関係 ※緑谷視点

麗日と飯田とともに昼食をとりながら、緑谷は固い表情で言葉を漏らした。


「いざ委員長やるとなると、務まるか不安だよ・・・・・・」

「ツトマル」

「大丈夫さ」


朝のHRで、学級委員長を決める投票を行った結果、緑谷が委員長という大役を担うことになったのだ。
不安を吐き出す緑谷に、麗日も飯田も自信をもって激励を送る。


「緑谷くんのここぞという時の胆力や判断力は“多”をけん引するに値する。だから君に投票したのだ」

「(君だったのか!!)」


自分に投票した一人が飯田であったことに驚きつつも、そういえばと記憶をさぐる。


「あれ?でも、飯田くんにも一票はいってたよね?」

「ああ・・・確かに、俺に一票が投じられていた。誰が入れたかはわからない。だが・・・俺を信じ、投票してくれた人物には、本っ当に申し訳ないことをしてしまったッ!」

「「え?」」


固く握った拳を震わせ、悔しそうに顔を歪める飯田に、緑谷も麗日もポカンとする。


「俺が不甲斐ないばかりに、一票しか獲得できなかった。その結果、俺に投票した一票を無駄にすることとなってしまった・・・!だとすれば俺は、その一票を投じた相手に、どう詫びればいいのか!どうすれば赦されるのか!」


真面目すぎる飯田に思わず感嘆する。
自分に投票した、誰かもわからない相手のために、ここまで頭を悩ませられる人、他にはいないだろう。


「わっ!見てみて!」


ふと、後ろから聞こえた声に、緑谷の意識がそちらに向く。


「すっごいイケメン発見!」

「本当だ!!・・・あ、でも女子と一緒に食べてるっぽいね」

「・・・っ!?」


なんとなく、見知らぬ女子たちの視線をたどった緑谷は、瞠目した。
イケメンと噂されていたのは、同じクラスの轟だ。そして、その向かいに座っているの女子というのは・・・身能強子であった。
彼女をみて、反射的に緑谷の心拍数があがる。
実を言うと彼女に関しては、緑谷にとっては色々と思うところがあった。どうにも、彼女のことになると、胸中おだやかではいられないのだ。
できれば彼女の話題はよそでやってほしいと思うが、そんな緑谷の心情など知る由もなく、女子たちはさらに会話を続けている。


「ってか女子のレベルも高っ!美男美女かよ!」

「お似合いのカップルって感じ!?羨ましい〜」


身能の容姿は、同性からみてもやはり評価が高いらしい。さすがだ。
というか、女子の会話の中に聞き捨てならない単語が聞こえ、緑谷は目をかっ開いて噂の二人を見やった。


「(ええ!?か、か、カップルって・・・!え、そうなの!?)」


はわはわと一人で動揺してしまう。緑谷の挙動を不審に思った麗日と飯田も彼の視線の先を見やり、噂の二人を視界にとらえた。


「あ、身能さんと轟くんだ」

「意外な組み合わせだな。あの二人の仲はどちらかというと険悪なのかと思っていたが」

「そ、そうだよね・・・」


あの二人が教室で静かな口論を繰り広げたことは、クラスじゃ有名な話だ。
轟の馴れ合いはいらねえ宣言に対し、ヒーロー目指すなら私のこと助けろよ宣言をした身能。
その後の戦闘訓練で、互いに容赦なく叩きのめしあったこともあり、二人は犬猿の仲だとすら噂されていた。


「でも、仲良さそうやね」

「うむ。身能くんにいたってはあんな嬉しそうな笑顔だぞ」


確かに二人を見てみると、いい雰囲気だ。昼食を頬張る身能はふわふわとした笑みを浮かべ、轟の表情も、いつもよりどこか穏やかなものに見える。
まさかあの二人、本当に男女としての関係を・・・


「(いやでもこれ、マズいんじゃ・・・!?)」


緑谷の頭に浮かんだのは、一人の幼馴染だ。
その幼馴染は、圧倒的な力を誇る轟に、ばりばりライバル意識を燃やしている。
そして彼が、ライバル意識だけでなく、憧れのようで、それとも違う・・・きっと彼の中でも“特別”な感情を抱いている相手・・・それが身能である、と、緑谷は考える。
その感情の正体がなんなのか、緑谷に詮索する気はない。あの二人の関係を変に勘ぐるだけでも馬に蹴られそう・・・いや、爆破されそうだ。
ただ、一つ確信していることがある。轟と身能の二人が美男美女カップルだとか囃し立てられるのを、彼が知ろうものなら・・・


