三人

「ケンカして・・・」

「謹慎〜!?」


後期始業式の朝、寮内に驚きの声が響きわたった。
全身あちこちにケガをした緑谷と爆豪が 掃除機をかけている姿を、皆でポカンと見つめる。


「(・・・そういえば、そうだった・・・)」


二人を見ながら、強子はショックを受けたような顔で固まっていた。
そんな展開、彼女はすっかり忘れていたのだが・・・この二人は 昨晩――つまり、仮免試験を受けた日の夜に、演習場でガチ喧嘩をしたのだ。
当然、すぐに学校側にバレて、二人とも 数日間の謹慎と、寮内清掃などの罰則を受けたというわけである。


「馬鹿じゃん!!」

「ナンセンス!」

「馬鹿かよっ」

「骨頂・・・」


いつもの強子なら、皆に混じって野次の一つでも飛ばしただろうが・・・今の強子は、なんだか物言いたげな表情のまま、固く口を閉ざしている。
口を開く気力が湧かぬほどに、彼らが私闘をしたと聞いた強子は、“落胆”の感情に苛まれていた。


「(二人の私闘は、原作の通りだ・・・なのに、何をそんなに 落ち込むことがあるんだよ、私は・・・)」


原作の通りなら、きっと あの二人は、本気でぶつかり合い、本音をぶつけ合うような、本当の意味でのケンカをしたことだろう。それにより、今後の二人は、まっとうなライバル関係となる。
それから・・・彼らの喧嘩のキッカケの一つとも言える オールマイトの引退――その裏にあった“秘密”を、オールマイトを含む三人で共有したはずだ。
作中でも屈指の、重要なシーンである。“主人公”にとって、なくてはならない大切な場面だろう。

無論―――そこに、強子はいなかった。
強子は、何ひとつ彼らの動向に気づかず、関与もせず・・・彼らが熱い私闘を繰り広げている頃、自室でぐうすかと爆睡していた。

それは、まあ・・・言ってしまえば 原作通りの展開だ。私闘の場に、強子のような部外者はいなくて 当たり前。
そう理解していても・・・自分が蚊帳の外だった事実に、強子は心底ガッカリした。


「(・・・私がそこに、混ざれるわけ、ないのにね)」


緑谷と爆豪とは、入学当初から 追いつ追われつの好敵手であり、期末試験で彼らと協力しあったときには、二人との“絆”のようなものを感じていた。
その試験以降、緑谷とは信頼関係を築いてきたと思っている。
入寮してから、爆豪とは気の置けない間柄だと思っている。
彼らが強子にとって特別であるように、強子も彼らにとって、特別な存在になれたような気がしていた。
でも、だけど―――


「(・・・勘違いするなよ、強子)」


そりゃあ、あの二人は、互いに特別な存在だろうさ。幼馴染みとして、長らく紡いできたものがある。
そこに、強子のような第三者が立ち入ろうなんて・・・厚かましい考えだ。
それこそ、二人に共通する“憧れ”のオールマイトでもないかぎり、立ち入ることは許されないだろう。


「(二人にとって・・・私は、ただのクラスメイトの一人に過ぎないんだ)」


強子がオールマイトの秘密を知っているのも、トリップ特典というか、“ずる”のようなもの。
彼らと共通の秘密を知ってるといえども、本人から秘密を打ち明けられた緑谷や爆豪とは、立場がまるで違う。
オールマイトの“秘蔵っ子”などと、名ばかりの強子には・・・そもそも 彼らに疎外感を感じる資格すらない。強子が孤独感を感じるなんて、お門違いもいいところ。
―――うん、強子が落ち込む理由なんて ないじゃないか!


