◇美園由岐





「由岐、またこんなところにいたんか」


さざめく波の音に耳を澄ませていた私は、その声にふと意識を引き戻す。
気づかなかったな。
水平線の彼方に夢中になっていた私も私だけど、気配がまるでしなかったぞ。

「郁ちゃん」

「まだ海の季節とちゃうで。こんなところに長居しとったら風邪引いてしまう」
「平気だよ」
「何言っとんのや。ほれ、肌がすっかり冷えてるやないか」

手首に触れられた郁ちゃんの温もりに、私は自分がどれだけ冷たくなっていたのかを思い知らされた。

「………別に、これくらい平気やし」

なんてことはない。
つい先日も、ひがな一日中同じように潮風を浴びていたが、特に体調に影響はなかった。
田舎人なめるなよ。

「平気とかそういう問題やなくて、体に悪い言うてんねん」
「もうちょっとだけ。ね?お願い、郁ちゃん」
「アカン。由岐に何かあったら俺が嫌や」

く、頑固者め。
あと少しの余韻に浸るのも許さないつもりか。

「郁ちゃんのばぁか〜〜」

この景色も今日で見納めなのに、郁ちゃんには琴線に触れる何かがあったりしないのだろうか。
私は名残惜して惜しくて、町を離れると決まった日から何度もここに足を運んだというのに。
薄情な男だ。

「俺はこんな町より、だんっっぜん由岐のことの方が大切やし。ワガママ言わんで帰ろうや?な?」
「ワガママと違うし……」
「向こう行ったって休日には帰ってくればええ話やん。もちろん俺も付き合うし、それで不満ないやろ?」

そういうことじゃないんだけどなぁ。
郁ちゃんにはこれ以上何を言っても無駄らしい。
そう判断した私は渋々重たい腰を上げ、差し出された郁ちゃんの手を握った。
不承不承、だ。

「郁ちゃーん。私もう子供とちゃうねんけどな……」
「何言うてんの、由岐は子供や。子供は大人しく俺に守られときぃ」

いつの間にか大きくなった骨ばった手のひら。
私の幼馴染みは、いつからこんなにも成長していたのだろう。

逞しいその背中が私をなんとも言えない気持ちにさせた。





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