テレビ画面の中で私が操るキャラクターが見事に相手を打ち負かし、ガッツポーズを掲げている。
WINNERの文字が何とも心地よい。
「はい、私の三連勝〜!」
「ざけんじゃねぇ、もう一度だ。今のコンボどうやった」
休日の昼下がり。
私はご近所の次男坊、匡ちゃんと格闘ゲームで競り合っていた。
匡ちゃんがこうして我が家に転がり込み、一緒にゲームをしたりするのは珍しいことでない。
そもそも親ぐるみで仲が良いので、私がいない間に勝手に私の部屋に匡ちゃんが滞在していたりする時もある。
年頃の女の子相手に、それはどうよ?って思うんだけど、匡ちゃんは私のことを異性としてすら扱ってくれないので、もう諦めている。
なんせこの男、やたらと女子にモテる。
こんなにツンケンした男のどこがいいのやら、私にはまったくもって分からないが、顔か。
そうか顔なのか。
故に容姿の良くない私のことなんて、歯牙にもかけない。
そして匡ちゃんは言い寄ってくる女の子に事欠かないため、基本的に女の子の扱いは無碍だ。
今日だってそう。
急にゲームがしたくなったとかいう理由で、前々から約束していた彼女とのデートをドタキャンし、我が家にやって来た。
ドタキャンだよ、しかもメール一つで。
色々と酷すぎるよね。
生まれてこの方異性とお付き合いしたことのない私でも分かる。
匡ちゃんは、絶対に彼氏にしてはいけない男だ。
今まで彼女を取っ替え引っ替え、最近になってようやく落ち着いたかと思えば、折角のデートを放り出してゲームに勤しむ始末。
匡ちゃん。
もうこのゲーム貸してあげるから、機械もまるっと貸してあげるから、休日くらいは彼女との時間を大切にしよう?
そう言う私に、それじゃあ対戦相手がいないだろと匡ちゃんは不服そうに宣う。
一人でやれ。
というか、彼女を誘ってみればいいんじゃないの?
それならお家デートができるわけだし。
「おい。お前に勝つためだけにこの家のリビングに通い続けた一年間を無駄にしろと言うのかよ、夢子」
「……」
知らんがな。
そんなことより、彼女に捨てられない努力をして。
「今日こそは勝てる気がしてデートを断ってまで来たのに、何でおめーが勝ってんだ」
匡ちゃんが苛立たしくこちらを睨みつけてくるので、いやそんなのデートを断ってまで来ちゃうあなたが悪いんじゃ、と私は至極正当なことを思った。
本当は私だって今日、他にやることがあったんだぞ。
匡ちゃんに捕まったせいで、折角の休日の予定が何一つこなせていないんだからね。
「匡ちゃん、もうやめよーよ。私に勝ちたいなら、一人で自主練習でもしてて」
「バカ言ってんじゃねぇぞ。実戦あるのみだろ」
「バカ言ってんのは匡ちゃん」
まったく。
私は暇人じゃないってこと、匡ちゃん分かってるのかなぁ。
「夢子、今日は何かあるのか?」
さっさと匡ちゃんにお引き取り願いたい私のオーラを察したのか、匡ちゃんが尋ねてくる。
「うん。準備とか色々ね」
「準備?」
「そ。たぶん休日くらいは不良もいないだろうから、学校に置いたままの私物を取りに行ったり、連絡もしとかなくちゃだし……」
「は?お前、それ何の準備だよ」
私は思わずキョトンとする。
あれ、匡ちゃんに言ってなかったっけ。
「何って、不登校になるための――」
準備。
そう続けようとしたのだが、匡ちゃんが許してくれなかった。
「ああん?もう一度言ってみろブタ子!今なんつった」
「ぶ、ぶひゃこやない……」
「聞こえねぇよ!」
抗議の言葉がままならないのは、匡ちゃんが私の頬を全力で引っ張ってるせいだ。
聞き取り辛いと思うなら、さっさとこの手を離してほしい。
「わ、私もう決めたんだから!止めて無駄だからね、絶対に不登校になってやるっ」
匡ちゃんの手を振り払い、私は並々ならない決意を口にする。
昨日、昭月に誘拐されて思ったのだ。
幸い昭月は毒にも薬にもならないような人だったから良かったものの、あの学校にいてはいつまたあんな目に遭うかも分からない。
ならばやはり不登校になるしかないと、何度目になるか不明な誓いを胸中で立てた。
匡ちゃんからどんな制止の言葉を投げられても対応できるよう、頭の中で作戦を立てていると、
「……別に止めやしねぇよ」
本人から予想外の返事を頂いてしまった。
「えっ?止めないの?」
「むしろ何で止められると思ったんだよ。お前が不登校になろうが、俺の知ったことじゃねぇ。勝手にしろってんだ」
「……おふ」
た、確かにそうだ。
私は何故、匡ちゃんに止められるのではないかと思ったのだろう。
匡ちゃんはなんせ、我が家のゲーム機にしか興味のない男なのに。
なら勝手にしよう、と脳内で結論を導き出したと同時に、リビングに着信音が鳴り響いた。
「匡ちゃんの携帯じゃない?」
「あ?あー、紗矢香からだ」
紗矢香、とは匡ちゃんの彼女さんだ。
歴代の彼女の中でも一番長続きしている人。
確か、匡ちゃんより二つ年上だったっけ?
