14 夢子の邂逅



「は、……初めましてー。私、ユメリンって言います。日本語まだワカリマセン」

私はシラを切り通すことにした。

相手はあのとき公園で会った私のことを覚えていない様子だし、毒を食らわば皿まで。
こうなったらとことん嘘を貫き通してやる。

「ユメリン?ふーん。変な名前」

レオの胡乱げな視線が突き刺さるも、めげるな私。

「ハーイ、ユメリンですヨ。カワイイ名前」
「へー。日本語分からないって言った割には、しっかり受け答えできてんな」
「……チョットダケヨ」
「ふーん」

自分の身からどんどんボロがこぼれ落ちてゆく気がしなくもない。

相手はあのレオだ。
昭月を一瞬で倒し、そして悪代官である環の相棒。
私が敵だと判断されたら、きっとこの身に明日はない。

「あの、私、巻き込まれただけなんです。だからこんな扱いを受けるいわれがないといいますか……」
「あー。あいつらに拉致られたのか」
「そう!そうなんです!!」
「かわいそーにな」

レオは口では同情する素振りを見せているが、その顔は何故か笑みを浮かべている。
ゲラゲラと品のない笑い方なのに、どことなく環の笑みにも似ていて、私は背筋に悪寒が走るのが分かった。

あれ。
なんか、嫌な予感……。

「思い出したわ。お前、あの時公園にいた昭月の女だろ?」
「な、なんのことでしょう」
「惚けんなってー。だから攫われたんだろ。人違いだとか叫んでたけど、違わねーよ」
「え、待って。“だから”って?今回のこと、昭月となにか関係してるの……?」
「ほら、昭月の女なんじゃねーか」

しまった。
つい気になって口からこぼれてしまった疑問に、レオは言霊をとったと言わんばかりに鋭いツッコミを入れてくる。

「―――夏目夢子」
「な、名前まで!?」
「ああそうか、やっぱり。確信はなかったけど、環の話から推測してもしかしてと思ってたんだよな」

ひいいい。
身から出た錆!
しかも環の話ってなに。
私ってば、やつにどんな風に言われてるの!?

「ち、違うんです。別に昭月と何か企んでたとかそういうことはなくて、というか昭月ももう復讐はやめるって言ってたし、だからええっと……」
「んなことはどうでもいいよ」
「―――え?」

必死に言い訳を考えていたのに、呆気ないくらいばっさりと切り捨てたレオは、未だ横たわったままの私に馬乗りになった。
しかも残念ながら、拘束を解いてくれる様子もない。

「あ、あのぅ?」
「前々から興味があったんだよなァ、夏目夢子。あの環が執着する女……しかも、あのバカ昭月まで手玉にとっているときた」
「とってませんが!」
「悪友が手を出す前に、俺がいただくってのもいいかもしんねーなあ。毒味だ、毒味。どんな味がするんだろうなァ?」

舌舐めずりをして、顔を近づけてきたかと思えば、こともあろうにやつは私の頬をぺろりと舐めた。
そう、舐めたのだ。

「ぎゃあぁぁ!!」
「なんつー声出してんだよ。ハハ、色気ねぇな」
「変態!痴漢!セクハラ!」
「頬舐めたくらいで何言ってんだよ。これからもっとすげぇことすんのに」

何言ってんだよは私のセリフだろーが!!
こいつこそ何言ってんの!?
豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまえ変態!!

「うぅ……もうやだ」

生理的な涙が浮かんでくる。

今日はとんでもない厄日だ。
誘拐されて監禁されて犯されそうにまでなるなんて。

「あー。いいな、それ。そそるわ」
「ひぃぃぃっ」

目の端に溜まった涙をまたもや舌で舐めとり、少しだけ興奮した様子のレオの表情を見て、改めて貞操の危機を感じた。
こんなこと言いたくないけど、こいつマジで欲情してやがるっ。
性欲魔人だ〜!!

