「もー!開けるの遅いよっ、いちかちゃん。二人で何やってたの」

扉を開けると、子供のようにむくれた表情の末次先輩がいきなり抱きついてきた。うきゃ、と変な声が溢れるのと同時に、見かねた森本先輩が助けに入ってくれる。

「あ、ありがとうございます……」
「邪魔しないでよぉ、森もっちゃん。僕たちの愛の抱擁が!」
「セクハラも大概にしろよ、末次。それと俺は森もっちゃんではない」
「あは。ひょっとして、嫉妬?森もっちゃんもあつぅ〜く抱きしめてあげようか?」
「だから俺は森もっちゃんではない」

抱きつこうとする末次先輩を素気なくかわし、頑なに愛称呼びを否定する森本先輩。
やっぱりこの二人を見ていると面白い。自然と笑顔がこぼれたのを末次先輩は見逃さなかったようで、ぽつりと言った。

「良かった、笑ってる」
「……え?」

彼の顔は、安堵ともとれる表情だった。

「昨日、僕が向こう見ずな行動しちゃったからさ。あの後いちかちゃんが家でどんな目に遭うか考えてもみろって、マッキーにどやされたんだよね。今日は学校も休んでたし、なにかあったんじゃないかと一日中気が気でなかった」
「……」
「僕のこと、嫌いになった?」

ふるふると頭を振るう。
嫌いになるなんてとんでもない。むしろ、私が嫌われてもおかしくないのに……。

―――“先輩たちとはもう関わらない方がいいのかもしれない”

数時間前につけた決心が鈍りそうだ。私のことをここまで考えてくれる人たちがいるのに、なにも自分から殻に閉じこもることはないと。
こんなにも心が暖かくなるのに、それを手放す必要なんてないと。

「あ、あの!昨日はありがとうございました。私、えっと、……すごく嬉しかったです。だからその、ええっと……」

駄目だ。何を話せばいいのか分からなくなってきた。感謝してもしきれないお礼と、それから、それから。
伝えたい感情は胸のうちにぎっしり詰まっているのに、愚鈍な私はうまく言葉に表せない。こんなんだから皆から疎まれるのだと分かってはいても、どうしても先の言葉が紡げなかった。

そんな私の心情を知ってか知らずか、末次先輩は強く握りしめていた私の手を優しく包む。

「焦らなくていいよ」

その手はとても温かくて。涙が出そうになった。
彼らといると、涙腺が緩みそうになってばかりだ。

「あっ!そういえばいちかちゃん、なんで連絡くれなかったのー。遠慮せずに電話してくれたら良かったのに」
「……連絡?」
「昨日言ったでしょ、辛くなったら電話してって」

………そういえば。確かにそんなことを別れ際に言われた気がする。
しかし残念ながら私は末次先輩の携帯番号を知らないので、遠慮も何も連絡のしようがないのだ。

「せっかく、いちかちゃんの携帯に僕の番号登録しておいたのにぃ」

そう、私は末次先輩の連絡先を知らな――い?え、ちょっと待って。今なんて?

「ど、どういうことですか!?」

末次先輩の呟きに聞き捨てならないセリフを覚え、私は即座に抗議した。
携帯に登録って、いつの間に……。

「どうって、そのまんまの意味だよ〜。昨日いちかちゃんに携帯を返す前に、ちょこっとイジらせてもらったんだよねぇ」
「末次。お前、それ犯罪だぞ」

呆然と二の句が紡げない私の代わりに森本先輩が突っ込んでくれる。
そうだ。昨日末次先輩は携帯のメール履歴を見たと言外に言っていた。じゃあその時に?まったく気づかなかった。

「……まあ、立ち話もなんだ。いちか嬢、良かったら俺たちと夕飯でもどうだろうか。美味しい和食の店を知っている」

森本先輩の提案に、私は彼が来る前は夕ご飯を買いにコンビニへ向かおうとしていたことを思い出した。

「い、いいんですか?私なんかが……」
「当たり前!」

笑って答えてくれたのは末次先輩だった。





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