「(かっちゃん、絶対にぶち切れるよっ!!)」


緑谷がそんな若干ずれた方向に焦りを覚えていると、校舎に警報が響きわたった。
セキュリティ3が突破されたというアナウンスに、食堂はパニックに陥り、誰もが我先にと出入口に向かって駆け出した。出入口の広さなんてたかが知れているので、食堂の出入口付近は押し寄せる人の波でごった返してしまう。
緑谷も群衆に押され、抗うこともできず流されていくと、たどり着いた先に、壁と轟の間に挟まれている身能がいた。


「!?」


二人の距離の近さに、唖然として声も出ない緑谷。
もし自分が異性とそんな距離に近づいたとしたら、耐えきれずに発狂しそうだ。
・・・だが、さすがはクラスでもトップを争う強者の二人。何てことないような平然とした態度で、静かに人の波が引くのを待っているようだ。す、すごい・・・!
思わず感心していると、彼らが何やら会話しているのが緑谷の耳に聞こえてきた。


「お前、誰に投票したんだ?」


その状況でよくそんな世間話できるなと衝撃を受けつつ、そういえば、彼女には一票も入っていなかったと思い出す。
学級委員長とか、そういうポストに飛びつきそうな性格に思うが、意外にも自分に票を入れなかったのか。となると彼女が誰に投票したのか、非常に気になる。
聞き耳はよくないと思いながらも、息を押し殺して二人の会話に耳を傾けた。


「飯田くんだよ」


なんと、飯田に投票した一名がこんなところにいた。
そして飯田に投票した人物が彼女だとは、意外だった。彼女は決して飯田と仲がいいわけではない。むしろ、彼女は飯田から説教を受けたこともあるし、いい印象を持っていないかと思っていた。


「だって彼ほど規律を重んじる真面目な人、他に知らないし。入学初日に私と爆豪くんの口論の仲裁したんだよ?今思うとすごいよね」


彼女の言葉に、緑谷は思い詰めた様子で、口を噤んだ。
改めて、彼女のすごさを思い知る。
彼女は、他者の“優れた部分”をよく見ている。自分より相手が優れていることを認め、相手を警戒するから適切に対処できる。それと同時に・・・必要に応じて相手を頼ることにも躊躇しない。
彼女のこういうところは、爆豪にはない長所だ。基本的に他者に興味のない爆豪にはとてもできないことだろう。

暫くして、飯田の活躍により食堂でのパニックは落ち着きを取り戻してくる。流されていた緑谷を見つけた麗日も、緑谷のもとへやってきて合流できた。


「デクくん、大丈夫!?」

「う、うん!なんとか・・・!」


彼らも無事だったろうかとチラリと視線をやり―――途端に、緑谷は顔を真っ赤に染め上げた。
緑谷に、その絵面は刺激が強すぎた。
身能と轟の二人は・・・ピッタリと、いや、もうグイグイと密着していた。ほぼ抱き合っている状態で、くっつくというか、絡み合っている。
不可抗力だろうことは察しがつくが、それにしても、これは目に毒だ。
当事者の二人も、さすがに顔を赤くしている。轟は普段のクールな表情を余裕なく歪めていて、どうにか彼女との距離を保とうとするが、それも叶わず、困ったように眉を下げていた。それでも、轟はすごい・・・そこにいるのが緑谷だったら、色々耐えきれず、とっくに失神していただろう。

とにかく、こんな二人の姿は、見なかったことにしよう。忘れるんだ!
この出来事が爆豪の耳に入らないように。何もなかったことにしてしまおう。

そう決心した緑谷がふと隣にいた麗日を見ると、顔をかぁっと赤く染め上げていた。彼女も、轟と身能の扇情的な姿を見てしまったのだろう。赤い両頬をぱちりと両手で覆ったかと思うと、彼女はふわりと無重力になって浮き上がった。
宙に浮きあがる彼女に、自然と近くにいた生徒たちの視線が集中した。


