因縁の対決

正直、体育祭前のタイミングで、こんな展開になるとは思わなかった。だが、


「(これは、チャンスだ・・・!)」


強子の目は、たゆまぬ闘志に燃えていた。
入試の実技試験、個性ありの体力テスト・・・今までのところ彼に負けっぱなしであるが、今日はそれを覆す、記念すべき日となるだろう。
対人戦闘においては、ヒーロー基礎学で轟とぶつかった際に確かな手ごたえを感じたし、強子はけっして弱くない。爆豪を負かすに足る力が、強子にはあるはずなんだ!


「・・・なぜ、そこまで爆豪さんと張り合うんです?」


一緒に昼食をとっていた八百万に急に問われ、え、と動きをとめた。


「強子さんがムキになって喧嘩をされるお相手は・・・爆豪さんくらいではありませんか?以前に轟さんとも険悪な雰囲気になりましたけど、喧嘩というほど大事には至りませんでしたし。ですから、私は以前より疑問を抱いていました。強子さんと彼との間には、特別な何かがあるんですの?」


箸をとめて、心配そうに強子を見つめる八百万。
強子は目を瞬かせて彼女を見つめ返した。


「本来、互いに理性をもってきちんと話し合えば、喧嘩なんて必要ないものでしょう。それなのに、強子さんも爆豪さんも、感情のままに衝突してばかり。そのうち喧嘩の度が過ぎて、どちらかが怪我をするようなこともあるのではと思うと・・・とても心配ですわ」


ああ、強子はまた彼女に心配をかけてしまったようだ。そんな自分が不甲斐ない。
けれど・・・


「爆豪くん相手には、引きたくない・・・引けないんだよ」


そう。あいつ相手にだけは、引き下がるなんて出来ない。あいつを相手にすると、感情をコントロールできなくなるんだ。


「あいつとは、因縁があるからね」

「因縁、ですか・・・?」


八百万はこてんと頭を傾けて、頭に疑問符を浮かべている。その様子に、彼女になら話してもいいか、なんて気持ちになって強子は語る。

入試会場での、彼との最悪な“出会い”を。
そして、彼に妨害されたせいで、試験が散々な結果に終わったことを。
強子が補欠入学となった所以である。強子が負けず嫌いになった所以でもある。


「―――・・・そんなことがあったなんて!絶対に許せませんわ!!」


語り終えると同時、彼女はぷりぷりと可愛らしく怒ってみせた。


「入試という、すべての受験者へ平等にチャンスを与えられるべき場で・・・特定の誰かを妨害するなんて、許されるはずがありませんっ!」

「ははは、だよねぇ」


明らかに強子だけを狙って妨害行為を働いた爆豪。奴に対して怒りを感じた強子の感覚は間違っていなかったのだと、八百万の共感を得て、改めて思う。
やはり、誰だってあいつに怒りを感じるだろう。あいつにムカついて仕方ないだろう。


「強子さん、これは笑いごとではありません!補欠でも合格したからいいものの、これで不合格になっていたとしたら、学校に抗議すべき案件ですわ!」

「へ、抗議?」

「ええ!そうですとも!人の一生を踏みにじるような、その方の未来を閉ざすような行為です!彼は普段から傍若無人な態度ではありますが、まさかそんな卑劣な方だったなんて!もうっ、許せませんわ!!」


思った以上に八百万の反応がよくて、少し圧倒される。
そんな引き気味な強子の肩をぐわしと掴むと、彼女は必至な表情で告げた。


「この因縁の戦い・・・必ず勝ってください!!今こそ因縁を晴らしましょう!私、心から強子さんを応援いたしますわ!」


自分以上にアツくなって、強子のために怒ってくれる彼女に、強子は笑みをこぼした。
彼女の言う通り、そろそろこの因縁に決着をつけよう。この好機に、爆豪勝己を負かしてやろうじゃないか。









その日はあっという間に放課後になった。
相澤に引率され、決戦の場となるトレーニング場へ向かう強子と爆豪を、クラスメイトたちは神妙な顔で送り出す。
クラスの一部は強子たちの勝負を観戦したいと申し出たのだが、「そんな暇あったらお前らもトレーニングしろ」と相澤に一蹴され、大人しく引き下がった。八百万なんて、わざわざ応援団幕まで用意してくれていたのに。

