はじめて

幼い頃から、周りの人達は口をそろえてこう言った。


「強子ちゃんは本当に可愛いね」


私もそう思う。
整った顔に生んでくれた親には感謝しかない。


「強子ちゃんはとても賢い子だ」


そうだろう。
こちとら、人生1回分の経験と知識を引き継いでるんだから。
ついでに言うと母親は医師だ。その賢い血を受け継いだこともあり、私の知的能力は平均よりもずっと高いはず。


「強子ちゃんの個性は、ヒーロー向きの素敵な個性だね」


そうなのだ。
重いものを軽々と持ち上げる。車と同じくらいのスピードで走る。ジャンプして家屋の屋根に登る。
身体機能を強化するという私の個性は、派手でパワフルで、出来ることの幅が広い。
そんな個性を目の当たりにした人達は、目を輝かせ、口をそろえてこう言った。


「まるでオールマイトみたい!」


そう・・・これこそ、私が『人生の勝ち組』と称される所以である。
転生特典と言っても過言ではない。あるいは主人公補正ならぬ、夢主補正とも言える、このハイスペック具合。
とにかく、天は私に二物も三物も与えたのだ。
この身能強子の人生は、イージーモードである。










だから、雄英の一般入試に対しても、特に心配することなんてない。
模試でもA判定。実技試験だって、強子の優良個性であれば問題ないだろう。


『最後にリスナーへ我が校“校訓”をプレゼントしよう』


プレゼント・マイクのアナウンスが試験会場に響き渡る。


『かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った!「真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者」と!!』


そういえば、と雄英の指導方針と思い出す。
生徒たちに全力で受難を与える。乗り越えた者には、さらなる受難を。


『プルス・ウルトラ(更に向こうへ)!!それでは皆、よい受難を!!』


プレゼント・マイクの掛け声に、ぶるりと体が震えた。
これから起こる出来事に恐怖したのではない。これは、期待だ。この先が楽しみで仕方ない。思わずニヤリと口角が上がってしまう。
だって、この私に超えられない壁などないのだから。どんな壁だって、軽々と超えてやるさ。
それだけのポテンシャルが私にはあると、知っている。


「(この私の人生に、“受難”なんてものは・・・ない!)」


そう意気込む私は、まだわかっていなかったのだ。
プレゼント・マイクの言葉の意図を。そして、かの英雄ナポレオン=ボナパルトの言わんとする真意を―――





『ハイ、スタートー!』


割り当てられた演習会場に到着して早々、なんの前置きもなく響いた合図。
制限時間は10分。敵(ヴィラン)の総数も配置もわからない状況なのだから、たったの一秒だって無駄にはできない。
強子は他の受験者たちが反応するより一足早く、脚力に個性を発動させて模擬市街地へと駆け込んだ。


「ぅわ!なんだァ!?」


強子の加速により生じた風圧を受けて、近くにいた何人かが尻餅をついて倒れた。
だが、そちらを振り返っているヒマなどない。
構わずまっすぐにつき進むと、数体の仮想敵がまとまっているのを見つける。
グッと足に力をいれて踏み込むと、頭上高くまで、ものすごい勢いで跳びあがった。
そのまま仮想敵までいっきに距離をつめてから、


「・・・まずは景気づけにッ」


数体の中でも一番大きな機体をめがけて、思い切り足を振り落とした。
ズドンっと、まるでトラックの衝突事故でもあったかのような衝撃音があがる。
それは僅かな一瞬のできことだった。
しかしその一瞬の後には、強子の踵の下に、ボディに大きなへこみができた仮想敵が、シュウシュウと煙を上げ崩れていた。


「3ポイント、ゲット!」


行動不能になった仮想敵を見下ろして、にっかりと笑う。
ほらね、やっぱり楽勝だった。この勢いで、他の仮想敵もちゃっちゃと倒し―――


BOOM!BOOM!BOOOOM!!


突如、強子のすぐ近くで連続的に爆破音が響いた。
その熱と風圧に、本能的に両腕で顔を防護してしまう。
爆発音が止んだところで、強子が腕の隙間からのぞき見ると、その状況にハッと目を見開いた。
先ほどまで近くにいた数体の仮想敵が、全滅している。しかもその仮想敵は、容赦なく爆破され、原型もなく、鉄くずのごとく転がっていたのだ。


「・・・これで、5ポイントだ!」

「は!?」


そう言われて、仮想敵の残骸を見れば、確かに5ポイント分が倒れているように見える。
信じられないが、こんな一瞬のうちに軽々と、強子のポイントを彼に超されてしまったらしい。
というか、目の前にいるつんつん頭のつり目の少年を見て、ごくりと唾をのんだ。
その凶悪な顔だとか、威圧的な態度とかにビビったわけではない。ただ、こんなところで会うとは思っていなかったから、戸惑ってしまった。