「身能、そろそろ行くぞ」

「あ、うん・・・」


轟に呼ばれ、学舎へ向かおうとしたところで、掃除中の二人と はたと目が合う。
なんだよ・・・今さら強子の存在を思い出したって、もう遅いんだからな。
強子は二人から視線を外すと、玄関先で強子を待つ轟のもとに足を進めた。


「・・・今日からさっそく授業が始まるし、後期の訓練はさらに厳しくなるって聞いたけど、」


唐突に話し始めた強子は、彼にふわりと笑いかける。


「日々、新しい課題を学んで成長できると思うと、後期も楽しみで仕方ないよねっ、轟くん!」

「?・・・そうだな。俺も早く、皆に追いつかねぇと」

「皆も後期に向けて気合い入ってるから、負けないように頑張らなくちゃ!まぁ、もっとも・・・」


玄関を出る間際、寮内に残っている二人に流し目を向けると、フッと 煽るような笑みを見せる。


「謹慎なんてしてる人は 脅威じゃないけどね。寮内にこもって、どれほどの成長を望めるのやら・・・」

「「!」」


重要なシーンで、強子を置いてきぼりにしたこと、忘れてないぞ。
今度は・・・強子が、彼らを置いていく番だ。


「この3、4日だけでも、どれだけのことを学べるか・・・ホント、楽しみだなあ!」


3日間 謹慎の緑谷と、4日間 謹慎の爆豪。
「ぐぬぬ・・・」と悔しげな彼らをしり目に、強子は学舎に向かう足を早めた。
せいぜい、取り残されてる感をとくと味わうがいいさ!
その間に強子は、彼らが追いつけないくらい、力をつけてやるんだから・・・!!





―――だが、そう意気込んでいるときに限って、時間の経過は早いもので・・・あっという間に3日が過ぎ行く。
謹慎が明けた緑谷はというと、早く遅れを取り戻そうと 朝から息まいていた。


「じゃ 緑谷も戻ったところで、本格的にインターンの話をしていこう」


相澤はそう切り出すと、「入っておいで」と廊下にいる“彼ら”に声をかけた。
強子はハッとして、教室の扉のほうに慌てて視線を向ける。


「職場体験とどういう違いがあるのか、直に経験している人間から話してもらう」


教室の扉が開き、現れた三人組を見て、強子の顔がぱぁっと綻んだ。


「多忙な中 都合を合わせてくれたんだ。心して聞くように。現雄英生の中でもトップに君臨する3年生3名―――通称、ビッグ3の皆だ」

「(キターーー!!!)」


憧れの、ビッグ3!!
そのうちの一人、天喰は強子と知り合いだけど、残りの二人とは きちんと話したことがない。それでも強子は、彼らをずっと前から“知っていた”わけで・・・彼ら三人を目の当たりにして、感動を覚えていた。
こうして三人が並んでいると、圧巻である。
強子の前ではヘボメンタルなところばかりを見せてきた天喰も、見栄えがするというか・・・なんか すごい人のように見える気がする!


「雄英生のトップ・・・」

「びっぐすりー!!」


先輩方の突然の来訪に、A組の教室もざわついている。
八百万も驚いたように強子を振り返って、「あちらの方、強子さんのお知り合いでしたよね!?」とコソコソ耳打ちしてきたので、強子はニンマリと笑って応えた。


「じゃ 手短に自己紹介よろしいか?天喰から」


すると 途端に彼は、その三白眼をギンッと鋭くさせたものだから、A組の面々は、ビリビリと肌に伝わってくるような彼の威圧感に、思わず固唾をのんだ。


「―――駄目だ、ミリオ・・・波動さん・・・」


彼が発した低い声は、何かを我慢するかのように微かに震えている。


「ジャガイモだと思って臨んでも・・・頭部以外が人間のままで、依然 人間にしか見えない。どうしたらいい、言葉が・・・出てこない」

「「「!?」」」


威圧的な見た目に反して、なんとも気弱な・・・いや、繊細な発言。その意外性にクラスメイトたちが唖然とする中、強子は驚いた様子もなく、やれやれとかぶりを振った。
なんかすごい人のように見えたけど・・・やっぱり彼は、強子のよく知る天喰 その人だった。


「(しょうがない・・・ここは私の出番だな)」

「頭が真っ白だ・・・つらいっ!帰りた、い・・・?」


そこで、彼は気がついた。
教室の最後方――出席番号21番の座席で、愛らしい笑みを浮かべて 天喰にひらひらと手を振っている、強子の姿に。


「環せんぱーい!」


天喰が自分に気付くと、彼の警戒心を解くよう、強子はさらに笑顔を深め、渾身のキメ顔をする。


「(ほらほら・・・これでどうだ!)」


きらきらといつもより輝きマシマシの笑顔。
こんなにも可愛い後輩が、愛くるしい笑みを向けているのだ。
あの天喰といえど・・・大勢に注目されている状況も忘れ、強子に見惚れてもおかしくない。あるいは、強子のあまりの可愛さに緊張がほぐれて、その怖い顔に 微笑みの一つでも浮かべるかもしれない。