となると、二人の戦いにギャラリーは無し。
相澤の監督下ではあるが、彼が下手に口出ししてくるとも思えないので、つまり、この戦いは・・・一切の邪魔も助けも入らない、正真正銘、1対1のガチバトルなのだ。

相澤に連れられてきたトレーニング場は、模擬市街地の演習場だった。
まったく、なんという巡りあわせだろうか。おそらくここは、入試のときと同じ演習場だ。
爆豪との因縁の始まりの場所で、彼との因縁に決着をつけれるなんて、少し出来すぎてるんじゃないかとも思う。

演習場の中心付近、少し広い通りが交差する場所までやってくると、相澤が口を開いた。


「お前らにはこの模擬市街地で戦ってもらう。合理性を考えれば、この前の戦闘訓練の反省点を活かせるよう、屋内戦をやらせるべきなんだが・・・」


戦闘前の二人を横目で見れば、二人は今すぐにでも互いに殴りかからんばかりに、血をたぎらせ、ぎらぎらと殺気に満ちた目で相手を威嚇している。
その二人の様子に、相澤はため息をこぼした。


「おそらく、お前らは屋内だけじゃ暴れ足りんだろうからな。この市街地で自由に戦っていい。ただし、無駄に街を壊すな!損壊は最小限にとどめるように」

「・・・はい」

「・・・っす」

「それから、ルールだが・・・“相手を行動不能にする”か“相手が降参する”ことを勝利条件とする」


強子は相澤の言葉を頭の中で反芻し、なるほど、と納得する。
そのルールは、体育祭のトーナメント戦とほとんど一緒である。市街地内を自由に動けるので「場外」の負け判定はないが、それ以外はまるっきり体育祭と同じだ。
もしや相澤は、強子たちに体育祭の模擬戦をさせるつもりなのだろうか。これはこれで合理的といえる。


「・・・準備はいいな?」


相澤が二人から距離をとった所で、二人を交互に見やった。
強子と爆豪の二人は、数メートルの間隔をあけて、互いに向かい合う。
ついに、互いの全身全霊の、真っ向勝負が始まる。互いのプライドをかけた戦い。どちらの実力が上か、これではっきりする。
いやに心臓の音がうるさい。だが、この高揚感は嫌いじゃない。
自然と強子の口角があがると同時、爆豪もニタリと凶悪な笑みを浮かべた。きっと彼も強子と同じような心情なのだろう。
この戦いが、楽しみで仕方ない・・・!!


「それじゃ、戦闘開始!」


相澤の掛け声と同時、爆豪が手のひらで爆破を起こす。爆破の推進力で強子との距離を一瞬でつめてくる。彼のスピードはさすがのものだ。
だが強子は、爆豪のさらに上・・・脳無のスピードにすら追いつく反応速度である。
爆豪が強子の手の届く範囲に到達した瞬間をねらって、彼めがけて拳を振りぬく。
しかし、強子の攻撃を予期していたかのように、それは難なくかわされた。そのまま爆破の力を器用にコントロールし、空中で身体の向きを変えると、彼は再び強子に向かってくる。
その精巧な技術に強子は舌を巻きながらも、今度は足を振り上げる。
ねらうのは、彼の上半身・・・というより、上腕より高い位置がいい。ボディーなど、手が届く範囲をねらったところで、奴の反応速度なら強子の足を掴んでくるだろう。
轟との戦いで足を氷漬けにされ、学習した。手が攻撃のベースになる奴が相手なら、そう簡単に触れられないように攻撃を仕掛けるべきなのだ。
強子は素早い蹴りを繰り出して、爆豪の頭部に一発入れる。


「ッ!」


蹴りが入った衝撃で、彼の息が一瞬とまる。
―――なんて、自分の攻撃が入ったことを確認している場合ではなかった。
頭に蹴りを入れられ、身体のバランスをくずしながら、彼はその手の平を強子の脚部に向けると、盛大な火力で爆破させたのだ。


