小説 のコピー | ナノ
そんな夏の日
いちばん最初はほんの出来心。
そこにホースがあったから。空に向かってぶちまけたら、きらきら太陽に反射する水飛沫がきれいで調子にのっていた。プールの横のまでとんでいく水飛沫がのぞき見した告白現場に直撃してしまって「きゃあ」ちいさい悲鳴が響いて、やばいこれは当たったなと思った。
かかったであろう女子はさっきまで泣いていたのに、次の瞬間には「最悪」だと怒ってこちらをみると、お前か。そう言って泣かせた張本人の男をそっちのけで追いかけてくる。まさかクラスの女子とは。
アオハルといいたくなるプールサイドの鬼ごっこののち、捕まって一発みぞおちを食らったけど。どうして女子のくせにビンタとか可愛いもので留めてくれなかったのか、瀕死な腹筋を押さえてうずくまる。
「大丈夫?」
プールサイドにしゃがみ込む俺に手を差し伸べてるイケメンに、さっきまで告白されて振っていたのを知ってるおれは冷たい雰囲気がなくて瞬きする。おれに鳩尾を決めたあの子が泣くほど、冷たく告白を断っていたのに今は普通にいいやつ。じつは見てましたなんて言えず「大丈夫」をくり返してると、眉をハの字に下げて立たないおれと同じ目線までしゃがむ。
だれだっけ、たぶん同級生じゃないけど。さっきの子はクラスメイトだったから、先輩かな?
「大丈夫っす、あいつ手加減ないから…いてて」
「あいつ、ってことは、友達だったんだ」
「まあクラスメイト?」
夏服のシャツについてる名札には瀬原の文字があって、自然とせはらせんぱい…と心の中で唱える。
痛いといってもしょせん女子の力。しばらくすると照り付ける日差しに焼けてる肌のほうが痛いと感じるくらい回復して、その間よこにいたこの先輩に話しかけた。
「おれ今日プール掃除なんですよ」
いつまでも去ろうとしないから、おれはここに残る理由があることを言えば立ち去るかなと。でもなぜか「じゃあお大事にね」とはいかず無言でプールを見る先輩。たぶんほかに人が居ないから疑問に思ってるのだろう。単純におれが美化委員で、他のやつらがまだ来てないだけ。各学年2人ずつだからあと5人はくるはず。
先輩はあぁ、と納得したようにこちらを見ると笑顔になった。夏の日のプールに負けないくらい涼しい口元に弧を描き、すこし染めたのがわかる焦げ茶色のやんちゃな髪。
「プールに行けって委員会の仕事だったんだ」
「え、てことは美化委員ですか?」
「うん。気づいたらなってて、来たのはいいけど女子に捕まって」
あ、知り合いだったっけごめん。そういうのには慣れてる雰囲気だけど、嫌味な感じはしなかったので首を振る。
「モテそうですもんね。先輩」
「……あ、俺1年」
えっ。しばらく間が空いて、お互いに何とも言えない顔で見合う。
1年なのになんで知らんやつに敬語を使わない?おかげで先輩かと思った。
べつにスポーツ魂やらないし、上下関係に厳しいほうではないので敬語をつかわないからどうってことはないけど。
先輩かと思ってすこし伸ばしていた背筋をゆるめ、掃除用具いれから出しといたモップを取りに行く。
「あ、先輩さっきのひととクラスメイトなら2年だよね」
ひよこみたいについてきた瀬原先輩、ではなく瀬原にそうだよと返す。
「なんで敬語なの?」
「お前が敬語じゃないから先輩かと思ったろーが!」
「身長じゃなくて?」
「おれより高いからって調子乗んなよ瀬原め」
モップを押し付けると、楽しそうに笑ってる顔が目に入って眉をひそめる。
冷たい空気をかもちだしたり、大人しそうに涼しげな笑みをみせたり、ガキみたいに楽しそうにしたり。忙しない奴だな。
「プールサイドから掃除して、あとでプール掃除するから」
「おっけー任せて」
そういって魔女がホウキにまたがるみたいにモップにまたがるそいつを止める。
やめろ飛べないから。そう言ったらまた可笑しそうに当たり前じゃんと返して、挟んだまま歩いて向こう側へ行く。なんであほな行動取ったやつにツッコミしたら俺のほうが可笑しいやつみたいになってんの、腹立つ。
つーかなんで制服のままなんだよ、スラックス濡れたらどうすんだよ。
「瀬原!」
「なに?あっちからゴミはけば良いんでしょ」
「ジャージねえの、濡れるから」
「ダサくて体育以外着たくね〜」
「着てる人前に何を」
「先輩、似合う」
本日2度目。そこにホースがあったから、瀬原に向かってぶちまけた。
信じらんないとか叫びながら逃げる瀬原を追いかけて水飛沫をあげていたら、先輩たちがやってきて「こらー」なんて古典的な怒られ方して。慣れ親しんだ先輩たちの胸を借りて泣く。そんなおれを見てケラケラとわらう瀬原はびしょ濡れで、水も滴るいい男感を出すからうざかった。
なんやかんやで、結局ジャージに着替えた瀬原と集まった6人で掃除をしていたが。美化委員の女子が瀬原がいることに騒いだり、プールの外から瀬原がんばれと応援の声が飛んでくるのが瀬原のモテっぷりを表す。その都度興味なさげにシカトする瀬原に先輩たちは「スカしてんね〜」なんて言うが、スカてるなんてレベルかよ。初対面でもおれとは普通に話していたから人見知りではなさそう。てことは、女嫌い?勿体ない。
ほぼブラシ掛け終わりのプールに、水を撒く。
さっきより陽が傾いているが、まだ陽に反射してキラキラとしてる水飛沫が夏っぽくて魅入ってしまう。汗をぬぐいながら、なんとなくホースを振って遊んでいると瀬原がこちらを見ていることに気づく。
だっさいジャージを身にまとっても、ハーパンの裾を折り上げるだけでオシャレにみえてしまうのはスタイルが良いからだろう。
てか、そもそもジャージださいなんて思ったことねえし。
「先輩、背中濡れてるよ」
「こーろーんーだーの」
「はは、見てたけど」
目を細めてほんとうに可笑しそうに笑う顔、できるくせに女子にしないとか。
「変な奴」
このホースを片づけたら一時間ちょっとかかったプール掃除は終了。
夏の美化委員の活動は、あとは草むしりくらいでほぼ終わり。楽で良い委員会に入ったと思う。
ソーダ飲みたいなと思いながら解散して、後輩に先生への活動報告を任せてバイバイする。のんびり制服に着替えて玄関にいくと、ジャージのままの瀬原が鞄を背負って下駄箱に背を預けてた。
そっか、制服おれが濡らしたからジャージ下校なのか。
「おつかれさま」
そういって帰ろうとしたら、襟をついっと引っ張られる。
「帰りにソーダ奢って」
「はあ?」
「先輩でしょ」
理不尽極まりない先輩扱いに、ひとこといってやろうかと思った。が、あまりに愛嬌ある顔ではにかんでるものだから喉がつっかえる。か、かわいい。
懐かない犬がじぶんにだけ懐いてる感覚になる。これをされて、たかが100円程度のソーダを奢らないやつがいるのだろうか。
そんな言い訳を悶々と繰り返して、義理もないこいつにソーダを買ってあげた。
(いつか)
(先輩しか要らないよ)
(そんなこと言われる日までの物語)
そんな夏の日
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