「身能、さん・・・!」


カッと眼をかっ開き、強子の名を口にした天喰。
そして彼が動きを見せたかと思うと・・・スッとすばやく 教壇の裏に隠れるようにしゃがみ込んだ。


「あああもう駄目だっ・・・俺はもう いっそ、貝になりたい!!」

「な ん で っ!!?」


予想から大きくはずれた天喰の反応に、強子は思わずガタリと椅子から立ち上がって抗議する。


「ちょっと先輩ッ、どうしてそうなるんですかぁ!私たち、知らない仲じゃないですよねえ!?」


っていうか、“貝になりたい”って・・・人間、どれだけ追い詰められれば そういう感情になるんだよ!?そんなにショックなこと あったか!?ないよな!!?
しかも、強子の抗議の声に さらに身を縮めた天喰は、アサリの貝殻を『再現』して、防災頭巾のように頭にかぶっている始末。


「・・・ほら、やっぱりまた 身能さんに怒られた・・・つらいっ・・・帰りたい・・・!」


教壇の裏から、ずーんと暗いオーラを放つ天喰。
雄英ヒーロー科のトップとは思えぬ、痛ましい姿。完全に、ただのいじめられっ子にしか見えず・・・強子はクラスメイトたちからジト目で睨まれた。
いや、違うって!強子は何も悪いことはしていない!この人にとっては これが、ほぼデフォルトなんだよ!


「あ、聞いて天喰くん!そういうの“ノミの心臓”って言うんだって!ね!人間なのにね!不思議!」


鈴を転がすような その可愛らしい声に、皆の意識が、その美女へと向けられた。


「彼はノミの『天喰 環』、それで私が『波動ねじれ』・・・今日は、“校外活動(インターン)”について、皆にお話してほしいと頼まれてきました。けど しかし、ねえねえところで・・・」


天真爛漫で好奇心旺盛、そしてちょっと天然っぽい波動は、見ているだけで癒される。
が、しかし・・・天然ってのは、ときに悪気なく他人を傷つける。障子がなぜマスクをしているのか、轟の火傷の原因など、気になったことは思ったままに遠慮なく尋ねていく波動には、こっちがハラハラさせられる。


「どの子も皆 気になるところばかり!不思議!」

「―――合理性に欠くね?」


天喰、波動の言動のせいで話が進まず、しびれを切らした相澤が低く声を出した。
そこで慌てて口を開いたのは、通形だ。


「イレイザーヘッド!安心してください!大トリは俺なんだよね!!前途ー!!?・・・・・・多難ー!っつってね!よォし、ツカミは大失敗だ!」


グダグダである。


「三人とも変だよな・・・ビッグ3という割には・・・なんかさ・・・」

「風格が感じられん・・・」

「まァ何がなにやらって顔してるよね。必修てわけでもないインターンの説明に、突如現れた3年生だ。そりゃわけもないよね」


確かに、風格やら威厳と呼べるものは感じられない。
でも・・・そのカラッとした明るい笑顔だとか、常に笑顔でドーンと構えているところとか、すでに片鱗は見えている。
原作での彼の活躍ぶりを”知っている“ 強子は、通形のようなヒーロー像を一つの目標にしており、彼にひそかに憧れていた。


「1年から仮免取得・・・だよね。フム・・・今年の1年生って すごく・・・元気があるよね・・・そうだねェ、何やらスベり倒してしまったようだし・・・」

「ミリオ!?」


教壇の下から、驚いたように 天喰がひょっこりと顔をのぞかせた。
強子も、彼の言葉の続きを早く聞きたくて、机に乗っかるように 上体を前に乗り出した。


「君たちまとめて―――俺と戦ってみようよ!!」


だよね!!そうこなくっちゃッ!!!