「うっ!」


爆破の衝撃が、ビリビリと熱く強子の足を襲う。
一旦バックステップで彼との距離をとると、息を整える。
そうだ、彼の個性は爆破。爆破の衝撃は“触れていなくても”相手に届く。触れないように気を付けるだけじゃダメなんだ。彼の爆破の範囲に入らないようにする必要があったんだ。


「・・・クソ、痛ぇな」


苦々しく呟くと、口の中の血をペッと吐き出した。
そりゃ痛くしたのだから当然だ。というか、口の中が切れるだけで済むような威力じゃなかったはず。あの一発で、脳震盪を起こさせて勝つつもりですらいたのに。
思ってた以上に、爆豪のダメージが少ない・・・?


「完全には避けきれなかったが・・・思った通りだ。てめぇの蹴りは俺のアタマを狙うと思ってたぜ」

「!?」

「半分野郎との戦闘で、あいつが反撃できなかったのは、顔面ねらいの蹴りだけだったからな。となるとお前は、俺の爆破対策でも同じとこ狙うよなァ!?」


強子の動きが読まれていたことに面食らう。攻撃を先読みして、ダメージを軽減するよう回避していたなんて。
爆豪は自分の読み通りだったことがよほど嬉しいのだろう、勝ち誇ったような腹立たしい笑みを浮かべている。
そして、彼はこの戦いに勝機を見出したのか、いっきに攻勢にでてきた。
怒涛の勢いで繰り返される爆破に、強子はひたすら避けることしかできない。
反撃に出たくとも、ポンポンと爆破で推進力をつけて、強子のまわりを自由自在に飛び回りながら攻撃をしかけてくるのだ。避けるだけで精一杯である。
彼の動きを読み、彼の射程範囲からなんとか避けるが、それでも何発かは避けきれず、強子の身体のあちこちに火傷、裂傷、打撲など、ダメージを重ねていく。

このままでは、まずい。防戦一方で勝てる戦いなどあるものか!
強子は爆豪のほんの一瞬のすきをついて、彼から距離をとるよう駆け出した。もちろん、彼もすぐに追いかけてくるが・・・追いつくより早く、強子は模擬市街地に設置してある、道路標識へと手をのばした。


「?」


怪訝な表情になり、爆豪は警戒から動きを一瞬とめる。
何ごとかと見ていると、なんと彼女はその標識を・・・引きちぎった。
金属製のそれを、野草を引きちぎるような感覚で手にとった彼女。その常軌を逸した光景に、爆豪は思わず顔を歪めた。


「・・・おい、無駄に街壊すなって言われたろ」

「あとでちゃんと元の場所に戻すよ・・・あんたに“勝った”あとでね!」


その標識を担いで、彼女は爆豪の目の前まで一瞬でつめより、彼めがけて思いっきり標識を振るった。
ブオッと風を切る音とともに高速で振るわれる標識に、爆豪は爆破で空中に飛んで、かろうじて避ける。
だが、すぐに強子はまた標識を振りかぶって、爆豪に追撃を繰り出す。
その姿はまるで、虫取り網を振りまわす子供みたいに、無邪気で、単純な拙い動きであったが・・・スピードも、パワーも、驚異的なものだ。一発でもまともにくらえば、この戦いは一気に強子の優勢となる。
それを爆豪も解っているのだろう。攻撃をしかける余裕はなく、回避に専念している。それでも、何回かは標識が彼の身体を掠り、少しずつだが着実に彼にダメージを与えている。


「・・・チッ」


爆豪は苛立ちを隠そうともせず舌打ちすると、ひときわ大きな爆破を起こし、強子から離れるように後方へと飛んだ。
強子としては彼との距離をつめて追い打ちをかけたかったが、その爆風と煙幕に邪魔され、足止めをくらう。
煙幕がはけてきたところで、ようやく見えた彼の動作に、強子はあることに気付いた。
彼は、自身の腕につけている手りゅう弾のような形の籠手に、手をかけようとしているのだ。


