連行された場所は、普段は使われていない名もない教室だった。

そこに、ポイッと。
比喩でも何でもなく、投げられた。

「うきゃ!」

口から変な悲鳴がこぼれて、勢い良く雪崩込む。
床にぶつかることはなかったが、代わりに何かに当たってしまった。

その何かは、ゆっくりと私を包み込んだ。

「うわー、女の子が自ら僕んとこ来た!何これご褒美?んじゃ、遠慮なくいただきまーす!」

そして、腰回りを厭らしい手つきで撫で回してくるのだ。ゾワゾワと鳥肌が立ち、あまりに急な展開に固まった。
何ですか、これ。

「アホか。やめろ、末次。その子困ってんじゃねえか」
「えー?そんなことないよねー?」
「おい!どさくさに紛れて胸触ってんなよ!!」

隣にいた別の男子生徒が止めに入ってくれたおかげで気がつく。腰に纏わりついていた手が、いつのまにか胸元に移動していることに。
うわわわ!!
慌てて抵抗して離れようとすると、

「照れてるの?かーわい」

逆に体をぐいっと引き寄せられ、耳元で囁かれた。
セクハラだ。

助けを求めて私をここに連れてきた張本人に顔を向けるが、まったくこちらを気にすることなく奥にあったソファに腰掛け、本を読み出していた。
………って、そ、ソファ?

「マッキーのこと気になるの?」

無駄に至近距離で尋ねられる。この人にはパーソナルスペースというものがないのだろうか。
両手でセクハラ先輩を目一杯押しのけながら、私は質問した。

「あの……。私、なんでここに連れてこられたんですか?」

でもって、連れてきた本人は放置プレイってどういうこと。私、帰ってもいい?今日は色々ありすぎて疲れてるから、早くベッドで安らぎたいんだ。

セクハラ先輩はにこりと人懐っこい笑顔を見せてくれた。

「さあ。でも、マッキーがここに誰かを連れてきたのは初めてだよ。それも女の子!天地がひっくり返ったとしてもあり得ないはずだったのになぁ」
「………私、帰ってもいいですか?」
「なんで?折角僕たち出会えたんだもん、楽しもーよ」

何を?
というか、また“なんで”……。

「あっ、そうだ。僕の名前は末次湊。よろしくねー、いちかちゃん」

会話のキャッチボールができてないと溜息を吐きそうになったが、次いで、どうして私の名前を知っているのか目を丸くした。
私は名乗っていないはずだ。名札などの名前を示すようなものも身に着けていない。当然、面識もないはず。
なのにどうして名前が分かったのだろう。

私が唖然としているのを何と思ったのか、彼は横にいた男の人まで紹介してきた。

「こっちはね、森本清志郎っての。名前通り、お堅いタイプなんだよー。名は体を表すってほん……」

目の前の男の意識がこちらから削がれたのを見逃さず、私はありったけの力を込めて彼を突き飛ばした。

「うわっ!ちょ、」

ごめんなさい。でも、怖いです。
名前を知っていることも然り、見知らぬ男に抱き締められていたり、そもそも室内に連れこまれた時点で逃げ出さなければならなかったんだ。明らかに怪しすぎるじゃないか。

私は脱兎の如く教室から逃げ出した。
階段を下る前に振り返ってみたけど、追ってくる様子はなさそうなので一安心する。



私が逃げた後、彼らのうちの一人が


「あーあ、逃げられちゃった」

と愉しそうに呟いたのを、当然ながら私は知らない。






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