そうしてやってきた、体育館ガンマ―――


「ミリオ・・・やめた方がいい。形式的に“こういう具合でとても有意義です”と語るだけで充分だ」


遠くから ボソボソと、水を差すようなことを言っているのは天喰だ。
そんな彼に、また強子はやれやれとかぶりを振る。
もう、わざわざ体操服に着替えて体育館までやってきたというのに、今さら言うことじゃないだろう。それに、何より・・・


「環先輩・・・こんな機会そうそうないんですから、邪魔しないでくださいよ」

「っ・・・身能さん、」


天喰は体育館の壁に張り付きながら、唇を尖らせて不服そうにしている強子にちらりと視線を向けた。


「皆が皆、君みたいに上昇志向に満ち満ちているわけじゃない・・・立ち直れなくなる子が出てはいけない」

「いやいや 先輩!その認識は、ちょっと甘いですね」


少なからず強子の実力を知っている天喰にとっては、強子を このクラスで突出した実力者だとでも思っているのかもしれない。
だけど、そんなことない―――このクラスは、皆すごい。
クラスの誰しもに、強子でも勝てないような秀でた部分があって、尊敬できる同胞たちだ。
そして、クラスの誰しもが、努力を怠らない。強子にも負けないくらい・・・負けず嫌いなのである。


「お言葉ですが・・・我々は、ハンデありとはいえ プロとも戦っている」

「それに、ヴィランとの戦いも経験してます!そんな心配されるほど、俺らザコに見えますか・・・!?」


天喰の言葉に、皆の心に火がついたようだ。クラスメイトたちの目には、メラメラと闘志が燃えている。
モチベーションが上がってきたところで、強子は天喰に向けていた視線を、通形に向ける。


「私たち1−Aをなめてもらっちゃ困りますよ、先輩方!」

「うん、いつどっから来てもいいよね」


強子の挑発は、さらりと軽く笑顔で流された。年上の余裕ってやつか?ぐぬぬ・・・!


「一番手は誰だ!?」

「おれ「僕・・・行きます!」 意外な緑谷!!」


一番手に、真っ先に名乗りをあげた緑谷。
先を越され 涙をのんでいる切島の肩を叩き、強子はドンマイと声をかけた。緑谷に先を越されたときの悔しいって感覚なら、強子も身をもって知ってるよ。


「問題児!!いいね君、やっぱり元気があるなあ!」


緑谷が臨戦態勢になったのを合図に、A組一同、戦う態勢を整える。


「お前ら いい機会だ、しっかりもんでもらえ!」


相澤の声が体育館に響く。
雄英のトップとの手合わせだなんて、願ってもない好機。手合わせの中で学べることは多いだろう。
雄英トップ――透形ミリオという素晴らしいヒーローと、今の強子・・・距離はどの程度か、見せてもらおうじゃないか。


「近接隊は一斉に囲んだろぜ!!」

「りょーかい!」


強子は舌なめずりしながらジャージの腕をまくり、透形を見据えた。


「よっしゃ先輩!そいじゃあご指導ぉー、よろしくお願いしまーっす!!」


A組 総勢19人が、一挙に攻勢に出る!

―――ハラリ。

通形の着ていたジャージが、地に落ちた。
彼の素肌が晒され、ぎょっとするA組。女子はとくに、お年頃ゆえに視線のやり場に困ってしまう。
あの耳郎も、普段のクールさは欠片もなく、顔を赤らめて顔を手で覆った。


「あーーー!!」

「今、服が“落ちた”ぞ!」

「ああ 失礼、調整が難しくてね!」


いそいそとジャージのズボンを履く通形。
その隙だらけな彼に向け、フルカウルの緑谷が蹴りを入れる―――が、彼の顔面に入ったはずの蹴りは、スカッと すり抜けてしまった。


「顔面かよ」


緑谷を見て 楽しんでいる様子すら見せる、余裕の通形。
立て続けに、後方からレーザー、テープ、酸やら・・・A組の遠距離攻撃が一斉に放たれるが、それらも全てすり抜けた。
そして・・・


