「おかえりなさいませ、ルーファウス様。」
本社ビルへ入ると同時に、その場にいた社員全員が自分へ向けて深く頭を下げる。
軽く頷き手をあげるとほぼ同時に全員の顔が上がる。
神羅社員なら全員が初めに叩き込まれる敬意の表し方だ。
女子社員たちは、見目麗しい若き副社長の久しぶりの帰社に歓び色めき立つ。
ルーファウスは数週間、支社での仕事を片付けるために留守にしていた。
「ピアノ演奏者はどうなった?」
「承諾されて、今現在上で練習されてますよ。」
「そうか。若い娘だと聞いたが・・大丈夫なのか?」
「えぇまぁ・・・見た目はそうなのですが、腕は確かかと。」
歩きながらツォンの報告を聞きエレベーターに乗り込んだ。
「腕前を見せてもらおうか」
滅多に自分の意見を交えて報告をしないツォンの言葉が意外だったルーファウスは、面白いとも言いたげな含み笑いをしてホール階のボタンを押す。
「軽く挨拶をしたらすぐに向かう。一人で大丈夫だ。」
ルーファウスはそう言い残し、ツォンは下がった。
エレベーターが開き、廊下を歩いていると懐かしい音色が耳に入った。
幼い頃の記憶が薄っすらと蘇る。
母親が良く弾いていた、そしてまた自分も。
僅かに空いているドアから覗くと、その姿に目を捉えられた。
柔らかい雰囲気で、流れるように指を滑らせて音色を奏でている。
ルーファウスが部屋の中へ入っても気づかないほどに夢中になっている。
不思議な雰囲気の少女だと、ルーファウスは感じた。
どこにでもいるような少女なのかもしれない、しかし何か惹きつけられる・・それは幼い頃の僅かな記憶の片隅にある母親の姿とリンクしたからかもしれない。
そんなことを考えながら窓に背を預け、後姿を見つめていた。
次の曲を弾き始めたが、途中つまづき何度か弾き直すがどうやらその先が思い出せないらしい。
「あれ?こうだったっけ・・」
なかなか思い出せず焦りながらも鍵盤を確認しながら弾く姿に、もどかしさと愛らしさを感じながらルーファウスは静かに歩み寄った。
「・・・こうだな。」
後ろから声を掛け、ミカルが乗せている手の上から弾き直した。
突然声がかかって驚いたミカルは、声も出さずにルーファウスの顔を見つめていた。
「すまない、驚かせてしまった。」
ルーファウスは、目の前で驚き自分を見据えるガラス玉のような瞳を見て更に引き込まれる感覚に陥った。
「ルーファウスだ。神羅カンパニーの副社長だ」
「あっ・・・ミカルです」
副社長という単語を聞いて、しまった!という表情と共にすぐに立ち上がり、頭を下げる姿に思わず笑ってしまった。
「演奏を引き受けてくれたとのことで、感謝するよ。ありがとう」
ミカルは副社長というその男に驚いた。
まだ年若い見た目だが、堂々とした立振る舞いと威厳とカリスマ性を感じさせるオーラ。
アイスブルーの瞳に美しいブロンドの髪に、身長も高く引き締まった身体はまるでモデルのようだと思った。
「いいえ、こちらこそありがとうございます。」
「夢中になって弾いていたようだな。外はもう暗い、送らせよう。当日会えるのを楽しみにしているよ。」
その笑顔と声に心奪われない女性はいないのではないかという位、美しい人だと思った。
それと同時に、人の心を見透かすようなアイスブルーの瞳は少しだけ怖いという気持ちにもさせる。
外を見るとすっかりと日が落ちて、眠らない街ミッドガルの明かりがつきはじめていた。
「もうこんなに真っ暗・・」
エレベーターを降り待っている車へと小走りで向かう途中、行き交う社員の一人にぶつかってしまった。
「っ・・・ごめんなさい」
転ばなかったものの、持っていた荷物が床の大理石に落ちてしまった。
「いえ、大丈夫ですよ。こちらこそ申し訳ない。」
機敏な動きで、転ぶ寸前だったミカルを優しく支え落としてしまった荷物を拾い上げてくれたその男は質の良いスーツに身を包んでいて、髭はきれいに整えられまさに紳士という言葉が似合う男だった。
ミカルを見つめると、目を細め笑顔を見せた。
「珍しいですね、この会社にこんな可愛らしいお客様がいらっしゃるなんて」
「ピアノの・・奏者として今度またこちらに来ます」
荷物を受け取りながらミカルは答えた。
「そうでしたか・・また、お会いできるのを楽しみにしていますよ」
ミカルは軽く会釈をして車へと乗り込んだ。
その姿を見送り、男はかかってきた電話を取りながらエレベーターへと向かった。
「はい、リーブです。あぁ、今そちらに向かいます――」