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「西野、ローストビーフ丼だって」
手伝ってとのことだろう。
谷やんがメニュー伝票を書きこみながらキッチンへ帰ってきた。ぼんやり在庫確認してた手を止めて、肉の塊を冷蔵庫からだす。
わさびやタレを用意していたら、タレがもうなくなりそうだから叔父に言わなきゃ…とホワイトボードに《タレあと少し》とメモ書きする。
「なあ、あいつらってネトゲ繋がりなんだろ?」
「え……ああ、うん。今のお客さん?」
「ネトゲであんな友達できるなんて、最近はいいな。現代っ子って感じ」
いうて、谷やんくらいの人も多いだろう。
ネトゲのオフ会は、30.40代のひとが多かったように思う。カイドウグルが廃課金の集まりでたまたまなのかもしれないけど。
やれば?と言ったってやらないだろうし、適当に笑って流すと包丁で肉を削いでる谷やんがムッとした。
「そこは、谷崎さんまだ現代っ子ですよ、とか無いの?」
「えー」
「お前も削いでやろうか」
きゃー。と距離をあけて両腕でばってん作る。
しねぇよ、と肉を削ぎ終えた谷やんが包丁を洗ってるうちに「ですよね〜」と卵と丼をだしておく。ごはんをよそう為にしゃもじを探していたら、思ったより近くに谷やんの背中があってピタッとくっつく。
「ああ、邪魔だ〜」
「しゃもじがないー」
「炊飯器の中にあるから」
そう言って肉をタレもみしだした谷やんは、くっ付いてるおれを剥がしもしないしツッコミもしない。嫌がられてない安堵と構われない悲しさ。
はあ、とため息をついて体重をかけてた重心を持ち上げる。
炊飯器をぱかりとあけると、しゃもじがちゃんとあった。
「…なに、俺があっちいると寂しいの」
わらい声の響く賑やかなホールを指す谷やん。
ふるふる首を振りながら丼にごはんをよそうと、もう一度ため息を吐く。
「1人こっち寂しい」
「え、なんで首振った?」
「谷やんがあっちいるからじゃない」
「誰でもいいのね……!?」
酷いわ!?と急におネェみたいな口調になった谷やんに、お山型に盛ったご飯の丼を渡してあげると「アンタも来ればいいじゃない!」と続けられる。意外と似合うけど、そっちの趣味があるのだろうか。
丼を受け取った谷やんをまじまじと見ながら、まあ顔整ってるから似合うなと想像する。
「カウンターに3人もいたら、邪魔だろ」
ありすちゃんは寂しがりだから、誰もいない日や谷やんだけの時は側にいたけど。そもそもそんな喋るわけでもない俺は、輪に入るのが苦手だ。
もともと居たところに、誰かが増えるのは気にならないけど輪の中に入るには、話題も面白味もない自分に引け目を感じる。
「じゃあお前がカウンターいく?」
そうじゃない。とは、言いづらくて口ごもる。
谷やんみたいに話せる人は居るだけで楽しい、そんな人と交代したら口数少ないのを比べられる。
なんて、実際そんなことないのは分かってるのに頭のどこかで比べられるという考えが渦巻いてる。
考えすぎ。
「行かない、在庫確認途中だった!」
ハッとしたようにバインダーを持ち直して、どこまでやったっけ。なんて在庫一覧表と、在庫を行き来して確認する。
ローストビーフ丼が出来たのか、トレーにサービスのオニオンスープも載せた谷やんがキッチンへ向かう前におれのけつを膝蹴りして行った。
う、と蹴られた場所を押さえながら、谷やんの姿が見えなくなったのを確認してしゃがみこむ。
「ほんとダサい…」
じぶんの自己嫌悪も、全部言えなくてただの構ってになってしまうのも、それを説明できる語彙力も持ち合わせていないことも。
こういう時は、ゲームの世界の方が好きだ。
ネットだと割り切ってるから、くだらない絡みを誰とでも出来るし。
「西野ぉーーー!!」
「……!」
「出てこい西野ぉ!航様が来てるぞーー!!」
持ってるバインダーを落とすかと思った。
わたるさまって、ありすちゃんの声。
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