02 環の検分



僕のクラスには少し毛並みの違う女の子がいる。

通う高校は全国最低レベルと言っても過言ではない、問題児の集まる不良校。
校内を歩けば必ず誰かしらに喧嘩を売られるし、制服姿で校外を歩けば通行人はサッと顔を背け、目を合わせたがらない。
僕が在学しているのは、そういう所。

だけど一学年に数人、他の高校の受験に落ちたという理由でこの掃き溜めに入学してくる不良とはかけ離れた健全な子たちがいる。
彼らは朱に交われば何とやらで非行に走るやつもいれば、バカみたいに真面目を突き通して不良たちの格好の餌食になるやつもいる。
大抵が一ヶ月と持たずに学校から消えてしまうわけなんだけど。

そう、僕のクラスのとある女の子。
彼女だけは、何故か半年経った今でも元気に登校してくる。

あ、元気にってのはちょっと語弊かな?
いつも青ざめた顔してるし。
とにかく彼女はこの血気盛んな連中が跋扈する檻の中で、何故か一人だけ誰に目をつけられるわけでもなくピンピンしている。

まるで争い事が彼女を避けるかのような毎日に、僕は自然と彼女という存在に興味を持った。

当たり前だ。
彼女の周りには絶対に悪意ある不良が寄ってこないし、奇跡的な運の良さも勿論なんだけど、何より彼女の図太い神経と言ったら。

不良を怖がるクセに、どうしてか学校には毎日やって来るんだよね。

嫌なら休めばいいのに、皆勤賞でも狙ってるのかなぁ。
僕は専ら、彼女――夏目夢子に興が尽きない。


「何。その女、お前が夢中になるほどイイ女なの?」

獅子の鬣を思わすような髪型の男が机の上に足を広げ、悪趣味とも言える首元のゴチャゴチャしたアクセサリーを弄りながら、僕に尋ねてくる。

こいつの名前はレオ。
悪さをするときは必ず行動を共にしている、僕の悪友だ。

夏目夢子のことを少し話しただけで、すぐこれだもんな。
こいつの頭の中では女という生き物はただの処理道具で、良いか悪いかの基準は感度とテクニック……つまり“イイ女”なら俺にもお鉢を回せと暗に言ってきているのだ。

「バカ言え。夏目夢子はそういうんじゃないよ。突き抜けて運が良いみたいだから、いつその幸運がアンラッキーに変わるんだろうなって気になるだけ」
「ははーん、さてはまたいつもの悪い癖だな。お前、人の不幸を見て腹を抱えて笑うやつだしな。根っからの鬼畜だ」
「失礼だな」

僕のどこが鬼畜だって?
見た目だけなら、この不良校で浮くくらいには人当たりの良い好青年だと思うんだけど。

「自覚してねーところが怖ぇんだよ!環さ、この学校は廊下歩くだけで喧嘩を売られるモンだって勘違いしてるだろ?それ違うからな。お前がわざわざ、売られてもない喧嘩を買いに行ってんだからな」
「まさか」
「考えてもみろよ。一年の中でも一目置かれるお前に、そう毎日毎日喧嘩を売ってくるやつらが湧いてくると思うか?」
「……湧くんじゃない?」
「湧かねーよ!湧いてたまるかよ」

いくら道理の通じない烏合の衆だからって、ヒエラルキーの上位くらいは認識してる。
そうガリガリと棒付きアメを齧りながら話すレオに、ふぅんだなんて気のない返事が口からこぼれた。

ヒエラルキーねえ。
そういえばついこの間、僕たちの手でこの学校のヒエラルキーに変化を齎したばかりなんだっけ。

一年の大半が所属する最大勢力の長。
最強と呼ばれたその男を三年との喧嘩に大敗するという方法で失脚させ、見事に勢力を分散させた。

目的なんてない。
単なる、僕とレオの暇つぶし。
パワーバランスがあまりにも偏っているのも、つまらないものじゃない?

