ミカルがリビングへ入ったと同時に、携帯の呼び出し音が鳴った。
ディスプレイを見ると、見慣れない番号が表示されていて、おそらく番号の出だしからしてどこかの会社からのようだ。
「はい、」
『ミカル・セルブライトさんですか?』
「・・そうですが」
無機質・・という言葉が合うような、音声ガイダンスのような規則正しい音程、口調の男だと思った。
外はいい天気で、小鳥の囀りが聞こえる。
それに似つかわしくない声色。
不思議な感覚だった。
『突然のお電話で申し訳ございません。私、神羅カンパニーのツォンと申します。』
社名を聞いてドキリとした。
世界規模で拡大し続ける企業、神羅カンパニー。
ほんの少しの間叔母も所属していたけど、すぐに退社した事を、昔聞いた。
いまさら、何の用だろうか、叔母に関してのことだろうか・・。
頭の中に色んなことがめぐり、沈黙が続きそうだったが用件を聞こうとするのと同時に向こうが話を切り出してきた。
『突然のことで申し訳ないのですが、ピアノの奏者としてぜひ我が社のパーティーへ来て頂きたいのです』
「ピアノ・・ですか?」
ミカルは思いもよらない用件に、気の抜けたような返答をしてしまった。
『えぇ、あなたのピアノ演奏に関して素晴らしいという噂を聞きましてね。ぜひ、お願いしたいのです。もちろん、無料でとは言いません。衣装、ピアノ、その他必要なものはすべてこちらで用意させていただきます。』
「そうですか、そういう用件だったのですね・・・申し訳ないのですが今私はピアノを弾いていません。なので、お引き受けすることはできません。」
『パーティーまでに時間はまだあります、練習場所もこちらで提供させていただきますので、ぜひ・・』
「本当に、申し訳ないのですが・・」
ツォンという男が言い終える前に、ミカルはもう一度強く断る姿勢を見せた。
ピアノをまったく弾かない、ということではない。
世話になったバーのマスターにお願いされれば、たまにアルバイトとして何時間か行くこともある。
しかし、神羅という会社に行くようなことはあまりしたいと思えなかった。
何秒か沈黙が流れた。
ピアノ演奏者ならば、プロだっている。
世界に名を轟かせている大企業ならば、そっちのほうが良いに決まっているのになぜ自分に声がかかるのかミカルは理解できなかった。