「!?」


それは、戦闘訓練の緑谷戦でも見せていた攻撃だ。
籠手の内部に溜めた彼の汗を一気に起爆することで、特大級の爆発を起こす。これこそ、まともに食らえば致命傷は免れない。
緑谷戦の時のように屋内戦であれば“愚策”と称されるほどの大規模な攻撃だ。
だが、今回は屋内戦ではない。彼の攻撃は、正当な策略として許容されるものとなる。これを止める理由などない。


「(ヤバい!避けるか!?いやでも・・・!)」


彼の攻撃を避けることができるのだろうか?
緑谷戦はモニター越しにしか見ていないので、彼の爆破の範囲が実際にはどこまで及ぶかわからない。
無駄に市街を壊さないように、今二人が交戦している通りに沿って直線状に爆破攻撃が放たれるとして・・・彼の爆破の範囲が、通りの道幅よりも狭いという確証がない。
爆破の範囲が道幅より広ければ、強子に逃げ場などないのだ。どうあがいても、爆破に巻き込まれる。
となると、安易に回避の選択肢をとるのは憚られる。
どうしたものかと焦る強子は、じわりと嫌な汗が出るのを自覚する。
なにか、何かないのか!?この状況を打破するための方法は!
鋭い視線を走らせる強子の視界に、あるものが飛び込んできた。


「(これなら・・・!!)」


強子は瞬時に判断すると、手に持っていた道路標識を投げ捨てた。
それと同時に、強子に向けて、爆豪の籠手から特大の爆発が放たれる。
強子が恐れていたとおり、特大級の爆破は、道幅よりも広い範囲に及んだ。通りに面した建物の外壁が、爆破の威力で削られていく。
そしてその特大爆破が、通りの真ん中にいた強子をも飲み込んだ。


「・・・勝負ついたか」


爆破を放ったとき、彼女がいた場所はもろに爆破の範囲の中心だった。つまり、最も爆破の威力が強い位置ともいえる。屋内戦なら、壁に身を隠すという手段もあったろうに、通りの真ん中にいたんでは、身を隠すものなんて一つもない。これで無事であるはずがない。
ほぼ自分の勝利を確信しながら、けれど警戒は怠らず、爆発の煙幕が晴れるのを待つ爆豪。
やがて煙幕が晴れていく中、彼女の姿を視界にとらえると、爆豪は目を見開いた。


「!!」


通りの真ん中にいた彼女は、マンホールの蓋を掲げており、その後ろに身を隠して爆破を凌いでいた。
模擬の市街地とはいえ、道路標識もあるなら、マンホールもある。
だが、それを盾に使うとは、爆豪も予想だにしていなかった。マンホールの蓋なんて数十キロもあるのだから、人力で取りはずすものでもなければ、手に持って扱うものでもないだろう。

煙幕が晴れるのを待っていたのは、なにも爆豪だけではない。
強子は煙幕が晴れていく隙間から爆豪をとらえると、手に持っていたマンホールの蓋を・・・爆豪に向けて、フリスビーのように回転をかけて投げた。
重さ数十キロの鋳鉄製のフリスビーを、数十キロの速度で投げるのだ。当たれば致命的な攻撃。それをねらい定めて、放つ。これで爆豪の骨が何本折れようが、内臓がつぶれようが、きっとリカバリーガールが治してくれる。彼が怪我を負うことなんて、気にしなくていい。
強子が考えるべきなのは、如何にして彼に打ち勝つか、だ。


「っなめんなァ!!」


飛んできたマンホールの蓋を、爆豪は足で上から踏みつけ、その勢いを殺すとともに地面に落とした。
彼の動体視力、反応速度、パワー、戦闘センスの秀逸っぷりが垣間見える動きである。
今の攻撃は結構自信があったのだが、さらりと防がれたことに苛立つ。次こそは爆豪に攻撃をぶち込んでやろうと、強子は全速で駆け出した。
それにつられるよう、爆豪も強子に向けて、爆速で急接近する。


「今度こそ、てめぇをぶっつぶす!!」

「それはこっちのセリフなんだよなぁ・・・!」


強子に初めての“挫折”を与えたのは爆豪だ。強子に“勝てない相手がいる”という事実を、気が遠くなるほど“高い壁がある”という事実を突きつけたのは、爆豪だった。
その爆豪に、今、勝つのだ。今度こそ、勝つのだ。

