06 環の釈明



夏目夢子のミステリーは、深まるばかりだった。

彼女がこの学校で無事でいられるのは、彼女の「彼氏」の存在のおかげだと知ったのはつい先程のこと。
だけどなかなかどうして、その「彼氏」の正体を突き止められないでいる。

同じ学校にいるのは間違いない。
おそらく上級生であることも。

なのに、夏目夢子にそれらしい影はなかった。

校内で話す異性は僕か教師くらいなもので、本当に彼氏なる人物がいるのかと猜疑の念が浮かんできてしまうくらいだ。

そもそもの話。
この学校の荒くれ者が夏目夢子に惚れ込み、何としてでも守りたいという気持ちになるのかと言えば……うん、ちょっと怪しい。

夏目夢子は平凡な女の子だ。
どこにでもいそうな、普通の子。
少しばかり神経が図太いかなとは思うけど、これと言って特筆すべき点はなし。

僕の見解では、夏目夢子は性的魅力が0に等しい。

まあ、蓼食う虫も好き好きって言うから、世界のどこかには夏目夢子みたいなのが好きな男もいるのだろう。
限りなく低い可能性に賭ければ、ね。

「環くぅん。聞いてよ、同じクラスの女の子たちが私の悪口を言うの。環くんの一番のお気に入りが、私であることが許せないからって。ねぇ、あいつらどうにかしてくれない?」

性癖は人それぞれだ。
例えば僕、由良野環の好み――。

僕は正直、女を外見の優劣で判別したりはしないけど、たった一つだけ譲れない条件がある。

それは……。

「なぁんで雌豚風情が、僕に指示を出してるの?」

僕を決して煩わせない、従順なタイプであること。

「え……た、環くん?」

僕は人から指図されるのが大嫌いだ。
自分より下等な生物であれば、尚のこと。

甘えるように腕を絡ませてきた隣のクラスのこの女も、最初は慎ましい性格をしていたから傍に置いてあげてたのに、いつの間にやら勘違いして付け上がっちゃったんだよね。

僕のお気に入り?
こんな女、代わりはいくらでもいるのに?
ちゃんちゃらおかしくて、笑っちゃう。

夏目夢子のように興味の尽きない相手ならまだしも、この程度の女を僕が気に入るわけがない。

名前も覚えていないその女は顔を真っ青にして、瞳を不安に揺らした。

「うん。いいね、その表情」

我が身のかわいさを思い、目の前の僕を恐れる顔だ。
堪らなく好ましい。

僕はどうやら、人の絶望に満ちた表情が何よりの好物らしく、ここにレオがいたなら「またいつもの悪い癖か」とゲラゲラと笑われていたに違いない。

「ねぇ。僕に嫌われたくなかったら、身の振り方ってやつ――分かってるよね?」

閻魔の微笑みだ、と僕の愉悦に塗れた笑顔を見て失礼なことを言ってのけたのは、相棒であるレオだったか。

あながち間違いではないのかもしれない。
少なくとも、目前のこの女にとって僕は、己の進退を決める沙汰の番人なのだから―――。

と、その時。
ポケットに入れておいた携帯が振動し、着信を告げる。

電話だ。
まったく、折角の良い気分が台無しだ……と携帯の液晶画面を見て、そこに表示された名前にさらに気分が下がった。

【バカ殿】

それは、僕が最も相手をしたくない面倒な人物であった。

「……なに」

電話に出たくない気持ちは山々だが、一応何の用事かと確認しておく。
どうせくだらないことなんだろうけど、僕って優しいからね。
話を聞いてやらないこともない。

今まで鳴りを潜めていたのに、今更何なのだろう。

『お前の大切な女を預かっている』

開口一番に告げられたのは、それだった。

はぁ?
大切な女?