「待て・・・いないぞ!!」

「まずは 遠距離持ちだよね!!」

「「「!?」」」


近接隊の目の前から姿を消したかと思えば、後方にいた耳郎の背後・・・そこに素っ裸で現れた通形。
耳郎の叫び声が響く中、クラスメイトたちに動揺が走る。


「ワープした!!」

「すり抜けるだけじゃねえのか!?」

「どんな強個性だよ!!」


スカウトを経て、あるヒーローのもとでインターンに励み、その技術を培ってきた 通形ミリオという先輩。
彼の前に、あっという間・・・ほんの数秒の間に、遠距離持ちの10人がやられ、苦しそうに地面にうずくまっている。
その圧倒的な強さに、残った面子が固まっていると、相澤が口を開いた。


「通形 ミリオ―――あの男は、俺の知るかぎり、最もNo.1に近い男だ・・・プロも含めて な」

「一瞬で半数以上が・・・No.1に最も近い男・・・」


相澤と同じく 離れたところで見学していた轟が、ごくりと唾をのむ。


「・・・お前、行かないのか?No.1に興味ないわけじゃないだろ」

「俺は 仮免とってないんで・・・」


相澤と轟のそんなやり取りが聞こえた強子は、思わずふふっと笑ってしまった。轟くんったら、ずいぶん丸くなっちゃって・・・初期ろきくんの頃が嘘のようだ。


「あとは近接主体ばかりだよね!」


フゥと息を整え、通形がこちらに向き直った。


「何したのかさっぱりわかんねえ!!すり抜けるだけでも強ェのにワープとか・・・!」

「それってもう・・・無敵じゃないすか!」


わからないものには、本能的に恐怖を覚えるものだ。
現に彼らも、通形という得体の知れない相手に対してしり込みしている。
でも、そんな精神状態では、勝てるものも 勝てない―――


「何かカラクリがあると思うよ!『すり抜け』の応用でワープしてるのか、『ワープ』の応用ですり抜けてるのか・・・」


緑谷の言葉に、しり込みしていた者たちが、ハッとする。
彼は冷静に、あらゆる方向から推察してブツブツ呟いている。戦いに勝ちたければ、まず相手を知ること・・・兵法の基本である。
強子も冷静に・・・鼻をすんと鳴らしてから、口を開いた。


「先輩が移動した痕跡が、地面に“匂い”として僅かに残ってる。『瞬間移動』みたいなワープ能力と違って、移動中も、実体は在るんじゃないかな。たとえば・・・地中とかに」


強子の言葉に、緑谷がハッとして「そういうことか!」と納得したように声をもらした。
それがわかったからといって、打てる策は少ないが・・・相手が急に目の前に現れる原理の一端でもわかれば、多少の恐怖は軽減する。


「姿が消えたら、地面から現れると思って注意しよう!」

「そ、そうだな・・・!」


とりあえず出来ることを提案すれば、皆、表情を引き締めてこくりと頷いた。


「それと、直接攻撃されてるわけだから、カウンター狙いでいけば こっちも触れられる時があるハズ・・・!何してるかわかんないなら、わかってる範囲から仮説を立てて、とにかく勝ち筋を探ってこう!」

「オオ!サンキュー!謹慎明け緑谷、スゲー良い!身能もナイス状況判断!」


強子たちの話し合いを聞いていた通形が、わずかに笑みを深めた。


「だったら・・・探ってみなよ!」


ダッと走り出した通形は・・・スッと体が地面に“沈んだ”。そして、地面にジャージだけを残し、彼の姿がまた消えた。
皆が慌てて自分のまわりの地面を警戒する。
問題は、彼がどこから現れるか―――それについても、強子には考えがあった。
彼の戦い方にはある法則性があったはず・・・それは、なんだった?
思い当たるのは、彼の初手・・・強子の見たかぎり、彼は必ず、後方から奇襲をかける。
生身の人間として戦う以上、多対一はやりづらい。だからこそ、後方の者から潰していく――実に理にかなった戦法である。


「(だと するなら・・・!)」


A組の近接主体メンバーの中、最後方にいるのは・・・緑谷だ。そして、その緑谷と比較的近いところに、強子はいた。
ザッ と、強子は身を翻して後ろを向く。同時に、緑谷も強子とシンクロするように後ろを向いた。彼も、通形の行動を予測していたのだろう。
すると、狙いどおり・・・ちょうど二人の視線の先に、通形が姿を現した。
振り返りざまに足を振り上げていた緑谷が、通形に蹴りを食らわせる・・・!


