着かざれコスチューム
ついに、ヒーロー基礎学の時間がやってきた。
ヒーローの素地をつくる為、様々な訓練を行う課目であり、クラスの誰もが心待ちにしていた授業である。当然強子もワクテカ状態だ。
オールマイトより戦闘服(コスチューム)を渡された後、女子更衣室でいそいそと着替えている時のこと、予想していなかったことが起きた。
「身能さんのコスチュームって、かわいいし、すごく強そうだね!」
「・・・えっ」
突然、強子のすぐ傍から声をかけられた。
入学してから、クラスメイトに話しかけられる機会があまりに少なくて、声をかけられているのが自分だと気づくのに時間がかかった。
遅ればせながら、声の聞こえた方へと振り向く。
「あ、驚かせてごめんね!私、透明だからびっくりしたよね!?」
そこには、宙に浮かぶ手袋がいた・・・ではなくて、透明だけどそこにいて手袋している彼女は、
「どもども、葉隠透です!身能強子ちゃんだよね?私ね、身能さんの席の列の一番前なんだ!だから、席はそんなに近くないんだけど・・・女の子どうしだし、仲良くしよ!」
「は、葉隠さんっ・・・」
強子は感動に打ち震えて、目元に涙をためる。
仲よくしよう――そんなふうにクラスメイトから声をかけられることが、こんなに嬉しいとは思わなかった。明るく好意的に、相手から距離を縮めてくれることが、こんなにもありがたいなんて思わなかった。
強子と席の近い者たちはことごとく強子に塩対応なため、そのギャップは凄まじい。
今、強子の心では盛大にファンファーレが鳴り響き、色とりどりの花が咲き乱れている。
「・・・うん、うん!ありがとう!!」
強子は自身の胸元に両手を添えると、涙をこぼさぬよう、天を仰いだ。
それを見た葉隠が、おかしそうに笑い声をあげた。
「身能さんてば大げさだなぁ・・・コスチューム褒められたの、そんなに嬉しかった?」
葉隠は強子のコスチュームに視線を落とした。
彼女の格好のベースは、黒のタンクトップに黒のホットパンツ。
それだけではただの私服と変わらないのだが、服の上に装備しているプレートアーマーが、その外見を“戦う者”であることを認識させている。とても強そうだ。
とはいえ、飯田のように全身を覆うフルアーマーではなく、パーツごとに装着している。
腕には、肘から手の甲にかけて籠手を。
足には、膝から足の指先までを覆うアーマーを。
そして、タンクトップの上から着けている、胸部を覆うアーマー。急所を守る目的のほか、強子の乳房が揺れることを防ぐ意味もある。走ったり激しく動くと揺れて痛いので、胸を固定できるようきつく装着できるようにしているのだ・・・戦う女子は、いろいろと大変である。
それからもう一つ、強さを象徴するものがあった。強子の肩から取り付けられている、燃えるような赤色のマント。彼女が動くたび背中にたなびいて、王道のヒーローらしさを演出していた。
動きやすさを重視しながらも、自身の防御力とビジュアルも考えられた、バランスの良いコスチュームである。
「ザ・女戦士!って感じでカッコいいよ!やっぱりコスチューム着ると・・・こう、胸にこみ上げてくるものがあるよねっ!」
「ううん、そういうんじゃなくて・・・」
褒めてくれるのはとても嬉しいのだが、強子が感動しているポイントはそこじゃない。
強子はぐすっと鼻をすすって、葉隠の顔があるだろう位置に向けて笑いかける。
「なんか・・・入学してからようやく、普通の学校生活っぽいっていうか・・・友達っぽいやりとりが出来たのがもう、嬉しくてッ!」
「ブフッ」
誰かが吹き出した。
そちらを見れば、口元と腹部をおさえて震えている耳郎響香がいる。
ポカンと彼女を見ていると、彼女は「あー、いや、ごめん・・・」と気まずそうに視線を泳がせた。
「その・・・アンタって初日からあの爆豪に突っかかっていくし、さっきも轟と言い合ってたみたいだし、いったいどんな奴なのかと思って距離を置いてたんだよね。声もかけづらい雰囲気だったから・・・。でも、いざ声かけみたら、話しかけただけでまさかこんなに喜ぶとは思わなくて、その意外性につい・・・」
耳郎はそう言うと、口元に置いた手では隠し切れないほどに笑みを浮かべた。彼女の肩は小刻みに震えている。