「早く出ないと!」
「うっせぇな、分かってるよ。――もしもし?」
携帯越しに何やら聞こえる声は少しもの悲しげで、私は思わず匡ちゃんをジト目で見る。
ほら見ろ。
デートほっぽいてゲームなんかしてるから、当然の報いがやって来てるじゃない。
「……ああ。いや、俺こそ悪かった」
あの匡ちゃんが謝ってる!
私に聞かれるのは恥ずかしいと感じたのか、匡ちゃんがリビングを離れたため、相手の声が聞こえなくなってしまい何を言われたのかは分からないけど。
匡ちゃんが謝罪の言葉を述べるなんて、私は今までの人生で一度も見たことがない。
もしや今の彼女である紗矢香さんなら、暴れ馬の匡ちゃんの手綱を握れるんじゃないか――そう希望を見出した時、ダメ押しのように匡ちゃんがぼそりと呟く。
「……好きだぜ」
と。
ぎゃあああ!
聞いてるこっちが恥ずかしいよ、その台詞は!
身内のキスシーンとか、そういうのを図らずも目撃してしまった時のむず痒さが全身を襲う。
私は真っ赤な顔を懸命に両手で隠した。
電話を終えた当の本人はなんのその、私を見て不思議そうにしてる。
「あ?何でおめーがゆでダコになってんだ」
「べ、別に……」
だって好きだとか言うの、確実に匡ちゃんのキャラじゃないもん!
いつからそんな爽やかな透けこましになった?
うあああ、何かゾゾッてする。
「変なやつ。つーか、さっきの話の続きだけどよ」
「続き?何かあったっけ」
「お前が不登校になるって話」
「ああ……」
そういえば、そんな話してたね。
今の衝撃ですっかり忘れてた。
「さっきも言ったように別にお前が不登校になるのは構わねぇが、家に引き篭るんだったら俺もそうするからな」
「は?」
匡ちゃんの不可解な発言に首を傾げる。
俺もそうする、ってどういうこと。
「だから、俺も不登校になってお前ん家に引き篭るつってんだよ」
「いや、意味分かんないし」
「頭悪いな、相変わらず」
私が睨まれなきゃいけない理由も理解できないが、何よりツッコミどころが二箇所ほど存在する。
何で私が不登校になったら匡ちゃんも不登校になるの?
そんで何で私の家に引き篭るとか言ってんの?
明らかに頭悪いのは匡ちゃんだよね。
「お前が四六時中家にいるってことは、だ。つまりゲームがし放題ってことじゃねぇか」
「はあ?匡ちゃんバカ?バカなの?」
「俺がバカならおめーの脳みそはその辺の毛虫以下だからな」
「うっさい!ゲームしか頭にないゲーム廃人め!」
口を開けばゲームゲームって、いつからこんな匡ちゃんになっちゃったけ?
「つーかよ」
何とも憎たらしげな小癪な顔で、匡ちゃんが笑う。
「お前が不登校になるとか言ってるの、あの学校の勉強スピードにすらついていけなくなったからだろ?」
「……違うし」
聞き捨てならない。
あの学校なら、中学生の頃バカ末期と呼ばれていた私ですら上位に食い込めると思う。
馬鹿にしやがって!
「匡ちゃんに私の苦労は分かんないんだよ」
「分かんねぇな、バカの苦労なんて」
「……」
「お、言い返さねぇのか。図星確定だな」
「違うって言ってるよね!?」
何この平行線。
私はバカじゃない!……こともないけど、不登校になる理由とは関係ない。
頭が悪過ぎて学校をやめるのだと匡ちゃんに誤解されるのは、何だか癪だ。
「違うのか?」
「当たり前でしょ!」
「学校をやめるのに?」
「やめないよ!やめなければいいんでしょ!」
「おー、やめねぇのか」
「……あ」
しまった、と口を押さえるが、一度外に飛び出てしまった言葉は取り戻せない。
心なしか匡ちゃんがニタニタ笑ってる。
……嵌められた?
いや、まさか。
「え、えーっと」
「女に二言はなしな。もし本当に学校をやめるようなら、お前にはずっと俺のゲーム相手になってもらうぜ」
「いや、えー……マジ?」
週明け、私が学校に登校する羽目になったのは言うまでもない。