「だが 必殺!!」


緑谷の蹴りが またもやすり抜ける・・・そのさなか、通形は緑谷の顔に向けて腕を伸ばす―――
だが、それに対抗すべく、すでに強子は動いていた。
彼女は目いっぱい腕を伸ばすと 緑谷の首根っこを掴み、グイッと引き寄せる。


「「!?」」


通形は緑谷の目つぶしを狙っていたらしいが、緑谷が後ろに引っ張られたため、彼の手は目標に届かずに空を切る。
無防備な体勢となった通形に向け・・・強子は拳を握った。


「必殺、」


不意をついた 今ならば・・・彼の『透過』を破ることができるかもしれない。彼が『透過』するより早く、強子の拳が彼に届くかもしれない。
強子は、膝立ちになるくらいに姿勢を低く構えると―――


「(必殺っ・・・金的潰し!!)」


握った拳を、通形の股間に向けて 思いっきり打ち込んだ。


「「「!?」」」


なりゆきを見守っていた男たちが、ゾワッと顔を青ざめさせる。
男にとって急所となる 大事な部分を、容赦なく殴るなんて・・・!それも相手は真っ裸で、“そこ”がむき出しだというのに!
あらゆる意味で衝撃的な一幕に、体育館の中だけ、時が止まったようだった。
そんな中・・・強子の拳は手応えないまま、通形の体をすり抜けていた。
内心で舌打ちしながらも即座に次の行動に移ろうとした強子のみぞおちに、鋭い衝撃が走る。


「ふぐっ!!?」

「いやぁ、危なかったよね!」


笑顔の通形から腹パンを食らった強子は、地面に膝をつき、痛みと苦しみのあまり動けなくなる。
直後、せっかく強子が庇った緑谷も、反撃の余地なく、一瞬で伸されてしまった。そして残すクラスメイトたちも、あっという間に地面に伏すこととなった。
・・・恐るべし、通形ミリオ!







「ギリギリちんちん見えないよう努めたけど!すみませんね女性陣!」


ジャージを履いた通形を前にして、彼と相対した19人は 青ざめた顔で腹部を押さえていた。


「それにしても、秘蔵っ子ちゃんに金的を狙われたときは タマヒュンだったよね!あれには色んな意味でドキッとしたよ」


タハーッと楽しげに笑っている彼とは対照的に、A組男子は強子を非難の目で見ていた。


「身能、むごすぎるぜ・・・」

「金的は禁じ手だろ!?見てるこっちがタマヒュンしたっつーの・・・」

「・・・ヒーローの所業に非ず」


若干 前かがみになっている彼らは、悪魔でも見るかのように怯えた表情である。
なるほど・・・男の急所を攻撃するのは妙案だと思ったが、男性陣からの好感度は 著しく下がるわけか。
人々から羨望の眼差しを向けられるヒーローとしては・・・今後、この手段はなるべく避けたほうが良さそうだ。


「と、まァ・・・こんな感じなんだよね!」


用は済んだと言わんばかりに、通形があっけらかんと言うけれど・・・こちらとしては、わけもわからず 全員腹パンされただけである。


「―――俺の“個性”、強かった?」


その問いに A組一同が熱を込めて肯定した。
それから通形は、彼の個性について種明かしをしてくれた。
彼の個性『透過』は、あらゆる物体が体がすり抜ける。
無敵のように思われがちだが、個性使用中は目が見えないし耳も聞こえない、呼吸もできない。足の裏まで全身を透過すれば 地球の中心まで落ちていく――非常に難儀で、デメリットの大きい個性だ。
一つの簡単な動作にすら手間どって、使いこなすのが難しい。ましてや戦闘ともなると、相手の出方を見ながら対応を求められるのだから、一段と御しがたいだろう。


「そう・・・案の定、俺は遅れた!ビリっけつまであっという間に落っこちた!服も落ちた!」


そんな彼が、“上”に行くために必要だったものが、予測だ。そして予測を可能にするのは、“経験”。
経験則から、予測を立てる。


「インターンにおいて我々は“お客”ではなく、一人のサイドキック!同列(プロ)として扱われるんだよね!それはとても恐ろしいよ。時には人の死にも立ち会う・・・!」


言われてみれば、職場体験のときの強子は“お客”のように扱われていた。たくさん可愛がってもらったし、強子へ懇切丁寧に指導してくれて、身の安全にも配慮してくれていた。
でも、インターンともなると、話が変わってくる。
通形の言うように、誰かの“死”に直面することもあるだろう・・・。