「だって、男子も顔負けのごりごりパワータイプで、負けん気つよいし、コスもアマゾネスみたいなナリしてんのにさ・・・なに、身能ってば、かまってちゃんなの?寂しがり屋さんってわけ?ぷぷっ・・・」
強子は無表情のまま、笑いをこらえきれていない彼女へ歩み寄ると、がしりと彼女の手を握った。耳郎は「やば、笑いすぎた?」と、焦ったようにその表情を崩す。
「・・・もうそれでいいんで、耳郎さんも私と仲良くしてください」
「どんだけ友達つくるのに必死ッ!?」
なりふり構わず距離を縮めようとしてくる強子に、耳郎が再び吹き出した。
葉隠と耳郎とともに取りとめなく話しながら、オールマイトに指定されたグラウンドへと向かう強子。
強子は堪えきれず、表情筋をゆるゆるにしてしまっている。
「(そう・・・こういうのを求めてたんだよ私はっ)」
移動授業で、クラスメイトと談笑しながら移動したりとか。
次の授業でどんなことやるのか、そんな話題で盛り上がったりとか。
「それよりさ、聞きたかったんだけど・・・身能はなんで爆豪を目の仇にしてるわけ?」
「え?」
「身能ちゃんは爆豪くんと中学違うんでしょ?緑谷くんは同じだったらしいけど。そうなると、二人に接点ってなさそうだよね」
「友達って感じにも見えないし、どういうカンケーなのかってちょっと気になってさ」
「そうそう、だから身能ちゃんに直接聞いてみよってなったんだ!・・・でも、話しかけるのちょっと怖かったから、私と耳郎ちゃんでジャンケンして・・・」
「んで、負けた葉隠が切り込み隊長としてアンタに話しかけてみたの」
強子に話しかける人を、まさかのジャン負けで決めていたとは。若干しょんぼりしたけれど、耳郎からの質問内容に気持ちを切り替える。
確かに、彼女らの疑問ももっともだ。強子の事情を知らない人から見れば、入学早々に爆豪に喧嘩をふっかけた、ちょっと怖い人という印象をもつだろう。
「あ、噂をすれば」
グラウンドを目前にしたところで、同じくグラウンドに向かっている爆豪を見つけ、耳郎が声をあげた。
後ろ姿でも、強さを前面に押し出した彼のコスチュームは、とにかく目立っていた。
「身能ちゃん、爆豪くんに声かけなくていいの?」
「え、なんで?」
むしろ、なんで彼に声をかけなくてはいけないのか。
今の強子の隣には、ようやく仲良くなれた、クラスメイトの可愛い女子がいるのだ。
それに今は、昨日の個性把握テストのように、彼と張り合う必要もない。
ここで、あえて彼に話しかけにいく理由などあるだろうか?
「だって身能ちゃん、クラスの皆と仲良くなりたいって轟くんに言ってたよね?」
純粋に疑問に思ったのだろう、不思議そうに問う葉隠。
それに対し、耳郎は含みを持ってニヤニヤしながら強子の肩に手を置いた。
「そうだよ身能、爆豪とも友達にならないと!アンタ寂しがり屋さんなんだからさぁ」
「うん、耳郎ちゃんが完全に私で遊んでいることはわかった」
「ま、いいからいいから!あいつ今一人だし、話しかけるチャンスだよ!」
そのまま肩をぐいぐいと押され、強子はつんのめるように数歩前へ進んだ。結果として、爆豪のすぐ隣に並ぶかたちになってしまった。
「・・・あ?」
爆豪は、前触れなく隣に来た強子を睨みつけた。いや、睨まれたと思ったが、この目つきの悪さは彼にとってデフォルトであったか。
彼は隣に来た人物を強子だと認識すると、途端に強子からふいっと視線をそらした。もう興味もない様子でグラウンドの方を見ている。
「(こいつ・・・無視かコラ)」
彼の態度はいつだって人を腹立たせるものだが、背後から耳郎と葉隠の視線を感じ、ここは冷静になろうと、一つ深呼吸をする。
そう、友好的に接しなければ。これ以上、喧嘩っ早いだとか、怖そうだとか、強子の評判を下げるわけにはいかないのだ。
「爆豪くん、」
「うるせぇ、話しかけんな“補欠女”」
「名前を呼んだだけでこの扱い!?」
思わずヒステリックに叫んでしまった。
しかし、ひどくないか?理不尽じゃないか?こんなやつ、絶対に友達になれないよ。
もう彼から離れて、耳郎たちのもとに戻ろう。そして慰めてもらおう。
そう思った矢先、爆豪が口を開いた。
「・・・俺は、てめーを成長させてやるつもりはねぇ」