「ふっ・・・」

「(ふ?)」

「不純異性交遊やぁー!!」

「・・・麗日さあああん!?」


ギョッと目を剥き、彼女の名を叫ぶものの、時すでに遅し。
当然ながら、彼ら二人の姿はものすごく注目されてしまった。他科や他学年の人たちにも“食堂で不純異性交遊にいそしむ美男美女カップル”として、好奇の目にさらされてしまった。
もちろん、1−Aのクラス中に、身能と轟の身に起きたハプニングはすぐに知れ渡った。つまり・・・爆豪の耳にも届いたわけで、


「チッ・・・クソ痴女が!!」


予想通り、ものすごく機嫌が悪くなった爆豪に戦々恐々としながら、早く怒りがおさまるよう祈りつつ、静かにやり過ごす緑谷だった。












「緑谷少年、君・・・身能少女とは親しくないのかい?」


ヴィラン襲撃の直後、保健室で治癒を受けていたところ、ふいにオールマイトから問われた内容に、ぎくりと体を硬直させた。
だから、彼女の話題は心臓に悪いからやめてほしいというのに・・・。
それもまさか、オールマイトの口から彼女の話題をふられるとは。まったく予期していなかった。


「君と彼女が話すところをあまり見かけないが・・・」

「え、えっと・・・それは、その・・・!」


言いよどみ、明確な答えを返せずにいる緑谷に、オールマイトは顎に手をあてた。


「・・・正直、意外だな。君、ああいうタイプ好きだろう?」

「ヒェ!!?す、すす好・・・!?」

「ああいうタイプの“ヒーロー”をさ」

「あっ、そういう意味でしたか・・・!」


ドクドクと煩い胸元を押さえ、肩の力をぬいた。
緑谷が身能を“異性として”好きだなんて、畏れ多いことこの上ない。例え話だとしても、口にすることすら憚られる事案だ。
・・・だが、確かに“ヒーローとして”で言えば、間違いなく身能は緑谷のストライクゾーンど真ん中だ。それは認めよう。


「シンプルだけど強い個性、負けん気の強い性格、機転が利いて行動力もある・・・いかにも君が憧れを抱きそうな相手だと思ったんだが」

「それはっ、オールマイトのおっしゃる通りで・・・!身能さんには憧れる部分がたくさんあります!ありすぎるくらいですッ!!」


そう、彼女は憧れの存在なのだ。
緑谷のこれまでの人生で、憧れの対象としてきた身近な存在――爆豪勝己よりも、目標にしたいと思える、そんな相手なのだ。その爆豪勝己でさえも、彼女に憧れを抱いているようだし。
・・・これは余談だが、USJでのヴィランとの戦闘で、身能が脳無の攻撃から爆豪をかばう場面があった。身能は気づいていないようだが、彼女に助けられた後、爆豪は屈辱を覚えた様子で彼女を睨みつけていた。きっと、憧れを抱くと同時にライバル視する相手に助けられたことが、彼のプライドを傷つけたのだろう。
苛立ちを募らせた爆豪のことだ。近いうちに彼女に喧嘩を売って正面衝突・・・なんてこともあるかもしれない。


「・・・僕も、彼女には憧れてます。けど、」


表情を曇らせ、緑谷は顔を俯けた。


「・・・だからこそ、それ以上に!彼女には“負けたくない”って気持ちが先行してしまう」


彼女の幅広く豊富な知識と、そこから生み出される予測力。的確な判断力。豪快に突きすすむ行動力。まわりの人たちを惹きつける魅力。そして何より、勝利を渇望してどこまでも、がむしゃらにぶつかっていく執念。
純粋なパワー勝負なら緑谷の方が威力は上だろうが、そのパワーを扱えきれていない緑谷は、代償に大ケガを負う始末だ。
こんなんで、彼女相手に敵うわけない。
彼女と1対1で勝負したことなんてないけれど、彼女と戦って、緑谷が勝てるイメージが全くわかないのだ。


「彼女に、勝てる気がしない・・・!だけど、彼女に負けたくない!彼女にだけは、勝たなくちゃいけないんだ!!こんな矛盾した気持ちを抱えたまま、身能さんとうまく話すなんてとても出来なくて・・・」


