放課後の話。





「あのね、先生」
「……なんだ、玄野」

夕焼け色に染まる教室で。
昨日までまともに口も聞いたことがなかった学校の教師と二人。

「テストの難易度、もうちょい何とかならないかなぁ〜、……なんて」

――ひたすらに、不毛なやり取りをしていた。

「何とかなるわけないだろ。何度も言うけど、玄野。俺の作るテスト問題は全国でも平均的な難易度だぞ?あんたは俺に、幼稚園児向けの問題でも作らせる気か」
「そこを何とかさあーー!南無!先生!よっ、学校一のイケメン!」
「南無って何だ。というか、あんた、前に俺のことを影が薄すぎるって馬鹿にしてなかったか」
「……えー。そんなことを言った覚えもあるような、ないような」
「まあ次のテストでは、赤点取らないようせいぜい頑張るこった」
「いやああああ!!」

ひどい!無情!この冷血漢んん!

私は必死に貧相な頭を働かせ、思いつく限りの罵詈雑言を心に並べた。
私がここまで頼んでるのに、歯牙にも掛けない教師ってどうよ。
いや、うん、教鞭を執る公務員としては非常に正しいんだろうけど。

先日までの私は、目の前の教師――山崎がここまでさっぱりきっぱりした性格だとは考えもしなかった。

「ね?先生?テスト範囲ってあるじゃん?それさ、この教科書の第一章のここからここまでのページにしない?ほら、素晴らしい提案だと思うんだ!」
「アホか!何さりげなく一年の時の教科書持ち出してきてんだよ!しかも第一章なんて教科に対する心構えしか書かれてないだろうが。それで問題が作れる方が逆にすごいわ」
「えへ。大丈夫、私は先生の才能を信じてる」
「まったく同じセリフをあんたに返すよ」

ああ、どこまでも不毛。

教科書片手にウインクまで披露した私を一顧だにもせず、山崎は呆れたように溜息を吐いた。
溜息吐くくらいなら、テストをどうにかしてくれればいいのになぁ、そしたら私もしつこくすることもないのになぁ、なんて自分本位な考えが頭を巡る。

前回の中間テストでかなり危うい点数を取ってしまった私は、こうして先生に呼ばれ、二人きりの補習タイムを満喫している所存だ。
完全なる、自業自得。

でも。

「……玄野」
「なんですかー、先生。次のテストの解答を教えてくれる気になりましたか」
「なるわけないだろ。いつそんな話が出てた」
「ま、ま、まさか、先生もそろそろお年ですか!?つい先程の記憶も曖昧だなんて……!」
「……あのな、玄野。先生は真面目な話がしたい」
「あら」

乗ってくれないなんてつまんないの。
ちぇ、と口を尖らせれば、にょっと伸びてきた手にデコピンをされる。

うっ、痛い。

「体罰だ」
「躾だよ、正当な」

じゃじゃ馬は調教が大変だからな、と大変失礼なことを言ってのける山崎に、私はめいいっぱいの異議あり!を体で表現する。

普通、きちんと話したのがつい数十分前である生徒にするものじゃないぞ。
下手をすれば、セクハラにも受け取られかねない行為だ。
そうは思っても、別段不快感もなければ、妙にしっくりきてしまう先生とのやり取りに、私はむしろ満足していた。

「で、先生。真面目な話って?」

ひとしきり楽しんだ後、そう尋ねた。

「……あんたも心当たりがあるだろ?」

すぐに返ってきた言葉に、やっぱりそうかと肩を竦める。

うん、だって、赤点を取った生徒は他にもいるのに、二人きりで補習なんておかしいと思ってた。

「山崎、鋭いね」
「あんたはもともとあまり成績の芳しくない生徒だったけど、ここまで酷くはなかった。いつも、赤点を行ったり来たりだったろ?なのに今回のテストときたら……」
「……」

「正解数わずか一問。総合点数は二点。やる気あるのか?」

へへ、と愛想笑いを浮かべてみるけど、山崎にはもちろん通用しないわけで。

何故だ、と問答無用で問いただされてしまう。

「えーっと、何ていうか、……何て言えばいいんだろ?」
「テスト中の居眠りか?心因的なものでなければ別にいい。この後、何度赤点を取ろうが点数が一点も取れなかろうが、俺もそこまであんたの面倒見るつもりはないからな」
「わー、問題発言。先生にあるまじき言葉だね。PTAに訴えてやろ」
「あんただって仮にも生徒なら先生を敬うべきだと思うぞ。教師を呼び捨てに呼ぶもんじゃない」
「あり?え、私もしかして口滑らせた?」
「そこは冗談でもそんなこと言ってませんと言うべきだな、まったく」

あ。また溜息。

疲弊した様子の山崎に、溜息を吐いた分だけ幸せが逃げちゃうぞーと教えてあげたかったけど、それを口にすれば誰のせいだと言われてしまうのは火を見るより明らかだったので、大人しく口を噤んでおく。
私だって、読もうと思えば空気も読める。

「まあ、いいさ。あんたと話してると、何か悩みを抱えているようにも見えないしな。俺の考え過ぎだった」

時計を確認し、元来の補習時間である三十分が過ぎようとしているのを見た山崎は、「次のテストはもう少しやる気出せよ」と言って教室から出ていこうとする。

私はその背中を引き止めた。

「悩みならあるよ」

……そう言って。
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