愛しき暴君たちよ | ナノ


  静の場合。



「あーさひ」

下校途中、見知らぬ人に話しかけられた。

帽子を深く被り、マスクで顔を隠している不審者然としたその人は、やけに気さくに私の名前を呼んで……って、ちょっと待って。

この声は―――

「し、静くんっ?」

私の幼馴染みでアイドルの、静くんだ。
なんでこんな所に?

「しー。ボリューム下げて」
「むぐっ」
「あさひってば、お馬鹿すぎ!有名なアイドルがここにいるってバレたら困るのは、あさひの方じゃん?なぁに大声でオレの名前呼んでんの!」

むぐぐぐ。
確かにそれは私が悪いと思うけど、人のことを羽交い締めにして、呼吸困難になりそうな程強く口を押さえないでほしい。
三途の川が見えてしまう。

「な、なんで静くんがここにいるの?」

なんとか解放された私は、小声で尋ねた。

「ん〜。なんでって、暇だったからに決まってんじゃん。だからわざわざあさひのところに来てあげたの!」
「えっ、今日はお仕事休みなの?」
「そうだよ!前にも言ったよね?あさひって本当お馬鹿〜。あさひはオレたちの下僕なんだから、主のスケジュールを把握しておくのは当然でしょ!」
「………」

げ、下僕。
彼らにとって私は下僕……。
分かっていたけど、少しだけショックで胸が痛い。
いつの間に私は幼馴染みからランクダウンしたのだろう。

「あれぇ?ショック受けてるの〜?あさひかわいい」
「あ、あのね、静くん。今日、これから友達と予定があるの。だから私は静くんの暇つぶしの相手にはなれない」
「……はあ?」

地を這うような低い声。
勇気を持って断りを入れた私だけど、その後の静くんの反応に、早くも心が折れそうだった。

「何それ。あさひのクセに生意気。オレより友達を優先するんだ?」
「ごめんね」
「納得できない。オレも行く!いいよね?あさひ」
「え」
「あさひの友達がどんな子か、オレが見定めてあげる」

な、なんですと。
それだけは勘弁してほしい。

是非とも遠慮願いたい申し出なんだけど、一度我が儘スイッチの入った静くんは、なかなかその暴走を止めることができない。

―――結果、

「えーっと、……私の親戚の静くんです」

友達に静くんを紹介する羽目になってしまった。
しかも、親戚だなんて嘘ついて……うう、罪悪感が……。

「静って、『dear』のメンバーと同じ名前だね!男でその名前は珍しいよね〜」
「一緒に遊びたいって?ウチらは構わないよ!よろしくね、静くん」
「っていうか、潤賀さんに歳の近い親戚がいたんだな」
「………」

心優しい友人たちは快く歓迎してくれた。
なのに静くんときたら、ムスッとした無愛想な表情で、挨拶もしようとしない。

な、なんか、機嫌悪い?
私以外にそんな態度をとるのも珍しく、いつもファンの子たちにするような、笑顔の出血大サービスはどうしたの?

おかげで『dear』の静くん張本人であることはバレなさそうだけど……。

「あさひ。なんで男がいるわけ?」

気に食わない、と私にしか聞こえない声で、小さく呟く静くん。

男って……友達の彼氏のことだよね。
今までも何回か混じって遊んだことがあるけど、静くんは何が気に入らないんだろう。
友達が好きになっただけあって、いい人たちなのに。

「オレから離れないでよ」

静くんが私の手を掴む。

「ごめんね、みんな。静くん、ちょっと人見知りで……」

私はフォローに手一杯だ。
「いいよいいよ」と笑ってくれる友人たちに、これほど感謝した日はない。



「………」

日が暮れる頃。
たくさん遊び回った後に、友人たちと別れて帰路につく。

その間、静くんは恐ろしいまでに無言だった。

「……し、静くん?」

途中、みんなの輪の中に入りたがらない静くんを置いて、友人たちと盛り上がってしまったのがいけなかっただろうか。
私の幼馴染みたちは、自分が注目されないと気が済まない性格みたいだからなぁ。

久しぶりに予定が合って友人たちと遊ぶことができたので、ついはしゃぎ過ぎてしまったとはいえ、少し悪いことをしたかも……。

どうやって静くんの機嫌をとろうか懸命に考えていると、

「―――あのさ、あさひ」
「は、はいっ!」

静くんが突然口を開いたため、思わず背筋が伸びた。

「あさひは、今の学校に通うことができて幸せ?」
「え?どうしたの、突然……」
「オレさ、なんであいつらがあさひと高校を別にしようって言い出したのかイマイチ分かんなくて。あさひと一緒の方が、フツーに楽しいじゃん?」
「ん……?」

えーっと、よく分かんないけど、私と高校が一緒の方がパシリを頼みやすいってことかな。

「でも、今日のあさひ見てて、そういうことじゃなくて、あさひのためだったのかぁって、なんか納得した」
「う、うん」
「分かってんの?あさひ」
「まったく……」

静くんの言ってる意味が分からないのに、会話の流れで相槌を打ってしまった。
よく見抜いたね、静くん。

「昔はあさひに友達なんていらないってマジで思ってたんだけどなぁ。うん。あさひのああいう表情が見られるなら、友達くらい許してあげなきゃダメか。オレ、狭量な男になりたくないし」
「………私は友達を作るのにもいちいち許可が必要なの?」
「当たり前じゃん。あさひはオレたちの下僕なんだから」

承諾した覚えはないけどね!
私は静くんたちの下僕でも召使いでも奴隷でもなく、ただの幼馴染みだ。
そこのところ、はっきりさせたい。

こうなったらとことん抗議しよう、と意を決して静くんに向き直れば、

「うげ!なんであの女がここに……」

心底げんなりした声が聞こえ、いきなり物陰にと引っ張られる。
マンションはすぐそこなのに、どうしたのだろう。

「静くん?」
「しっ。マンションの前にあの女がいる。駒鳥サチ!」
「駒鳥……サチ?」

誰なんだろう、その人は。

「あさひ知らないの?ほら、オレとも熱愛報道あったじゃん。週刊誌では伏せ字だったけど。モデルのS.Kって」
「静くんの彼女?」
「違うから!ガセネタだからね、本気にすんなよ。向こうが一方的に言い寄ってきてただけで、いつの間にかそういう報道が……ていうか、馬鹿あさひ。ちょっとは嫉妬してくれたってよくない?」
「あの人もこのマンションに住んでるのかな?」

静くんの言葉に被せるように疑問を口にすると、静くんは複雑そうな表情をした。
あ、ごめんね、静くんの言葉、あまり聞いてなかった……。

「違うんじゃないの?あの女、ストーカー気質だし。オレだけじゃなくて、里緒や颯にも言い寄ってたらしいから、たぶん『dear』の熱狂的なファン」
「………あんな綺麗な人まで魅了する静くんたちって、やっぱりすごいねー。かっこいいもんね」
「なっ!と、当然じゃん!?オレたちを誰だと思ってんだよ!」

何故か頬をほんのり赤く染め、静くんが得意げに言い張る。
………何をそんなに興奮してるんだろ?

「だけど、あの女……要注意かも。気をつけなよ、あさひ」

静くんが私の心配をしてくれるなんて、珍しい。




prev / next