「随分と、熱烈な告白ですね」
「そうかもしんない」
「正直、あなたが何を考えているのかさっぱり分かりません。唯一分かるのは、あなたはどうやら相当な怖いもの知らずらしいということ。まさか、死にたい願望でも持ってるんじゃありませんよね」
「流石にそれは、ないけどなあ……」
「ならいいですけど」
春生くんは淡々とした様子で、私に一枚の紙を差し出してきた。
「なにこれ」
「誓約書です。あなたの相手は骨が折れそうだと判断したので、僕が譲歩することにしました。名は貸します。その誓約書です。これ以上僕に関わらないというのが条件ではありますが」
「やだよ、そんなの!」
渡された紙をビリビリに破いてやった。
「約束っていうのは、破るためにある」と私がドヤ顔で断言すると、すかさず先程と同じ用紙を取り出してきたので、春生くんにストップをかける。
「待って。なんで予備があるの」
「先の件であなたの性格を自分なりに解析してみました。破天荒なあなたなら、この誓約書を必ず無駄にするだろうなと」
「二枚目を取り出されたって、サインしないよ!?」
「ええ、ですから予備はこれだけではありません」
「まだあるの!」
そんなに私と関わりたくないのか、そうなのか。
理由が分からないので、単刀直入に聞いてみる。
「私の何がダメなの?」
「何がと問われれば、すべてと返しましょう。そもそも、人と馴れ合う気はありません」
「なんで」
「つまらないからです」
春生くんの瞳は冷え切っていた。
絶望……いや、諦観と言えばいいのか、世の中のすべてに見切りをつけたような考えをしている気がする。
まだ高校生なのに。
何が、彼をそうさせたのだろう。
「面白いことを探そうとしないから、視界に映る世界だけでつまらないと決めつけちゃうんじゃない」
「……何が言いたいんですか?」
「視野を広げようよ、春生くん。そのための歓楽部だもの」
「……」
とりつく島がないなら作ればいい。
ここまできたら、何としてでも春生くんと部活動をしたい。
幽霊部員とかではなく、きちんとしたメンバーに、だ。
春生くんのことを、本当に気に入ったから――。
「春生。こんなところで油売ってやがったのか。頼むから、勝手にいなくなるなよ」
私が意気込んでいると、いやに色気のある声が春生くんの名前を呼んだ。
振り返るとそこにいたのは土屋先生で、私は予想外の人物に驚くのだけど、向こうも少しだけ目を見開いていた。
「玄野?お前、なんで春生と……」
それはこちらの台詞だ。
土屋先生が生徒を下の名前で呼ぶなんて滅多にないことだし、二人はどういう関係なのか。
様々な憶測が頭を巡る。
「――――玄野、お前、その手……」
私が言葉を発するより早く、土屋先生が何かに気づく。
視線の先は、大きな絆創膏を貼り付けた私の手だった。
「そうか……お前が、切りつけられたっつー女子生徒だったのか」
「土屋先生?」
「春生。今すぐ玄野から離れろ。いいな、二度とこいつに関わるな」
「ちょ……」
何の権限があってそんなこと!
教師にそんなことを言われてしまっては、これ幸いと春生くんは私と距離を置くに違いない。
折角たくさんの口説き文句を用意していたのに、そのすべてが無駄になってしまう。
鋭い目つきでこちらを睨む土屋先生は、私の楽しみを邪魔する気なのだろうか。
「―――名前、」
そんな折、ふと春生くんが口を開く。
私にしか聞こえない、蚊の鳴くような小さな声だ。
「瑞穂さん、でしたっけ」
「え?そうだけど、何急に……」
「入部の件、快くお受けしましょう。その代わりと言っては何ですが」
え、受けてくれるの!?
突然の心変わりに瞠目する私を他所に、一度言葉を区切った春生くんは、次にとんでもないことを宣った。
「この場で、僕にキスしてください」
――――は?
き、す。
キス?キスと言ったか、この男。
何を言い出すかと思えば、意味が分からない。
先程まで私のことを煩わしい羽虫のように嫌がっていたのに、いきなりキスをしろと。
「情緒不安定なの?」
「いえ。そういうくだらないやり取りは求めてません。あなたは黙って、僕にキスをすればいいんです」
「なんでまた……」
そりゃ春生くんが部活に入ってくれる気になったのは嬉しいけど。
だからと言って交換条件がキスなのは、なんだか納得いかない。
「僕のことが知りたいんでしょう?」
ぐいっと引っ張られる腕。
傾く体を支えたのは春生くん自身で。
そして、気づけば私と春生くんの唇は重なっていた。
「―――!」
予期せぬ出来事に、体が一瞬だけ硬直してしまう。
いや。
ファーストキスがっ、とか乙女なことを言うわけじゃないけどさ、この急展開に頭がついてかない。
さっきまで私を毛嫌いしてたはずだよね?
どうしてこんなことをするのか、春生くんの意図が読めない。
ゆっくりと唇を離した春生くんは、あくまでも平静でいた。
「味気ないですね」
その刹那。
予期せぬ出来事が起こる。
土屋先生が、春生くんを殴り飛ばしたのだ。
「ちょ……っ、土屋先生!?」
いきなりの暴挙に冷や汗が止まらない。
春生くんまでならず、土屋先生もどうしたと言うのか。
床に尻餅をついた華奢な春生くんが心配で近寄ろうとするのだが、そんな私を土屋先生が止める。
「先生……?」
「瑞穂。お前もこいつには二度と関わるんじゃねぇぞ」
「なんで、」
「今みたいなことをされてぇのか!」
胸倉を掴み上げ、至近距離で怒鳴る土屋先生の剣幕に、私は思わずポカンとしてしまった。
なんだ、そんなこと。
それが率直な私の感想だ。
「来い!瑞穂」
土屋先生が私の手首を掴み、力づくで連れ出そうとする。
どこに向かうのか、ここは抵抗するべきなのか、何一つ分からなくて戸惑ってしまう。
ただ。
視界の隅に映った春生くんは、笑っていた。
面白い玩具を見つけた子供のように、顔を殴られたというのに、そこに負の感情は一切なく。
とても、とても。
無邪気に笑っていた――。
それが、いやに印象的だった。