「おい、あれバクゴーじゃね?ほら、ヘドロの!」


出遅れて後ろからやってきた、モブ受験生たちの誰かが言う。
先ほどのプレゼント・マイクのアナウンス中に、飯田や緑谷の存在は確認していたので、“彼ら”と強子が同学年であることはわかっていた。
ただ、爆豪勝己と実技試験の会場が同じになるとは、想定していなかった。
こんな急に、目の前に彼が現れたら、戸惑うのも仕方ないだろう。

おまけに彼は、さっさと次の仮想敵を探しにいけばいいものの、なぜか強子を親の仇を見るかのように睨みつけたまま動かない。


「(なんか、嫌な、予感が・・・)」

「俺の前に立つ奴は・・・全員ぶっっっつぶす!!」

「ひっ!?」


ぎらぎらと血走った目を吊り上げ、歯ぐきが見えるほどに口をひん曲げて笑う、その凶悪な形相。強子は声を漏らして固まった。
その様子に満足げにフンと鼻をならすと、彼はその場に背を向け、仮想敵の集まっている場所へ素早く向かっていった。
一人残された強子も、ふと今が試験中だったことを思い出すと、慌てて仮想敵を探し始めた。





―――のだが、


『終了〜!!!!』


試験終了の知らせ。それと同時に、強子はがくりと膝を折って、その場に崩れた。


「な、な、な・・・これで終わりだなんて・・・そんな、まだ私は・・・!」


青ざめた顔で、わなわなと震える彼女は、思いつめた表情で自身の両手を見つめる。


「おい、怪力女。てめーポイントいくつだ」


挑発的な笑みを携えた爆豪が言う。
まわりに強子以外の受験生はいないので、おそらく怪力女とは強子のことを指しているのだろう。
渋々と彼の方を振り向けば、ある程度の答えは予想できているのだろう。余裕綽々といった様子で笑みを浮かべて強子を見下ろしている。


「・・・33だけど」

「ハッ!勢いよく飛び出してったわりに、大したことねえな」


強子はキッと視線を鋭くすると、腹立たしい笑みを浮かべている彼を睨みつけた。


「あんたが邪魔したからでしょ!?あんたがいなければ、私はもっと・・・!」


先の実技試験、強子が倒そうと狙ったターゲットのほとんどは、強子が手を出す直前に、彼によって爆破されてしまったのだ。
偶然とは思えないほど、ことごとく彼に先を越されっぱなしだった。それはもう、強子を狙って妨害していたとしか思えないほど。
どうやら、彼の言った「ぶっっっつぶす!!」という言葉は、おどしではなく、本気だったらしい。
そして、彼が派手な爆破で仮想敵を倒すことで、目立つ彼のもとに他の仮想敵も寄っていくため、さらにターゲットが独占されていくという悪循環。
その環境でよく33ポイントも稼げたと、むしろ褒めてもらいたい。

もしこれで不合格になったら、間違いなく爆豪のせいである。
というか、強子の得たポイントを考えると、マジで落ちている可能性が高い。
この状況で、奴に腹が立たないわけがない。
転生前は爆豪勝己というキャラクターを好きだったはずだが、今はそんなことも忘れ、目の前のいけ好かない“邪魔モノ”を睨みつけた。


「あんたが私の邪魔しなければ・・・!」

「なぁ、お前・・・そりゃ前提として間違ってんだろ」

「・・・は?」

「“俺がいなければ”もっとポイント稼げた?ふざけんな、俺はトップヒーローになるんだよ。つまり、てめーがヒーロー目指す限り、てめーの道の前には常に俺がいるっつうことだ」


鼻につく笑顔を消して、今度は真面目な顔で冷静に告げる彼に、強子は虚をつかれた。
いったい何のつもりだと、彼に対する腹立ちを忘れて、彼の言葉の続きに耳を傾ける。


「ええと・・・?」

「ヒーローになるなら、俺と同じ土俵でどうすりゃ戦えるかを考えろや」


強子は口を噤んで、彼の言葉の裏を読み解こうと、彼の表情をじっと見つめる。
爆豪と同じ土俵、それは―――


「・・・つっても、77ポイントの俺とじゃ実力差がありすぎて無理か。お前、合格圏内から外れてんじゃね?」


そして再び人を見下すような笑みを浮かべた爆豪に、強子も再び青い顔になって、わなわなと震え出した。
そうだった。強子のポイントはたったの33ポイント。
この試験、レスキューポイントも加算されるはずだが、たいした救助行為もしてないので、そちらもあまり期待できそうにない。


「うぅ、最悪の気分だ・・・!!」


こんな気分になったのは・・・身能強子の人生で、はじめてだ。

本気でやっても敵わない相手がいるという、はじめての挫折。

それでも、どうにかして勝ちたいと思うのに、戦う機会すら与えられないかもしれないと、はじめての絶望。

雄英の実技試験こそ、身能強子にとってはじめての『受難』であった。










==========

爆豪なら、目ざわりな存在がいれば、本気でつぶしにかかると思うのです。
彼の目にとまってしまった夢主ちゃんは災難でした。


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