愛しき暴君たちよ | ナノ


  あさひの場合。



横暴で、不親切で、私に対する扱いがぞんざいな彼らと、どうして幼馴染みなんかをやっているのかと言うと、私なりに理由があったりする。

「………また会ったわね。あなた、ストーカーも程々にしなさいよ」

私の目の前には、綺麗な顔を盛大に歪めて仁王立ちする、駒鳥さん。

その言葉も、そっくりそのままあなたに返したい……。

現在、私たちがいるのは彼ら≠フ住む部屋があるマンションの、エントランス。
お使い(という名のパシリ)を頼まれた私は、その途中で不自然にエントランスに佇む駒鳥さんと出くわしてしまった。

なんでいるんだろう?と思ったけど、以前に静くんが言っていたことを思い出し、駒鳥さんは彼ら≠追いかけてここにいるのだと理解できた。

静くんは彼女を「ストーカー」と呼ぶ。
大袈裟な、と思ったけど、確かに家までやって来るのは非常識に他ならないと、面倒なことになってしまった今なら思う。

「あの、つかぬことをお聞きしますけど、駒鳥さんはどうしてここに?」

触らぬ神に祟なし。
でも、私は触ってしまった。
彼女の琴線≠ノ。

「どうしてですって?理由なんて決まってるでしょう!『dear』の彼らがここにいるからよ!あたしは彼らに呼ばれたの」
「え」

おかしいな。
彼らは自分たちのマンションに、事務所関係以外の人を招くことは、まずない。
誰か駒鳥さんを招待したなんて言ってたかなあ。
覚えてない……。

「あたしは彼らの一番のファンよ。彼らがデビューしたときから、目をつけてたんだから」

私は彼らがアイドルとしてデビューした時のことを思い浮かべる。
所属する事務所が業界屈指の大手であったために、デビューイベントは派手に行われた。
自分たちは恵まれた環境でスタートを切ることができたと、颯くんあたりが言っていたっけ。

「そうなんだ」
「ええ。今はまだ年若いから登り詰められる階段も少ないでしょうけど、あと二〜三年もすれば彼らはこの業界でも一目置かれる存在になるわ!それに、彼らはあたしに惚れてるのよ。里緒くんは、初めて雑誌の撮影で一緒になったときに優しく微笑みかけてくれたし、颯くんとは連絡先の交換もしたの。恥ずかしがってなかなか連絡をくれないけど、颯くんが連絡先を教えてくれたのは私だけなのよ。静くんや馨くんだって―――」

そうなんだ、すごいね、と私は心にもない相槌を打つ。
駒鳥さんは満足そうに話し続け、なかなか終わりが見えない。
いつまでこの話は続くのだろう……。

それにしても颯くん、連絡先を交換してたんだ。
そこだけは驚きだ。

「で、あなたはあたしよりも彼らを愛してると言えるのかしら?」
「うんうん、そうだねー……って、へ?」

愛……?

「ふん。その程度で彼らに近づこうだなんて、身の程を弁えなさい。いい?今後一切彼らに近づくのは禁止よ。もしも約束を違えるなら、その時はこのあたしが全力であなたを潰してあげる」
「えっ、……た、例えば、どんな風に?」
「そうね。あたしには信者的なファンが多いわ。だからそいつらを使って、あなたを社会的に抹殺することも容易いのよ」
「……」

何それ怖い。

私が彼らの幼馴染みを続けているのは、決して惚れた晴れたの感情からではなくて、本当に致し方なく、だ。
だから脅しをもらわなくても、彼らなんて熨斗をつけて駒鳥さんに差し上げたいくらいなんだけどな……。

「分かりました」

私は少し逡巡した後、はっきりとそう答えた。

「私は二度と彼らに近づきません。連絡もしない……それで、いいですか?」
「あら。随分と物分りがいいのね」
「はい。それで、駒鳥さんにご相談があるんですけど、私の代わりに彼らの面倒を見てやってくれませんか?」
「………どういうことかしら」

怪訝がる駒鳥さんに、あらましを説明する。
私が彼らの幼馴染みであり、マネージャーのような仕事を任されていること。
決してパシリ≠ニいう言葉は使わずに、オブラートに包みに包んで話した。

駒鳥さんは意外だとばかりに「まあ」と瞠目していたけど、彼らとお近づきになれるチャンスを前に、快く頷いてくれた。

よし。
これでようやく、私は解放される!

何も知らない駒鳥さんには悪いけど、彼らのお世話を頼みます。
暴君のような彼らだってきっと、駒鳥さんみたいな綺麗な人が相手であれば、私なんかよりもずっと紳士に接してくれるはずだ。
そして、あわよくば彼らの横暴な性格を矯正してほしい。

と、他力本願な思いを胸に、私は過去最高の笑顔で彼女と別れた――――わずか、二日後。



「ちょっとあなたっ、話が違うじゃない!!」

駒鳥さんに近所のカフェに呼び出され、切羽詰った表情で糾弾される。

う……やっぱり、駒鳥さんでも彼らの相手は無理だったのだろうか。
万が一に備えて、連絡先を教えておいて良かった。

「落ち着いて、駒鳥さん。まずはコーヒーでも一杯どうぞ」
「落ち着いてられるかっ!あんな、あんな人たちだなんて知らなかったわ!あなた、彼らとどういう関係なのよ!?」