僕が女という生き物を大切にするなんて、頭が狂った時か、天変地異の前触れか何かじゃないの。
それくらい、こいつでも分かってると思ってたけど。

いつも以上にとんちんかんな発言をするバカ殿に、僕は溜息が出そうになった。

一ヶ月振りであるバカ殿だけど、やっぱりこいつは変わってない。

『ふふ……名前は夏目夢子だったか?無事に返してほしくば、今から言う場所に来い。そこですべての決着を――』

ああ、もう。

「ウザい」
『……』

長ったらしいし、何か言い方がムカつく。

ふふって笑いは何?
悪役のつもりなわけ?
馬鹿じゃないの。

僕は即座に電話を切った。

また何度か折り返し掛かってきたけど、しょうがないので着信拒否に設定しておく。

病院送りになって、いい加減あのウザさも少しはマシになると思ったのに、どうやらバカは風邪を引いても治らないらしい。

バカ殿。
もとい外浦(とのうら)昭月は、僕が一ヶ月前に陥れた、元・一年最強の男だ。

そのウザさにおいて、右に出る者はいないだろうと僕は思ってる。

……そういえば、夏目夢子ってバカ殿言わなかった?

あれ。
気のせいだったかな。



翌日、僕はレオに呼び出され、屋上にいた。

「出た」

と、唐突にレオが言うので、意味は分からないが良かったねと口にしておく。
レオはげんなりした表情だった。

「バカ!バカが出たんだよ!ちっとも良くねーって」
「ああ、そっちにも出没したんだ」
「そっちにも?」

レオの言うバカとは十中八九、昭月――バカ殿のことだろう。
バカだけで通じてしまうのだから、僕たちの以心伝心が凄いのか、それほどにバカ殿がバカなのか悩ましいところだ。

「僕のところに電話が来たんだよね。面倒臭くてすぐに切ったけど」
「うおーマジかあー。つーか、お前が相手してやんねーから俺に役割が回ってきた感じじゃん、それ」

フェンスに頭を押し付け、項垂れるレオ。
僕らの間でバカ殿は、関わりたくない相手No.1であることは間違いない。

だって、面倒だもん。

「昨日の夜さぁ、チビ助の散歩のついで、コンビニに寄ってアイス買ったんだよ」
「ああ、レオの家の柴犬ね」
「そ。んでさ、歩きながらアイス食ってたら、服にこぼしちまって。公園の水道で洗い落とそうと思ったら、そこにあいつがいたんだよ!」

偶然の邂逅が余程嫌だったのか、レオはアレルギー症状が出たと言わんばかりに、両腕を摩る。

「あ〜、チビ助を公園の前んトコで待機させておいて良かったわ。危うくあんな汚物がチビ助の目に入っちまうところだった」
「……汚物は否定しないけどね」

言動で分かると思うけど、レオは僕よりもバカ殿を嫌ってる。
本人曰く、アレに接触すると、時間を無駄に浪費した感覚に囚われるそうだ。

「で、もちろん片付けてくれたんだよね?」

できれば二度と学校に現れないようにしてほしい。

僕がそんな願望を込めて尋ねると、レオは頭上にハテナマークを浮かべ、首を傾げる。

「あれ……?いや、確かに一発蹴りは入れておいたけどさ、その後どうしたんだっけな。バカ殿は気絶して、で……」
「ちゃんとコンクリートで固めて、海に沈めた?」
「いや……というかそれ、犯罪だから。俺はあれ以上バカ殿と関わるのが嫌で……そうだ。そのまま帰ったんだよな」
「生温い」

僕だったら林に埋めるか、海に沈めて魚の餌にするね。
容赦ねえな、と聞こえた気がしたけど、空耳ということにする。

「あ。そういや、バカ殿に彼女ができたっぽい」
「は?人間?」
「同じ学校の女だぞ。パッとしない容姿だったけどな。衆人環視の公園で、大胆にも束縛プレイしてた。俺もやってみようかな」
「………」

何だろう。
喉に魚の小骨が引っ掛かった感じに似てる。

何か忘れてない?
何を?

「あ」

そうだ。

「どうした、環?」

バカ殿、あの子を誘拐したって言ってたよね。

「レオ。その女の子、助けた?」
「は?俺が人のプレイを邪魔するなんて無粋な真似、するわけないだろ」
「……放置?」
「なんか悪いか?」

あちゃ〜。

夏目夢子は、どうやら本当に人質にされていたらしい。

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