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 夏に恋



あいつは金魚掬いのポイみたいな存在だと思う。
尾ひれをひらひらと仰ぎながら泳いでいる赤い魚たちの中で、一匹だけ目を惹く黒い魚。周りからも異端児だと気持ち悪がられているその魚をひょいと掬って、持ち帰るのだ。広い水槽に入れられたその黒い魚は、一匹になってみるとひらひら仰ぐ姿が綺麗に見えた。もともと綺麗だったのだ。周りの意見でくすんで見えていただけで、きっと他と変わらない、いや他よりももしかしたら綺麗だったのかもしれない。周りに流されないポイのような彼のおかげで、あの彼は救われたのだ。
掬うと救うなんて、言葉遊びみたいだなとひとりで笑いながら、金魚の彼の髪を切るおれは 掬い上げられた先の器役でも買ってでようかな。

しゃきん、刃を重ねるごとに散りゆく黒髪は、今や彼の自慢の一部だ。


「おお〜…」

「目を閉じろ、目を」


入ってまた痛いなんて騒がれたらたまったもんじゃない。くすくす笑って今更目を閉じた彼は、淡いカーキの甚平を身につけていてお祭りを楽しむ気満々だ。祭りに行く前に前髪を切ってくれなんて、もっと時間がある時に頼んでくれればいいのに。
鼻先に落ちている短い髪を雑に払いながら、終わり終わりと敷いていたティッシュを片付ける。


「上手くできたの?格好いい?」


おれは別に髪を切るのが得意なわけではない。

本人がやるよりは上手く出来るからと、やってあげているだけだ。でもまあ、元々の顔が良いのか何度か失敗しても何故か良いように見える。新しいお洒落かなとさえ思えるほど前髪を切った日は、流石に謝ったけどこいつは怒らずに笑うだけだった。

「世界一格好いいよ」

切ったばかりの前髪を払い残しがないように叩いて、冗談交じりに褒めてやる。もっと優しく払ってと怒る彼は、うちに来てからもう3年は経つだろうか。やっと俺たち家族に慣れてくれたんだと思う。おれの双子の弟にはとっくに懐いていて、今日も2人でお祭りに行くみたいだ。おれも誘われたけど友達と行く約束をしてしまっているから、残念ながらまた行こうと断った。


「早く行きな、待ってる」


そういうと何か言いたそうに椅子に座ったままおれを見上げて、何も言わずに前髪を触る。

あの日、親族の集まりがあった日にみた光景が
ぶわり、目の前の光景と被って見えた。ひとりで泣けばいいのに泣きもせずにただ大人しく座って、一言話しかければ何か言いたげにしながらも口をつぐむ。それはまだこいつが10歳にも満たない頃だっただろうか。

それから数年、また急に集められた親族の集まりで、彼は泣いていた。
縁側で、障子一枚隔てた部屋で異端児の子を誰か引き取るのか揉めているのを聴きながら泣いているのをみて、おれの双子の弟がうちにおいでと勝手にその手を引いたのだ。親はもちろん最初は渋っていたが弟の粘り強さに負けたようで、うちで引き取ることになった。


「俺もそろそろ出る準備しなきゃ」


思い出に浸るのをやめて、離れる前にちょっと開きすぎなそいつの甚平のえりを直してやる。
されるがままに顎を持ち上げるそいつの筋肉のついた胸板やら、浮き出た鎖骨に目がいって手汗が酷くなった。よくない、よくない、必死に制止をかけて目を伏せる。


「……今日誰と行くの」

「え、あ、祭り?友達と」


言わなかったっけと首を傾げれば、聞いた気もすると真似て首を傾げられる。


「光輝、寂しがってたよ」

「うん、来年は一緒に行こう」


来年は、きっと2人のお邪魔になるかもしれない。その時は、呼ばないでいてくれると嬉しい。










「おーい!こっちこっち」


おおきく腕を振る友人らと合流して、夏季休暇中なにして遊んでたとか話しながら屋台の道を歩く。
みんなが同じ方向へ歩くなかで、おれらも流されるように太鼓や笛の音へ足を進めている。みんみん鳴く蝉もお祭りの音に参加しているようで賑やかだなとほんの一瞬目を瞑った。


「でも急だなーおまえも来るなんて」


友人のひとりが、おれにかき氷を渡しながらそう言う。


「そうそう。溶けるから行かねえ、なんて馬鹿みたいなこと言って来ないじゃん毎年」

「溶けるじゃん」

「溶けてねえだろ」


ざくっとおれの手元のかき氷をストローで攻撃されて悲鳴をあげる。
手元のイチゴに混じる青はブルーハワイだろうか、食べてみたけどほんの微かにしか付いてないそれは味がしなかった。


