空音
16
「気分はどーお?」
何がそんなに楽しいのか、ニコニコした満面の笑みでこちらを見てくる諸悪の根源、来栖嬢。
……性格、悪いな。
今の私の状況を笑うなんて、そうとしか思えない。
以前はずっと、私の目には純粋無垢なキラキラとした女の子にしか映っていなかったのに。
人の見方は、案外簡単に変わるものだ。
「どうもこうもないよ。ねえ、あなたは何がしたいわけ?」
私を加害者に仕立てて、巧妙な嘘で周囲を扇動して。
きっとこのまま来栖嬢の嘘が暴けなければ、私は怒篭魂から制裁を受けることになる。
どんな、かは分からないけど、おそらく並大抵のものではない、恐ろしい制裁だ。
怒篭魂に近づいてほしくないだけなら、別の方法だってあっただろうに……。
陽射しの眩しいお昼時。
誰もいない空き教室で、私は嘲笑の笑みを浮かべる来栖嬢と二人きり。
来栖嬢とはよく話し合いたいとは思っていたけど、彼女は私の言葉に耳を貸してくれず、のべつ幕なしに紡がれるセリフの数々はまったく身に覚えがなくて。
「千歳に色目を使った罰よ。まあ、これで分かったでしょ?千歳はあたしが大好きなの。あんたがどれだけ千歳をオトそうと躍起になっても、絶対に無理だから。証拠に千歳は、今の状況のあんたを助けようともしてないみたいだしぃ?」
頭に響く、来栖嬢の笑い声。
……ああ。
痛いところを突かれた。
それなりに親しくなれたつもりでいた宇崎は、私が他学年の生徒に嫌がらせをされている現場に居合わせても、冷たい視線をくれただけで、止めに入ってくれることはなかった。
別に、助けなんて期待してなかったけど。
その宇崎の対応には、流石に堪えた。
そう。
来栖嬢の言う“千歳”とは、おそらく宇崎のことだ。
宇崎千歳。
彼は、そんな名前だったのだ。
こんな風に知ることになるなんて。
「かわいそーなバカ女。あたしのものに手を出そうとするから、こうなったのよ」
「……」
私が何も言えないでいると、来栖嬢はスキップに似た軽快な足取りで教室を出て行った。
その様子はなんとも楽しそうで。
いくら演技が上手いとはいえ、どうして彼女が怒篭魂の幹部たちに気に入られているのか、甚だ疑問を禁じ得ない。
初めこそ騙されていたけど……。
私が男だったなら、いくら見た目が可愛くても、来栖嬢みたいな子は御免だ。
人の不幸を笑う、あんな子。
―――でも。
あんな子でも、宇崎は好きなんだよね。
見る目がないなと思いつつ、それでも宇崎らしくて笑ってしまう。
宇崎は一風変わったものが好きだ。
有象無象に紛れることのない、目立ったものが。
だからたぶん、私なんかとも気軽に話してくれた。
「……あ、約束の時間」
時計を見ると、二つの針が約束の時刻を示していた。
感傷に浸ってる場合じゃないな、と気持ちを切り替えて、私はとある場所へと向かった。
感想を書く しおりを挟む 表紙へ