「え?」
何を言い出すのかと虚をつかれ、強子の思考が停止する。
「“人は人によって磨かれる”だァ?ざけんな、俺はてめーの研磨剤にはならねえ!てめぇの踏み台になんざ、なってやる義理ねーんだよ!!」
ギロリと、苛立たしげに強子を横目で睨んでくる爆豪。
強子はぱちくりと瞬きをひとつ。驚いたように彼を見つめ返す。
「・・・俺に話しかけんな」
どうやら彼は、轟と強子の会話を聞いていたらしい。人との触れ合いが、人を磨くことになるのだという話を。
彼は他人に興味なんてないだろうと思っていたので、他人の話を聞いていたというのは少し意外だった。
しかも、もっと意外だったのが、彼が強子の持論を素直に受けとっていたことだ。我の強い彼が、強子の意見を真に受けていることに・・・少しだけ彼をカワイイとか思ってしまった。
しかし、それをどう捻じ曲げて解釈したのか知らないが、彼は強子を磨かせたくないがため、強子と会話をしたくないと。そう言いたいらしい。
強子は彼の言葉を理解すると同時、呆れたように呟いた。
「もうなってるでしょ、研磨剤に」
「・・・は?」
「っていうか、他の誰より一番なってると思うけど」
「はあッ!?」
何を驚くことがあるのだろうか。
まず、入学してから強子が一番会話したのは爆豪である。なんなら入学前から面識があるが。
彼の圧倒的な強さを見せつけられ、彼と同じ高みに行きたいと望んだり。
彼のムカつく態度を見て、自分の態度を改めようと思ったり。
彼のせいで友達づくりに難航したからこそ、友達の大切さを再認識したり。
わなわなと震えている爆豪に、強子は煽るようにニシシと笑う。
「いやぁ、超一級品の研磨剤でしたよ!」
「っざっけんな!返せやゴラぁ!!」
返せってなんだよ。
余裕なく、怒りで爆発している爆豪に、ばれないように強子はこっそり笑みをこぼす。
「悔しかったら、爆豪くんも私を使って自分を磨いてみたら?」
「ああ!?なめんなっ!磨き返したるわ!!」
とうとう耐えられなくて、強子は声を出して笑った。磨き返すってなんだ。
というか、そこで彼が肯定するということは、これから爆豪は強子と触れ合う、つまり会話を重ねていくことに肯定したことになるのだが。理解しているのだろうか?
「・・・・・・あ?」
「ん?」
声を出して楽しげに笑う強子にガンとばしていた爆豪が、ふと動きをとめた。
彼の視線は強子のウエスト付近、黒いホットパンツの上にあるベルトに向けられている。
「お前、それ・・・」
強子のベルトは、背中のマントとあわせた赤色である。そのベルトには、黒い丸が二つ並んだ意匠があった。
ハッとして強子が爆豪のコスチュームを見た。
彼の黒いタンクトップにはオレンジ色のデザインラインが交差していて、そこにも同じような黒い二つの丸が並んでいる。
それはつまり、爆豪と強子のコスチュームのデザイナーが同一人物であることを意味していた(ちなみに麗日も同じデザイナーである)。
「「・・・」」
互いのコスチュームを凝視しあう。
黒タンクトップに、暖色系のライン、そこに並ぶ二つの黒丸。
見ればみるほど、二人のコスチュームがお揃いかのように見えてきて、なんだか気恥ずかしい。
強子は何も見なかったかのように、無言のまま、そっと視線をそらした。
彼もそれ以上は何も言わず、舌打ち一つすると、強子から離れ、さっさとグラウンドにむかっていった。
「・・・なんだかんだ言って、仲良さそうだよね?」
「うんうん!」
背後から聞こえた耳郎と葉隠の声にさらに気恥ずかしさを覚え、強子は頭をかきむしった。
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爆豪のコスチュームが一番かっこいいと思ったので、夢主のコスも同じデザイナーさんに製作依頼したい。
私のイメージする夢主コスを、文章で伝えきれていない気がします。文章力よ、無念・・・!
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[mokuji]
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