愛しき暴君たちよ | ナノ


  馨の場合。



朝。
何やら息苦しさを感じ、私は目が覚めた。

「ううん……」

居心地が悪いというか、なんというか。
何かが邪魔をして、寝返りを打てない……。

なんだろ、これ……。
大きくて、固くて、でも温かみがあって――――あ、れ?
これって。

にん、げん?

「おはよう、あさひ」

耳元で囁かれた声に、私はご近所中に轟くような悲鳴を上げた。

「ななななんで、なんで馨くんが、私のベッドの中にいるの!裸で!」

そう。
私の寝返りを邪魔する物体は人間で、しかも幼馴染みの馨くんだった。

訳が分からない。
昨日、私は確かに一人で就寝に就いたはずだ。
おまけに馨くんは衣服を身に纏っておらず、私が大きな悲鳴を上げてしまうのも、無理はないと思う。

「なんでって……ダメ?」

馨くんが眉間にシワを寄せて、ムッとした表情でこちらを睨んでくる。

ダメに決まってるよね?
なんで私がいけないみたいな感じで言ってくるの?

相変わらず、勝手すぎる私の幼馴染み。

「どうやって私の家に入り込んだの?」
「………あさひの、お母さん」
「お母さんが入れたの!?」
「夜這い、大歓迎、って」
「お母さーん!」

娘の貞操をなんだと思ってるの。

「あさひ、鈍い……既成事実作って、外堀埋めろって……」
「お母さんが言ったの」
「………」

コクン、と頷く馨くん。

お母さん、私はそうまでしないと嫁の貰い手がないとでも?
いくら気心の知れた幼馴染みとはいえ、流石にこれはないよ……。

「あさひ」

馨くんが私にもたれかかってくる。

「朝から、うるさい……疲れた……寝る……」
「馨くん、ここ、私の部屋」
「うるさい……」

気怠げに毛布を引き寄せ、再び眠りにつこうとする馨くんを何とか引き止める。

「馨くん。今日、お仕事だよね?早く起きなきゃ」
「………あさひ、ついて来て。そしたら、起きる」
「無理だよ。私、学校に行かなきゃいけないもん」

ほら。朝の時間は短いんだから、そうこうしている内に、急いで支度をしなければいけない時間になってしまった。

馨くんだっていくら暴君だとしても、無断で仕事を休むような人では―――なんて言ってるそばから、馨くんが再び毛布に包まろうとしている。
ちょっと待って。

「馨くん!」
「あさひ、来ない。仕事、行かない」

なんて我が儘なの!

私は痛む頭を手で押さえ、馨くんのマネージャーさんに連絡することにした。
きっと、馨くんのことを探してるはず。
馨くんがマネージャーさんの目を掻い潜って、私の家へと逃げ込んでくるのは毎回ではないにしろ、よくあることなのだ。

流石に今日、上半身裸で私のベッドの中にいたのは驚いたけど……マイペースすぎる馨くんのことだから、きっと言い分は「抱き枕が欲しかったから」みたいなことなのだろう……。
小学生の頃とかに、そう言われて同じ行動をされた覚えがある。
下僕の次は、抱き枕な私……。
もはや人間ですらいさせてくれない……。

なんとか連絡のとれたマネージャーさんは、その後息も絶え絶えに、私の家へとやって来た。
どうやら馨くんを探し回って、かなり疲弊困憊しているようだ。

「馨さん!いい加減にしてください、これで何度目だと思ってるんですか!」
「あさひ……」

そしてそんなマネージャーさんの姿を見た馨くんは、この人うるさいからさっさと追っ払えよ、なんてばかりの表情で私に訴えてくる。

馨くん、それは酷いよ……。
初めて会ったときは、彼らの中で唯一害のない存在かと思ったのに、実は一番の我が儘っ子だった馨くん。
彼と接しているうちに、私は諦め≠ニいうものを覚えた。

頭の中で、泣く泣く白旗が上げられる。

「分かったよ、馨くん……。学校を休んで私も行くから、これ以上マネージャーさんを困らせないであげて?」

「本当?」と嬉しそうに笑う馨くんは、やっぱり一番の暴君様だ。



今日の仕事はCDの宣伝を兼ねたバラエティ出演だそうで、収録が終わるまでの間、私は関係者用の席で待機することになった。

いつも思うんだけど、こういう所に連れられてきても、やることがなくて暇なんだよなぁ。

最初は物珍しくて興奮した。
テレビの中でしか見られないような人たちを肉眼で拝むことができたし、暴君な彼らが真剣に仕事に臨む姿はとても新鮮で面白かった。

でも、さすがに毎回のこととなると、ちょっとね……。

欠伸を噛み殺しながら、夢の世界にだけは旅立たないように気をつける。

「あなた、誰の関係者?」

そうして人知れず睡魔と格闘していた私のもとに、女の人がやって来た。

私はギョッとする。
だって、この間静くんが気をつけろって言っていた相手―――駒鳥サチだったから。

「私、ですか?」

思わず聞き返してしまったのは、私に話しかけてきたわけではないと否定の言葉が欲しかったからで、断じて惚けようとしたつもりはなかった。

でも、駒鳥さんの方は、質問を質問で返されたことに多少の苛立ちを感じてしまったようだ。

「惚ける気?このあたしがわざわざ話しかけてあげたのに、何様のつもりよ」

………どうしよう。
なんだか、ものすごく面倒な臭いがする。

「ごめんなさい。えっと、私は」
「不愉快だから喋らなくていいわ!あなた、この間のドラマの撮影の時もいたでしょう。静くんにくっ付いてるのを、見てたわよ」
「……」
「何とか言いなさい!」

ええ?
不愉快だと言われたから口を閉じていたのに、今度は喋りなさい?
とても理不尽な要求だ。

「それで、静くんに飽き足らず馨くんにまで……。あなた、彼らとどういう関係なのかしら。答えによっては、タダじゃ済まないわよ」
「それは……困ったな」

どういう関係も何もただの幼馴染みなんだけど、それを言ってしまうと、目の前の彼女がやたらと怒ってしまいそうなので、私は答えに窮する。

「このあたしがここまで言ってるの。次に会ったとき、まだ彼らにまとわりついているようなら、こちらも考えがあるわ」
「………」

私が何も言えずにいると、駒鳥さんはフンと鼻を鳴らして去っていった。

彼女もこのバラエティ番組の出演者なのかぁ……。
怖いな。
勝手に帰ったら、馨くん怒るかな?

いそいそと荷物をまとめ、スタジオを抜け出そうとした私を阻んだのは、なんと馨くんのマネージャーさんであった。

「え、……あの」
「すみません、あさひさん。でも、馨さんが絶対に帰すな、と……」
「………」
「あさひさんがいてくれれば、それだけで馨さんもやる気をだしてくれるので……」

馨くんの策士ー!
マネージャーさんを使うなんて、ずるい。

末っ子気質な馨くんは、意外に計算高かった。





prev / next