空音
06
***
着替えを終えて廊下に出ると、ポケットに両手を突っ込んで、気だるそうに壁にもたれかかる宇崎がいるだけで、ピアスくんの姿はどこにも見当たらなかった。
「あれ。宇崎、さっきの子は?」
「総長から呼び出し。ちょっとしたトラブルが起きたんだってよ」
「トラブル……」
具体的には何を指すのか尋ねてみようと思ったけど、やめた。
おそらく、暴走族である怒篭魂に関係することなのだろうから。
「宇崎は行かなくていいの?」
たまに忘れそうになるものの、今ここにいる宇崎だって、怒篭魂の幹部なのにね。
「今回は、パス」
「パスなんてできるんだ?」
「面倒くせぇし、それに、ちょっとでも目ぇ離したら、何しでかすか分かんねえやつがいるしな」
「……それって、まさか私のことじゃないよね」
失礼だなあ。
私はすぐ迷子になる子供じゃないぞ。
「でもさ、怒篭魂でトラブルが起こったなら、幹部である宇崎は真っ先に駆けつけなきゃダメなんじゃないの?」
ふと疑問に思い、聞いてみると。
宇崎は少し沈黙したのち、「じゃあ」と口を開いた。
「行ってみるか?お前も一緒に」
「え?」
なんでそうなるわけ?
言うが早い。
宇崎は私の手を引いて、どこへともなく歩き出した。
そして、宇崎の手には、何故か私のカバンも握られている。
「今日はもうお前を家に返そうと思ってたし、まあちょうどいいか。担任には許可とってあるからよ」
「ま、待って。どこ行くつもりなの」
「“トラブル”が起きた現場に決まってんだろ」
なんで私まで――!
面倒臭いし、なんだか嫌な予感がするから行きたくないと首を横に振ってみるけど、宇崎はまったく聞き入れてくれない。
バイクの前でヘルメットを渡された時、私はもう抵抗するのを諦めた。
「なんか最近、宇崎、楽しそうだよね」
「あ?……まあ、そうかもな。いろいろ吹っ切れたし」
「吹っ切れすぎじゃないの」
嫌味を言ってみても、心底楽しそうな笑顔で返され、それ以上は何も言えなかった。
宇崎って、意外に俺様系なんだね。
グイグイくる。
私の意見も丸ごとスルーだし……。
「そういえば、さっきの子。私に何の用だったのかな」
後部座席に乗せてもらい、宇崎の腰に掴まりつつ、ふと思う。
バイクは昔、お兄ちゃんによく乗せてもらっていたから、慣れてるには慣れてるんだよね。
「あー、太一のことか。絢華がどうのこうのって言ってたけど。ま、いつものやつだろ」
「ふーん……」
ということは、来栖嬢のせいで、私は着替え途中の姿を見られてしまったのか。
乙女の下着姿は拝観料が高いんだからね。
今度、利子付きで請求してみようか……と、考えて、思い浮かんだ怒篭魂幹部たちの顔。
うん、取り巻きの怒篭魂が怖いから、そんなことできないけど。
「行くぞ」
風を切って、走り出した。
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