5.おきにいりの長靴で水たまりをとびこえて
「なまえも気づいていたでしょ? さっきのあれ」
「え?」
視界を遮るほどの深い霧の中、タズナさんの友人に出してもらった小舟で波の国へ向かう道中でのこと。
いきなりカカシ先生に話を振られて、情けなくも間抜けな声が零れた。弾かれたように振り向くと、ニッコリと笑う先生と目が合って、なぜか気まずさを感じてふよふよと視線を泳がせた。
「サスケはともかく、あらかじめ分かっていないとあそこまで動けないよ。それに、俺が殺られた時も取り乱さなかったでしょ?」
「ううん。あの時は、ただ何となく嫌なものを感じたらかで……後、先生の時は血の臭いがしなかったから」
「嫌なもの?」
「はい。本当に何となくですけど」
上手く言えないのだけれど、まるでざわざわと何かが背中を這うような───あくまで感覚でしかないから、先生が指摘した水溜まりを見たわけでも、気配を読んでいたわけでもなかった。
「なるほどね……ま! 何にしても、お前もよくやったな」
「?」
「さっきは褒め損なっちゃったからね」
「! ありがとう……ございます、」
ナルトが手の甲に自らクナイを突き刺す前のこと、二人組の敵を捕まえるや否や先生に怒られたのだ。でも、言われた時はムッとしたけれど、後になって思えばそれは全くもって正論だった。
仲間を助けるためとは言っても、ほぼ無策で敵の攻撃の中を突っ切ろうとするのは、あまりにも無謀だった。大事にならずに済んだから良かったものの、それはあくまで結果論だ。だから、厳しいことを言われて当然なのに、時間を置いても褒めてくれることが唯々嬉しかった。
「もうすぐ着くぞ。ここまでは気づかれていないようだが、念のためマングローブのある街水道から陸に上がるルートを通る」
「すまん」
薄暗いトンネルの向こう側に広がる立派なマングローブの景色に興奮するナルトの背中をぼんやりと見つめながら、膝に乗せたままの拳にキュッと力を込める。
タズナさんが本当に先生が驚くほどの人に命を狙われているのなら、この先、自分に出来ることなんて高が知れているに違いない。なら、せめて足手まどいにだけはなりたくない。
「なまえ、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
「カカシ先生……」
ふと、頭に先生の手が乗せられた。大きくてごつごつとしていて、それでいて不思議と安心する手。
先生は、人の頭を撫でることが癖なのだろうか。気にはなるけれど、その手の重みにどうしようもなく安心するから聞く気になれない。だって、嫌がっていると勘違いされてもうしてくれなくなってしまうかもしれないから。
「着いたぞ。俺はここまでだ。それじゃあな、気をつけろ」
「ああ。超悪かったな」
ゆっくり、ゆっくり、長い時間を掛けてマングローブの間をすり抜けて来た舟がようやく桟橋へとたどり着いた。いよいよ、波の国へ上陸したのだ。
「よーし! ワシを家まで無事に送り届けてくれよ」
「はいはい」
さっきの敵は、先生曰くどんな犠牲を払ってでも戦い続けることで有名な霧隠れの中忍だったらしい。彼等で手に負えないと分かれば、今度はもっと強い敵が襲って来るに違いない。先生は大丈夫だと笑って見せたけれど、やっぱり皆の足を引っ張るお荷物にだけはなりたくないと、リュックの肩紐をギュッと握り締めると同時に気を引き締める。
目を疑うほどの巨大な首切り包丁が飛んで来るまで、もう少し。
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