正直、ここまでの二人の戦いは甲乙つけがたいものだったろう。
本当の勝負は、ここからだ。
強子は改めて、『身体強化』の個性を全身に発動させる。強子の全身・・・全筋肉、全神経、全細胞をもって、彼と対峙しよう。
多少の犠牲は覚悟の上だ。爆豪の爆破は、あの籠手を使った特大級の攻撃でなければ、1、2回くらったところで、死にはしないはず。
それなら・・・次の攻撃はくらっても構わない。奴の爆破と刺し違えてでも、強子の攻撃を爆豪に確実に入れ込む。それが現段階で見える勝ち筋に、必要な一手だ。
しかし―――


「え、まさか・・・!?」


接近してくる爆豪の動きを見て、強子は顔を青くするとその足をとめた。
爆豪が再び、己の籠手に手を伸ばしたのだ。先ほどとは反対の腕の籠手。
つまり、また特大級の爆破を放つつもりなのだろう。
考えてみれば、腕は二本ある。そして籠手も二つある。特大級も二発撃てるわけだ。
どうして続けて二発目がくることを考えてなかったんだ・・・!そう自分を責めながらも、強子は焦燥する。
この攻撃は、この距離でくらったら確実に死ぬ。


「どーしたッ、降参するか!?」


強子の青い顔を見て、ヴィラン顔の爆豪が言うが・・・降参するなんてあり得ない。
しかし、どうしたものか。またマンホールを使うか!?いや、手に届く範囲にマンホールはない。
となると、回避するしかない!
むしろ、この距離の近さであれば、逆に回避しやすいかもしれない。
彼が爆破を放つ瞬間に、その手の平の向きを把握し、その直線状から外れればいいのだ。それに彼の背後にまわることが出来れば、防御だけでなく、あわせて迎撃もできるだろう。

覚悟を決め、強子は腰を落として身構える。
降参する気はなく、むしろ正面から立ち向かう気満々の強子に、爆豪は笑みを浮かべると短く笑い声をもらした。


「なら、死ねァ!!」

「(来る・・・!)」


強子の眼前までやってきた爆豪が手の平を強子に向けた。
その手に、強子は視線を集中させる。腕の動きは!手の平の向きは!爆破を放つ、籠手のトリガーを引くタイミングは・・・!
強子が神経を集中させる中、爆豪が動いた。


「閃光弾(スタングレネード)!!」

「!!?」


爆豪が籠手のトリガーを引いてもいないのに、強子の視界に、目に痛いほどの閃光が走る。
反射的に目をつぶった強子は、瞬時に理解する。籠手を使う素振りはミスリードで、その手元に強子の視線を集中させたところで、目つぶしに閃光を放ったのだ。
しかし、理解した時には、強子の顔を爆豪の手に掴まれて、そのまま地面へと後頭部を叩きつけられた。


「・・・っ!」


後頭部に強烈な痛みが走る。だが、まだ・・・負けを認めたくはない。身体が動くのなら、まだ戦える!
そう思い手足を動かそうとする強子に、爆豪は彼女の顔を掴む手にさらに力を入れた。


「まだ抵抗するってんなら、てめェご自慢のこの顔・・・爆破してミンチにしてやる」


楽しげな表情で、強子の耳元で低く囁かれたその言葉に、すっと血の気が引く。
強子は、悪あがきにもがいていた手足の力を抜き、パタリと地面に下ろした。
動きを封じられた。これ以上、強子にできることなど何もない。悔しいが・・・認めざるを得ない。


