ったらかして。」
「本当だ。」
些か機嫌が悪いようだが、ローの隣に座る。
「……海はどこも同じだな。」
ローが呟く。向こうの世界を思い出しているであろう、ローの顔は何処か寂しげだった。
「寂しい?」
「いや、だが少し物足りない。」
この世界は平和過ぎる。苦笑しながらローが言う。あ、今の顔いいな。
「でも、俺はこの世界じゃないと生きていけないよ、きっと。ローの世界に行ったら直ぐに殺されそう。」
笑いながらローの顔を見ると、ローは真面目な顔をして男性を見ていた。
「男性は死なねぇよ。俺が守るからな。」
「ふふ、ありがと。ローに守って貰えるなら安心だね。」
「……男性、」
「ロー、そろそろ帰ろうか。」
今の空気は駄目だ。そう思った男性はローの言葉を遮り立ち上がり、納得の行かないような表情をしたローに手を差し伸べる。渋々とその手を取ったローの手を引き、浜辺へと歩き出す。

少し待っててとローを建物の陰に置いて男性は着替えに行く。
着替え終わり、ローを迎えに行ったあと帰路につく。帰りの電車内はローと言葉を交わすこともなく、気不味い雰囲気だった。




prev / next
[back]