愛しき暴君たちよ | ナノ


  颯の場合。



我が幼馴染み様は大変な暴君であられる。

いつからそうだったのかって?
そんなの、出会った当初からに決まってる!

特に、颯くんは怖かった。
皆の前では私にも優しくしてくれたのに、二人きりになると途端に冷たくなるのだ。
今では里緒くんたちの前でもそうなのだけど、昔は本当に二人きりでないと暴君スイッチは発動しなかった。

だけど、それの怖いこと怖いこと。
二重人格ってこういう人のことかと、幼いながらに思った覚えがある。

あれはトラウマものだよ、ほんと。

「何考えてるの?あさひ」

おっと、いけない。
目の前に大黒天様がいらっしゃるのに、頭が現実逃避を図っていた。
私は慌てて取り繕う。

「な、何も」
「ふぅん?じゃあ、自分のやったことの不始末はどうつけるべきか、きちんと考えられたわけだね?」
「……えーっと」

どうしよう、怖い。
へへと無意味に愛想笑いを浮かべてみるけど、もちろん颯くんにそんなことは通じないわけで、満面の笑みで「考えられたんだよね?」と念を押されてしまう。

「あ、あう」
「僕のお気に入りのマグカップを割ったんだから、もちろんそれなりのつもりでいるんでしょ?」

………そうなのだ。
現在颯くんがお怒りなのは、私が自分の不注意で彼のお気に入りのマグカップを割ってしまったため。

元はと言えば、彼らが共同で使ってるこのマンションの家事をすべて私に押し付けた所為でもあると思うんだけど、非は私にあるので当然口答えはできない。

「ご、ごめんなさい」

こうなったら、ひたすら謝り倒すしか……!

「あさひはいつもそうだよね。謝って許してもらえると思ってる」
「そんなことは……」

ないとも思ってないけど。
肯定すると怖いので、やんわり否定しておく。

「ねえ、あさひ。悪いと思ってるなら、こっちに来て?」
「え?」

ソファに座った颯くんがポンポンと隣を叩く。

え、そこに座れってこと……?

「ほら、早く」

仕方なく言われた通りにすれば、次に薄い冊子を渡される。
表紙に書いてある文字を読み取るに、これは……。

「だ、台本?」
「そ。僕の初めてのドラマのやつ。今期の静が出てるやつが終わったら、次は僕の番だから」

へ、へえ……。
それは遠回しに僕のドラマを見ろってことかな。
静くんの時も同じことを言われたけど、実はまったく見てないんだよね……。

いや、だってほら、身内が出てる恋愛ドラマとかって、見てるとなんかむず痒くならない?

「ちょうど明後日が撮影日なんだよね。あさひ、練習相手になってくれない?」
「私が?無茶だよ」
「台詞を読むだけでいいから。この、女の人の役ね」
「ええっ」
「ここから読んで」

ドラマはどうやら探偵もののようだ。
颯くんに言われた役は、他に好きな人ができてしまったために夫を殺した悲しい女の人。
指定された箇所は、彼女が殺人の動機を語る場面からだった。

「無理だよ、こんなの」
「悪いと思ってるんでしょ?あさひ」

うう……これもすべて、マグカップを割ってしまった自分のせいか。
仕方ない。
私は覚悟を決めた。

「えーっと、私はあなたが好きだったの、あ、愛してたの……なんか恥ずかしいね」
「止まらずに続き」
「わ、分かったよ。――だからこそ、夫が邪魔になった。あなたと添い遂げるためなら、私はなんだってする覚悟だったわ。夫を殺すことだって容易い……だってすべて、あなたのためなんだもの」

うわー、長い台詞。
じゃなくて、かなり過激な奥様だな、この人。

「僕はそんなことを頼んでません」

颯くんが入ってきた。
どうやら、彼は奥様が懸想する庭師の男役らしい。

「でも、私はあなたを愛していたのよ」
「もっと感情込めて、あさひ」
「え。あ、あなたを愛していたのよ……!」

こんな感じかな。
誰かを演じるのって難しい。

「―――僕もですよ、奥様」

颯くんが私の頬に手のひらを添え、ふわりと微笑んだ。
蕩けるような、とても幸せそうな笑み。

演技でこんな表情ができるなんて、すごい……。

あれ?
でも、台詞が違う。

「颯くん?そこは、僕は貴女を愛せません、じゃないの?」

台本にはそう書いてあるよ?

「さあ。庭師の台詞なんて知らない。だって僕、ドラマは探偵の助手役だし」
「えっ!じゃあなんでこのシーンにしたの」

助手役まったく出てこないのに。

「別に。少し、庭師の男が羨ましくなっただけ」
「どういうこと?」

奥様のような人に愛されたいってことかな。
颯くん、過激。

台本読みは終わりとでも言うように颯くんがソファから立ち上がったので、この話は終了なんだと思い、

「あ、そうだ、颯くん。割っちゃったマグカップの代わり、今度買ってくるよ」

そう言えば、颯くんは「え?」とピシリと固まった。

「あさひが、僕一人のために、買ってきてくれるの……?」
「うん?だって、私が悪いんだし」

そもそもあのマグカップ、私が記念に買ってきた安物のやつで、まさか颯くんがこんなに気に入ってくれていたなんて知らなかったんだもん。
似たような柄のもの、結構たくさんあったし、きっと颯くんも気に入ってくれるはず。

「プレゼントとか、いつも四人平等だったのに、あのあさひが、僕一人のために……」
「うん?」

何やらブツブツ呟きだす颯くんだけど、そんなにマグカップが手に入ることが嬉しかったのかな。



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