まあ結果、上級生がさらに調子に乗ってしまっただけなんだけども。

「夏目ってやつもお前に目をつけられて、カワイソーだな」

そう言いつつも、まったく同情していないレオがゲラゲラ笑う。

「俺に話したってことはだ。どうせ、気が短いお前は明日にでもその女を潰す気なんだろ?」
「……よく分かってるね、レオ」

流石は我が親友、伊達に何年も悪友をやってない。
僕の考えなどお見通しというわけだ。

なんせ二年の佐藤という男が、不良だらけのこの学校で一際異彩を放つ存在の彼女に興味を示しているらしい。
それが好意故のものでないことは、言を俟たないだろう。

つまり、彼女は近いうちに潰される――僕はそれを止めることもなくただ看過するだけ。

僕自身が彼女をどうこうするつもりはないけど、まあ見過ごすわけだから同じようなことか。
二年の佐藤は悪評高く有名だし、本当に可哀想な彼女。



……と、数日前の僕は思ってた。

「夏目さんって、悪運強い?」

佐藤が動き出したはずなのに、いつまで経ってもケロッとしている夏目夢子本人に、僕は不可思議に思いながらそんなことを呟いた。

未だ無事でいられるなんて、いくら何でも悪運が強すぎだろう。

夏目夢子はヒッと小さな悲鳴を上げる。
反射的に僕から距離をとろうとするので、失礼だなぁと若干イライラした心を隠すように笑顔の仮面を貼り付ける。

話す度に実感するけど、本当に彼女自身は普通の女の子なんだよね。

「えっと、悪運……とは」

夏目夢子は完全にこちらを警戒していて、僕の満面の笑みは引き攣りそうになる。

僕がこんなに心を砕いてあげてるのに、酷いよねぇ。

「そのままの意味だよ。夏目さん、幸薄そうな顔してるのにね。神様の加護でもあるの?不思議だなぁ」
「……」

少し棘を含んだ言い方をすれば、案の定彼女は変な顔をした。

僕に反論したい、でも怖くてできない。
そんな表情だ。

「ま、次はないだろうけどネ」

夏目夢子が何を考えてるのか、手に取るように分かってしまう。

僕はさっそく次の放課の時間に、夏目夢子に狙いを定めていたはずの二年の男、佐藤に会いに行った。
いつまでチンタラしてるんだって発破をかけるつもりだったんだけど――、

対面した佐藤は顔を真っ青にして、肩を震わせこう言った。

「あ、あの女には、もう二度と関わらない!」

と。

はぁ?
何それ、だよね。

この僕がお膳立てまでしてあげるって言ってるのに、一体どういう心境の変化なのか。

僕は理由が知りたくて尋ねるんだけど、佐藤は頑なに訳を話そうとしない。

ムカついたので今日の放課後、夏目夢子を襲うように脅してやった。
佐藤はなかなか首を縦に振ろうとしなかったものの、僕がちょっと拳をチラつかせるだけで二つ返事で承諾した。

はぁ、まったく面倒臭い。
最初から頷いておけばいいのにさ。

自慢じゃないけど僕、腕っ節には自信があるんだよね。


それで放課後、僕は佐藤からの連絡を待っていたんだけど、その日は結局来ることもなくて。

翌日の学校にも姿を現さなかったので、まさかと思えば予想を裏切らず、夏目夢子はいつもと違わない姿で教室にいた。

「やっぱり無事か。本当に悪運強いなぁ、夏目さん。番犬でも飼ってるの?」

そう言うとキョトンと首を傾げる夏目夢子。
訳が分からないとでも言いたげだけど、僕の方がもっと分からない。
毎回毎回、なんできみは無事なの?

……まあ、当分の暇つぶしにはなりそうだね。

佐藤はそれ以来、学校にさえやって来ることはなかった。
理由は不明。
謎を追求するのは、少しずつでも楽しいだろう。

ね、夏目さん?


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