ー数週間前ー
「いらっしゃい」
クラウドが店内に入ると、マスターは笑顔を向けた。
「何にします?」
「何か、強めのを・・」
手際よく作るその音に耳を傾けていると、店内にピアノの音が響いた。
視線をステージに移すと、美しいドレスに身を包んだ女性が美しい音色を奏でている。
話をしていた客全員がその音色に聞き入っているようだった。
クラウドもその音色に心が癒され、マスターから出された強めの酒を一口味わった。
「ゆっくりしていってくださいね」
クラウドがあまり喋らない客だということを察したマスターはにっこりと笑顔を向け、グラスを拭き、他のオーダーのドリンクを作っていた。
居心地がいい。久しぶりにそう感じた。
演奏が終わり拍手が起き、再びステージへと目をやると客の一人がリクエストを出しているようだった。
一呼吸おいて再び演奏される曲に、店内にいた全員が耳を傾けていた。
リクエストをした貴婦人はこのあたりでは珍しく、とても高貴な女性に見えた。
目を閉じて、自分がリクエストした曲を聞きとても満足そうだった。
どれくらい時間が経っただろうか。
カウンターに小走りにやってきた少女の声でクラウドはふと我に返った。
「マスター、私帰るね!お疲れ様です」
「おお、ミカル!今日もありがとうな。突然の申し出受けてくれてありがとう」
チップを渡し、それを受け取り笑顔で挨拶をする少女。
ふと、その時目が合った。
ガラス玉のような、輝くひとみが印象的だとクラウドは思った。
「・・・演奏、良かった。」
ふと無意識に出た言葉。
「あ・・。ありがとう!よかったらまた来て」
照れくさそうに言う少女に、もう少し話をしてみたいと興味がわいている自分に驚いた。
「初めて、来たの?」
「あぁ、そうだな。」
「お仕事は、この辺で?」
「いや、場所は特定じゃない。何でも屋だからな」
「何でも屋さん?初めて聞いた!」
無邪気に笑う少女に、クラウドも頬が緩んだ。
「何でも屋だ。仕事内容によって報酬は様々だが・・」
「私でも頼める?」
「ご希望があれば。」
「そうだなぁ、送り迎え・・とか?」
悪戯っ子のように笑う少女にクラウドは名刺を渡した。
「クラウドだ。」
名刺を受取り、少女はふんわりと笑った。
「ミカルよ。」
少しの沈黙の後、ミカルはじっとクラウドの瞳を見つめた。
「あなたのその眼の色・・・」
「あぁ、これは―」
言いかけて止まった。それを察したのかミカルが会話を続けた。
「不思議な色だけど、綺麗ね。」
心地よかった。
何気ない会話だったが、彼女と話していると心が軽くなったようだった。
じゃあ、また―
と急ぎ足で帰っていくミカルをクラウドは見送った。