「・・・・・・・・・した」


悔しそうに、地を這うような声をしぼり出す。
その強子の様子を見下ろす爆豪が、さらに笑みを深めてた。


「ああ?聞こえねえよ」

「・・・ま、参り、ました」

「オイ聞こえねーつってんだろ!ハキハキ喋れやコラ!」

「っ参りましたァ!!(こいつ、絶対に聞こえてんだろ!)」


はらわたが煮えくり返る思いで、己の「敗け」を認めて、宣言する。
すると、爆豪はようやく強子の顔から手を放し、勝利を噛みしめるようにその手をグッと握った。


「俺の、勝ちだ!てめーより、俺の方が上だ・・・!」


戦いの結果を見れば、その通りだ。しかし、あえてそれを言葉にされると、悔しくて仕方ない。
実際、彼に文句の一つを言う気力も体力も残っていない。起き上がることも辛いのが現状で、強子は地面に横たわったまま、この屈辱に、眉根を寄せて唇を噛んだ。
けれど、爆豪の口から、それ以上に屈辱的な言葉を聞くことになる。


「お前は、俺よりも・・・デクよりも下だ!」


その言葉に、強子の思考が真っ白になる。
デク――緑谷より、強子の方が下だと?強子の方が劣っているというのか。
あんな、借り物の個性で、ちっとも個性を扱いきれていない、絶えず負傷している彼よりも強子が負けていると?
コミュ障みたいに挙動不審で、オタクっぽくぶつぶつ独り言が多くて、会話中に相手の地雷を踏みぬくような男が、強子よりも勝っているだと?


「そんなの・・・っ」


そんなのは、言われなくても・・・強子が一番わかっている。
彼の、ヒーローオタクとして蓄えてきた知識力と分析力、咄嗟の判断力と、自分のことは二の次に突き進んでいく行動力。逆境にもめげない精神力。そして何より、夢に向かってどこまでもひたむきに、何事にも努力を怠らない執念。
今はまだ、個性を扱えてないというハンデがあるけど、それもすぐに克服してくるだろう。
そんな相手に敵うわけない。
緑谷とサシで勝負したことなんてないけれど、彼と戦って、強子が勝てるイメージが全くわかない。

きっと、強子より緑谷の方が上だ。
でも、それを第三者から指摘されるなんて、最悪じゃないか。自分を負かした相手に指摘されるなんて、最悪の極みだ。
それも、誰よりも緑谷を見下し、愚弄し、蔑んできた爆豪に言われるだなんて、こんな酷なことがあるだろうか。
それに、誰よりも緑谷を警戒し、畏怖し、牽制してきた爆豪の言葉だ。これ以上に信ぴょう性の高いものはないだろう。


「っ・・・!!」


鼻の奥がつんとして、視界がぼやけてくる。声を漏らさぬようぎゅっと口を噤んで、腕で目元を覆った。
それでも堪えきれず嗚咽をもらした強子に気付き、爆豪が息をのんだ。


「お前、」

「違う、泣いてない!泣いてないからッ!!」


強子は目元を隠したまま、声を張り上げた。
これ以上、カッコ悪いところを晒したくなくて、咄嗟に見え透いた嘘をつく。せめて、もう少しうまい言いわけでも言えればよかったのだが、もうそんなことにも頭がまわらない。
もう勝負はついたのだし、早く爆豪が帰ってくれればいいのに。そう考えていると、目元にあてていた腕を、グイと引っ張られた。


「!?」


爆豪に腕をとられ、はらはらと涙をこぼす赤い瞳が、奴の視界に晒される。
彼の唐突な行為に動揺して言葉を失っていると、表情のない爆豪がぽつりと言葉をこぼした。


「・・・やっぱ似てんな、俺とお前」


はァ?
何を言い出すんだろう、この男は。
不躾にも女子の泣き顔を強引に見たことに対する謝罪はない。
そして爆豪と強子が似ているなんて言うが、二人に似ている要素なんてあったか?
考え方が正反対だと思うことはある。見た目も正反対で、天使のような強子に対し、爆豪はヴィランのようだと感じることもあるけど。


「お前、自分よりも“上”の存在が、気に食わなくてしょうがねーんだろ」

「・・・!」

「自分よりすげェ連中がいることが苦痛で仕方ねーんだよなぁ」


彼がぽつぽつと語るそれは、言われてみれば確かに、共感できなくない。
この身能強子の人生、生まれてからずっと“トップ”であり続けた。強子の育ってきた環境には、強子以上にすごい人間などいなかった。
だからこそ、雄英に入ってから、自分より優れた人たちが多くいることに、どうしようもなく焦っていたんだ。強さも、賢さも、容姿も、行動力も、それから個性も。ここには、すごい奴らがたくさんいる。


