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シロウ様/相互記念







狙い済ますような瞳。

こちらだけを見つめられる視線。

筆や鉛筆を持つその手が描くものその指先や、対象となっている姿形に、―――感情が湧き始めた。


これはそんなんじゃない。
きっと錯覚だといつも自らを偽った。




『カタン』
立てかけるディーゼルに響いた音。
ちょっとだけ視線を外せばキャンバスの向こうから床に向かって力なく伸びる腕。
終ったわけではないだろう。始めてまだ30分も経っていない。
力が抜けたような様子に半ば心配そうな声をかければ、向こう側にいた神崎は顔を覗かせる。

「今日は、止めだ」
「……ん。解かった」

何で、との問いがないのはよくあること…ではなく最近はいつもこうだ。
長くて1時間後には似たような言葉で、つまり中止の意味を相手に告げる。
神崎は絵描きだった。ここ数年でようやく実を結び始め、この間は美術商をスポンサーに小規模展示会が開かれた。

「適当に過ごしてていいぞ。気ぃ向いたら呼ぶ」
「コーヒー飲むか?」
「…もらう」

自分も飲みたくて促せば返事をし2人分のカップを取り出す銀髪の青年、姫川だ。
こちらはただの一般人だが、ある日神崎から声をかけられたのが最初。
モデルを頼まれたが姫川自身というより、モチーフだのイメージだの、そういう意味での勧誘だった。
人物画は苦手でな。―――初めて神崎のアトリエに入り、数々の作品を見ていた時の一言。人のような絵はあるがハッキリしない、そんなものばかりなのはこういう理由から。
コーヒーを1杯だけ飲み終えた所で上着とカメラを手に神崎の出かける準備だ。

「行ってくる」
「昼飯どうする?」
「適当に頼む。文句云わねぇ」

振り返りもせず大股で出て行く姿を見送り、姫川は2杯目のコーヒーをカップに注いだ。

(…10日目か)

よく使っている壁掛けカレンダーとは別の卓上カレンダーの日付の端に小さな赤い点。
姫川が付けているものだが、上手く絵を描くペースが進まない日を数えていた。
最初の頃はそうでもなかった。が、絵描きではない姫川からすれば相手の心境など理解できるものではない。
それによっての不満は、なかった。

「……昼、何にっすかなぁ」

窓枠から覗いた空は明るく、今日は昼が一番暖かい日になると天気予報が云っていた。
アトリエには敷地に見合った小さな庭があり、気分転換も兼ねて外にテーブルを出して食べるのも乙かとあれこれ考える。



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