劣等感と、羨望と、焦燥と、いろんな思いがごちゃ混ぜになって、彼女とまともに会話できないのだ。
彼女も緑谷に対して自発的に話しかけてくることはなかったため、気づけば・・・不仲ではないものの、ろくな会話もない、ぎこちない関係になってしまった。クラスメイトなのに・・・。


「・・・でも、わかってるんです。彼女のことを超えないといけないってことは。僕と個性がダダかぶりな上に、僕よりもずっと先を進んでいる彼女を・・・僕は、超えていかなきゃダメなんだって!!」

「・・・んん?」


緑谷の言葉を聞き、首をひねって黙り込むオールマイト。
何か、間違ったことを言っただろうか?びくびくしながら、彼の反応をおとなしく待つ緑谷。


「君と身能少女の個性が“ダダかぶり”だって・・・?そう言ったかい?」

「は、はいっ、言いました!」


慌てて緑谷が肯定すると、一瞬の間の後・・・オールマイトはブハッと吐血しながら笑い声をあげた。


「君が何故そこまで身能少女をライバル視するのかと思えば・・・なんだ!そんなことだったのか!」

「そ、そんなことって・・・!」


真剣に話しているのに笑いとばされ、緑谷は抗議しようと口を開いたが、オールマイトがそれを手で制する。


「確証はないけど・・・私の見たかぎりでは、身能少女の『身体強化』と『ワン・フォー・オール』は、本質的に異なるタイプの個性だよ」

「え!?そうなんですか!!?」

「まあ、彼女の個性の使い方は、あえて私に似せているフシもあるからな。個性が似ていると勘違いするのも致し方ない」


彼女と自分は、同じパワー強化型の個性だと思っていた。
けれど実際には、本質的に異なる個性?しかし、それはいったいどういう―――


「実を言うとさ、彼女・・・雄英の入試で不合格になりそうだったんだけど・・・」


彼女の個性についての考察をいったん止め、オールマイトの言葉に耳を傾ける。
補欠入学というくらいだから、ぎりぎりのラインで合格したのだろうことは誰でも想像がつく。なぜ彼女ともあろう人がぎりぎりの成績になったのかは、未だに不明だが。


「・・・私が校長に直談判して、無理やり補欠合格ってことにして入学させたんだ」

「エッ!そ、そんな経緯があったんですか・・・!?補欠合格なんて過去に一度も聞いたことがないし、どうして今年はそんな制度があるのかと思えば・・・そうか、オールマイトがからんでいたんですね!」

「うん。相澤くんとかにはすごく反対されたんだけどね」


HAHAHAと楽しそうに笑うオールマイトを見ながら、緑谷の頭にはただ一つの疑問が占めていた。
だが・・・聞いて、いいのだろうか。この話題はオールマイトからふってきたのだし、いいんじゃないか?答えられないことなら、きっとそう言うはずだし。
よし!そう意気込むと、緑谷はオールマイトへと問いかける。


「あの、どうしてそこまでして・・・身能さんを入学させたんですか!?」


これは純粋な興味だ。
身能の何が、オールマイトをそこまで突き動かしたのか。


「それは―――」


一度、言葉を区切るオールマイト。
続く言葉を、一言たりとも聞き逃すまいとする緑谷。
USJへ向かうバスの中でも、なぜ彼女が補欠になったのかという話題になったが、結局のところ、答えは得られなかった。
なぜ、身能は補欠合格となったのか・・・ずっと気になっていたことを、ついに知ることができる!


「それは―――じきにわかるさ」

「・・・・・・え、」


その答えに、がっかりした様子を隠しもせず、オールマイトをぽかんと見つめる緑谷。
そんな彼を見て、困ったように笑うと、オールマイトは彼の肩にポンと手を置いた。


「・・・彼女のことなら、私が語らずとも直にわかるはずだ」


煮え切らない返事に、緑谷は今までより一層、もやもやとした感情を燻ぶらせることになったのだった。








==========

本来の主人公(緑谷)と夢主が、互いに劣等感やら嫉妬心やらを刺激し合って、関係をこじらせてくれたら嬉しい。
でもそういう間柄って意外と、ひょんなことから意気投合できたりすると思います。


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