どういう関係もなにも。
私は注文したブレンドコーヒーを駒鳥さんの前に差し出しつつ、答える。

「ただの幼馴染みです」と。

「嘘をおっしゃいなさい!ただの幼馴染みなはずがないわ!だって彼らが、あんな風になってしまうなんて……!」
「うんうん、大変ですよね、分かります。でも、愛の力で頑張って乗り切ってください」
「ふざけないで!よくそんなことが言えるわね!あなたのせいで、彼らの変貌っぷりったら……っ」
「うんうん、怖いですよね、分かります。彼ら暴君ですもん」
「そうじゃないわよ!!」

そうじゃない?
彼らの本性を知って、耐えられなくなったんじゃないの?

私は甘味やミルクが一切入っていないコーヒーをちょびちょび飲みながら、内心で首を傾げる。

はて。
私と駒鳥さんの会話が、どこか噛み合っていないような。

「もうっ、いいから、さっさと彼らのもとに帰ってあげて!!」

………どういうことだろう。


駒鳥さんに引っ張られて彼ら≠フマンションに向かい部屋につくなり、訪問の挨拶もなしに乱暴に扉を開け、私は中にと押し込められた。

おおう。
駒鳥さんも、ちょっと私の扱いが雑。

「あさひ!?」

二日しか間を空けていないのに、以前は毎日のように足繁く通っていたマンションであるためなんだか懐かしく感じていれば、私の名前を叫ぶ声が聞こえた。
こんな風に彼らの声を聞くのも、随分と久しぶりに思える。

私は振り返って、瞠然とした。

え―――。

「おまえ、ふざけんなよ!お、俺たちをおいて、おいていくなんてっ!!」
「里緒……くん?」

何があったというのだろう。
そこにいた里緒くんは、私を見るなり泣き出した。

そう。
あの里緒くんが、泣いてるのだ。

「グス……ッ。いきなりメールでもう二度と会わないなんて言われて、僕たちが納得できるとでも?」

隣には颯くん。
鼻すすりの音が聞こえるけど、まさか颯くんまで泣いてたりするの?

「馬鹿あさひ!会いにきたら絶交だって釘までさして、そんなにオレたちのこと嫌いになったの!?」
「寂しい……捨てないで……」

続けて静くんと馨くんまで現れて、私の思考は完全にストップした。

泣いてる……。
彼ら全員が、高校生にもなって泣いてる。

キョロキョロと辺りを見回してみてもカメラがないから、どうやらドッキリではないようだ。
里緒くんたちは演技でもなんでもなく、本気で顔を濡らしていた。

「代わりにこんなストーカー女寄越してさ!こいつにあさひの代わりが務まるわけないじゃん!」
「あさひ、俺たちが何をした?頼むから戻ってきてくれ!」

四人の男たちが泣きわめく様はたいへんシュールなものだけど、私はこの光景を以前にも目の当たりにしたことがあった。

あれは、彼らと交流を持ち始めたばかりの頃。
あまりに横暴な彼らに嫌気が差し、彼らと距離をとるようになったわずか三日後、彼らが泣いて謝ってきたのだ。

『あさひ、いくな』
『僕たちを置いてかないで』
『オレたちが悪かったから!』
『もう、しない』

もちろん反省は口ばかりである。
仲直りした次の日には、さっそくパシリを仰せつかってしまった。

だけど……。

私は彼らの泣き顔を見たとき、仕方がない、と。
彼らは私がいなきゃダメなのだと、そう思ったのだ。

だから彼らの幼馴染みを現在に至るまで続けているし、彼らが独り立ちできるようになるまで私が支えてあげなければと、妙な使命感を持っていたりする。
これが俗に言う母性なのだろうか。

「あなた!彼らがこんなに言い募ってるのよ、可哀想じゃない。何か言ってやりなさい」

すぐ傍にいた駒鳥さんにせっつかれ、慌てて口を開いた。

「えーっと、……ごめんね、みんな」

謝るのも何か違うよなあと思ったけど、アイドルの彼らにこんな顔をさせてしまっているのは私が原因みたいなので、とりあえずの謝罪である。

謝った途端、彼らがパァッと表情を明るくさせた。

「あさひ!もう会わないなんて言わないよね?僕たちが悪いのなら、悪いとこすべて直してみせるから」
「俺たちの、傍、ずっと、いてくれる……?」
「もちろんだよ」

自分でもつくづく思う。
彼らに甘いよなあ、と。

「駒鳥さんも、ごめんなさい。彼らの相手は大変でしたよね」
「そうね、疲れたわ。彼らがこんな子供だったなんて……今まで熱を上げていた自分が、心底馬鹿らしく思えてくるわ」
「ありゃ」

少し常識から外れていたとはいえ、大事なファンの一人が減ってしまったよ、みんな。

「愛されてるのね、あなた」

駒鳥さんが溜息混じりに呟いた。

愛されてる?
それはちょっと違うかも。

私の方が、彼らを愛しているのだ。
だって、長年一緒にいれば、流石に情も湧くものでしょ?


ねえ、
私の愛しき暴君たち。





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