「けれど、恐い思いも辛い思いも 全てが、学校じゃ手に入らない一線級の“経験”―――俺はインターンで得た経験を力に変えて トップを掴んだ!ので!恐くてもやるべきだと思うよ!1年生!!」


その力強い眼差しと口調から、彼が積んできた“経験”と“努力”が、彼の“自信”にも繋がっているのだとわかる。


「(やっぱり、この人はすごい!!)」


ただ強い人が雄英のトップにいるんじゃない。彼は、努力でトップを掴みとった人なんだ・・・!!
気が付けば、強子だけでなくA組の誰もが 尊敬の念に目を輝かせていた。
皆、雄英トップからの話を聞けて、何かしらを胸に刻んだに違いない。


「「「ありがとうございました!!」」」







体育館をあとにして 3年の教室へと戻る道中、波動が思い立ったように口を開けた。


「ムダに怪我させるかと思ってたの 知らなかったでしょ!?でも全員ケガなしで、偉いなあと思ったの 今」

「いやしかし 危なかったんだよね、ちんち「誰か面白い子いた!?気になるの 不思議!」


波動からの無邪気な問いかけに、通形は 先ほどの手合わせを思い返す。


「最後列の人間から倒していく・・・俺の対敵基本戦法だ」


あの短い時間の中で、そのことに気がついた人間が二人いた。
そして、背後からの奇襲に、反応ではなく“予測”で、通形に蹴りを入れようとしてきた彼を思い浮かべる。


「件の問題児くん・・・俺の初手を分析し、予測した行動だった―――“サー”が好きそうだ」


それから、彼と同じく 通形の行動を予測した上で、問題児くんを庇い・・・裸の異性の股間を 躊躇なく狙ってきた彼女。
その規格外っぷりを思い出して、通形は肩を揺らした。


「件の秘蔵っ子ちゃん!思ってた以上に面白い子だったんだよね!!どうりで、“誰かさん”も あの子に惚れ込むわけだ!」


ハッハッハと快活に笑う通形に、波動は不思議そうにコテっと首を傾げた。
“誰かさん”って、誰のこと?疑問をぶつけようと口を開いたところで、ゴンッと 鈍い音が廊下に響き、波動と通形の注意がそちらに引き付けられる。
二人の視線の先には、


「環・・・大丈夫か?」

「・・・あ、ああ・・・大丈夫」


どうやら、廊下のすみに置いてある消火器にぶつかったらしい。足のスネを押さえて座り込む天喰は、痛みにぷるぷると震えている。
あまりにわかりやすい彼の動揺に 再び笑いがこみ上げてきて、通形は肩を震わせた。


「(1年生に インターン実施のGOサインが出れば、彼女はファットガムのところに行くだろうな)」


職場体験で得たコネを使ってインターン先を見つけるのが 定石。
ファットガムのところで職場体験し、その後も彼と懇意な関係を継続している身能 強子なら、彼のところでインターンをしたいと考えるはずだ。
ファットガムが彼女を拒否するとも思えない。
ということは、彼女は、天喰と同じ事務所で インターンに励むことになる。

驚くほどにネガティブだし、超がつくほど緊張しいだけど・・・本当は誰よりも心が強く、すごい才能を持つ 大事な友人―――彼の恋路の行方を思い、通形はニコリと破顔した。


「インターン・・・楽しみだっ!!」










==========

これで、アニメ3期まで終了です!
ここまで長かった!実に感慨深いです・・・!
でもまだ先は長いですね!番外編なんかも並行して書きながら、4期のインターン編を執筆していきます。
これからも、規格外な夢主の物語を楽しんでいただけると嬉しいです!


ところで、“タマヒュン”って意味、皆さんに伝わるのかな?
男性の二つの玉が、恐怖や暴力に晒され恐怖にすくみ上がるその時に感じるヒュンといった感覚のこと、らしいですよ。


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