「そんで、自分より“下”だと見下してた相手に出し抜かれて、クソみてぇな気分でムカついてたんだろ」


個性把握テストで、まったく眼中になかった緑谷に、ソフトボール投げの記録で出し抜かれた時の畏怖がよみがえる。
ヴィラン襲撃の際、オールマイトのピンチに駆けつけようとして、緑谷に出し抜かれた時の辛酸を思い出す。
ああそうだ。クソみたいな気分だ。ムカついてしょうがない。


「・・・その見下す相手までかぶるとか、ほんと似すぎてて腹が立つ」


忌々しそうに呟いて、爆豪は掴んでいた強子の腕を放した。


「まあ、んなことはどうでもいいんだわ。お前がどんな奴だろうが、俺のやることは変わらねえ」


ゆっくりと立ち上がると、彼は強子に背を向けて歩き出した。


「俺はここで“一番になる”んだよ。デクも、半分野郎も、他の奴らも・・・俺が負かしてやる!目の前にいる奴ら全員を“上”から捻じ伏せて、俺がトップになってやる!!」


虚勢なんかじゃない。強い決意をもって、前を見据えて彼は言う。自分がトップになるのだと。
その言葉には、とてつもない説得力があった。


「お前もだ」

「・・・え?」

「お前のことも“上”から捻じ伏せてやる。お前が這い上がってこようもんなら、踏みつけて、蹴りおとす。何度でもだ。俺の道に、俺の視界に入ってくるなら、徹底的にやってやるから覚悟しとけ」


本当に嫌な性格していると、改めて思う。
強子より“上”の存在がいることが気に食わないことを知っていながら、自分は強子より“上”だと、あえて明言していくスタイル。煽りすぎだろ。強子のことをなめすぎだろ!


「それなら・・・ッ!」


横たえていた身体を起こすと、強子は爆豪の方へ向いて、彼を睨みつけた。


「何度踏まれようが、蹴られようが・・・地面に這いつくばっても、アンタの足にしがみついてでもッ、絶対に食らいついてやる!そんで、いずれアンタを出し抜いてみせる!!」


あんたも、自分より“下”と思っている相手に出し抜かれるのは嫌なんだろう?それなら、それを強子が実践してやろうじゃないか。


「必ず、アンタを負かしてやる・・・!」


強子も決意をもって、叫ぶ。
自分でも不思議だが、緑谷に勝つ自分なんてイメージできないくせに、爆豪に勝つ自分の姿はイメージできるのだ。
人間が想像できることは、人間が必ず実現できるって、誰かが言っていた。だからきっと、それは実現できることなんだ。

黙って強子の言葉を聞いていた爆豪が、くるりと強子を振り返った。
その表情を見て、今度は強子が息をのむ。
未だかつて、彼のこんなに楽しそうに歪んだ笑みを見たことがあっただろうか。狂気を感じるほどの、恐ろしい笑顔。ヴィランも裸足で逃げ出すような表情で、彼は口を開いた。


「ハッ・・・悪くねえ答えだ」


満足そうにそれだけ言うと、すたすたと演習場を後にする爆豪。
強子は固まったまま、彼の後ろ姿を静かに見送る。
爆豪のあの顔は・・・比喩とかでなく、本気で、強子を踏みつけ、蹴り飛ばすつもりの顔だろう。
もしかして、自分はとんでもない奴に、とんでもないことを言ってしまったのかもしれない。
今さらながら後悔しつつ、強子は力尽きたように、再び地面に寝っ転がった。










==========

個性の威力は爆豪の方が上だけど、爆破は表面的な威力なのに対し、夢主の個性は的確に急所のみを狙える。
スピードは夢主の方が上だけど、咄嗟の判断力と戦闘センスで爆豪に劣る。
そんな感じで、なんだかんだ、いい勝負だったのではないでしょうか。
・・・だから、管理人は戦闘(描写)センスが壊滅的なんですってば。

あまねく挫折に光あれ


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