「そういや、おまえの弟と高橋来てたぜ」


どきりとした。

おれたちと親戚だけど名字は違うから、高橋と呼ばれているその人物と双子の弟が一緒に来ているのは知っている。結構大きな祭りだから会うことはないと思っていたけど、見たってことは近くにいるのかな。


「2人で行くって言ってたからなあ」


ストローで氷の山をつつきながら、人にぶつからないよう歩く。


「ハブられたから俺らんとこ来たの?」

「違えよ、誘われたの断って来たんだよ」


あははと笑う友達は失礼な奴ばかりで、でもそのズカズカ言う性格が嫌いじゃない。


「手ぇ繋いでたけどさ、やっぱデキてんのかな」


どうなの。

と、悪ふざけで聞いてくる友達に本当なら否定してやりたかったけど、思ったより心に衝撃がきて「え」と目を見開くだけになってしまう。


「あの高橋が手を繋ぐとか、もうそれでしかないだろ!」

「高橋って人寄せ付けないオーラ半端ねえもんな、なのに光輝にだけめっちゃ懐いててさ」

「ほんとそれ、デキてんの2人?って」


流れるように弾む会話が、ずしずしと重りになっておれの心をさげていく。
なかなか飲み込めないかき氷がのどに溜まっていった。



「高橋イケメンだから光輝が貰ってくれるならありがてえ〜」

「高橋が貰われたところで、おまえに女が来るかは分からないよな」


うるせえよ!きゃんきゃん吠えるように文句を言う友達の会話をよそに、溶けるのが早いかき氷をまた一口食べた。最初に食べた時より味気のないかき氷に急に気持ちが悪くなり、次第に吐き気に襲われる。だれかに毒を盛られたか、熱中症じゃないかと打診されて(多分後者かなと)花火が打ち上がるまえにみんなとバイバイすることになった。やはり俺には夏祭りは早かったと言い残して帰ろうとしたら、友達らは不憫そうにりんご飴と焼きそばを持たせてくれたけど代金は後で請求されるらしい。真面目で優しい友達を持ってなによりだ。




その日の花火は小さかった。

二階のベランダから微かに見えるそれは、彼らから見たらどれくらい大きく感じたんだろう。





「昨日、大丈夫だった勇輝?」



次の日のお昼頃、祭りの疲れかぐっすり寝ていたおれはすっかり体調不良もなくなって居間にでる。

「泰晴…」
たいせい、と名前を呼ぶ。昨日じぶんが着ていただろう淡いカーキの甚平を畳むそいつの前に座った。


「大丈夫ってなにが」

「なにがって、体調崩して帰ったんだろ」


家族の誰にも言ってないはずなのに、なんで知ってるんだろう。


「もう大丈夫」


ごろん、と特に疑問をぶつけることなく、蒸し暑いなか畳に寝転んで扇風機の風を強にする。山盛りの洗濯物のなかにはもう一枚紺色の甚平があって、光輝はこれを着たのかなあと手を伸ばす。


「勇輝のはグレーだったんだよ」

「おれのもあったんだ」

「当たり前だろ、おれのがあるのにお前のが無いわけない……」


たまに、まだ家族として疎外感があるのかなと思う。じぶんのことは勇輝と光輝のつぎに、みたいな。自分がしてもらって当たり前とは思わない。

それもそうか、本当の両親じゃないしおれらは双子だから余計に兄弟って感覚もないし。
ぱたぱたと寝転んだまま右手を振り上げて泰晴を呼ぶと、不思議そうな顔で近いてくるからほっぺを軽く触る。触るというにはぺちんなんて音を立てて泰晴は「痛っ」と口から出てたけど。


「おまえが嫌がったって、家から出さないから」


掬いあげられたおまえにちゃんと、居場所を与えてあげるから。


「そんな顔しないで」


おれは泰晴が好きだから。

そんな顔されるのはやっぱり嫌で、辛いことがあった分の倍くらい幸せにしてやりたい。それがその役目が弟の光輝だとしても、その環境を作ってやれるような人になりたい。
屈んでおれが触りやすいようにしてくれてる可愛い泰晴は、眉をひそめて何か我慢したようにおれの名前を呼ぶ。うん、と反応を返せばおれの切った前髪に触れてた手を掴まれて、そのまま近づいてきた顔が柔らかく唇に触れた。周りの蝉が一斉に鳴くのをやめて、近くの風鈴の音だけがやけに耳に響く。

チリーー…ン…。ながく尾を引く音が止まずに、このまま終わりがこなければいいなんて、思った。






(なんで、どうして、おれで合ってる?)
(双子だから間違たのかもしれない)

夏に恋