もうダメだ、と諦めかけたその時。

ガチャッと扉が開く音がした。

「お前ら、何してる!?」

第三者の登場である。

「た、助けて!!」

私はすぐさま助けを求めたが、助けを求めた相手が先ほどレオを連れてきた不良たちだと分かり、救いを求めることが無意味であると一瞬にして悟ってしまった。

どうしようどうしよう……!
まさしく前門の虎、後門の狼である。
逃げ場がどこにもない。

「れ、レオてめぇっ!どうやって拘束を解いた!!」
「ああー?いいとこだったのに邪魔しやがって。それに、お前ら頭おかしいんじゃねーの。俺があんなにあっさり捕まってやるかっての」
「クソ!あの買い物袋の中身がどうなってもいいのか!」
「あー。それは、うん。ちょっと困るな……」

と、そこでレオの視線が私に向く。

「なァ、どうする?」
「え?」
「お前が俺に助けを求めるっつーなら、俺はセール品を捨ててあいつら全員やっつけてやってもいいぜ。ま、その後にお前を美味しくいただく予定だけどよ」
「……」

い、嫌だ。
そんなの絶対嫌!!

かと言ってこのまま監禁されたままでは、我が身がどうなるとも知れない。

うう、神様仏様。
誰でもいいから私を助けてくれ。

「お父さんお母さん近所の柴犬のミッフィーちゃん……きょ、匡ちゃん!!」

とりあえず思いつく限りの人の名前を呪文のように唱えてゆく。
誰でもいい、本当に誰でもいいから助けて。
そんな願いを込めて、口に出すと。

「―――ようやく言ったな。魔法の“呪文”」

どこからともなく聞こえたのは、今朝も耳にした、聞き慣れた声だった。

「え……」

開きっぱなしになっていた扉から現れた、背の高い男。
何故彼がこんなところにいるのかと呆然とする内に、室内に入ってきたその人は問答無用で不良たちを薙ぎ払う。

その鮮やかな身のこなしに彼がここまで喧嘩が強かったのかと驚くのと同時に、ああだから悪魔のクラスと呼ばれる場所にいても無事でいられるのかと妙に納得してしまう。

そして、瞬く間に最後の一人が地面に叩きつけられる。
うん、一切の加減をせずに叩きつけていたから、若干そちらの方が心配なのだが、人様のことを誘拐した罰なのだと思うようにしておく。

不良たちを制圧し終えた彼は、次に、私の上に乗ったままのレオを見遣った。

「……えー、なんでお前がここにいんの?つーか、なに。お前ら知り合い?」
「いいからさっさとそこを退け」
「……マジで?」

睨みを利かせただけなのだが、意外にもレオはすんなりと私の上から退いてくれた。
信じられないものを見るような目をしているのが気になるけど。
とりあえず私は這いつくばって、芋虫のように彼の方へと移動を試みる。
レオのそばに居るのは怖いもんね。

「大丈夫か?夢子」
「きょ、匡ちゃぁん……」

そんな私を抱き上げ、彼――匡ちゃんは、ホッとしたように眉尻を下げる。

「怪我はしてないな」
「うん。というか、匡ちゃんなんでここに?」
「お前が呪文を唱えたから」

呪文ってなんだ。
そういえば前も似たようなことを言ってたっけ。
状況を打破したいなら、呪文を唱えればいいと―――。
私、なにか言ったっけ?

「……マジかよ。夢子、お前サイコーだわ!!」
「はい?」

そんな中、いきなりレオが大声を上げて笑い始めた。
さっきから、なんなんだこいつは。
その行動原理がまったく理解できない私は白い目をする他ない。

「蛎原匡平!悪魔と呼ばれ恐れられ、一年の中でも一線を画するお前が。環以上に冷酷で、覇権争いにも興味を示さない、群れることを嫌う一匹狼のお前が、たった一人の女のためにここに来たっていうのかよォー!?」

あひゃひゃひゃ、と腹を抱えて笑い転げてらっしゃる。
何を言ってるんだ、この人。

匡ちゃんが、悪魔?
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