苦い恋うさぎ2
おれの初恋は中学生だった。
でもおれはアブノーマルな初恋みたいで、まわりのみんなが女の子を好きになるなか男の子を好きになってしまって。
だから言えずに終わってしまって。
自分の偏った性癖にも気づいてしまって、ほんと散々な初恋でした。
春、初恋から四年目の春。
こりずに高校で好きになったのはクラスでも目立つタイプの森田浩司だった。こうちゃん、そう呼ばれて瞬く間に王子様みたいな定位置を勝ち取ったそいつは、いばるでもなく謙虚になるわけでもなく。ただただ自然体でみんなを惹きつける。
勉強は普通、サッカーが得意、体育はだいたいできる。そんな特別なことはないけど、ただそれが格好良かった。
一言、二言、構われた。ただそれだけ。
じぶんでもアホらしい話だが、構われて意識するなんてどうかしてる。意識してから好きになるまでは、そう時間はかからなかった。
「ーー……ということだ、吉野」
教卓の前で先生が“吉野”らしきひとの肩を叩く。
あさいちばんのホームルームは、いつもの気怠い雰囲気じゃなくて久しぶりのクラスメートで爛々としていた。
「改めて自己紹介するんですか?」
「おー。お前の顔忘れてるやつもいるだろうし」
どっ、と笑いが沸き起こる。
間違いない!とか、その野次は失礼じゃないか。まあおれも顔思い出せなかったひとりだけど。
「え〜ひどいな、吉野裕太です。改めて、よろしくお願いします」
黒い学ランとは対照的な真っ白な肌。
この間まで禿げてたんで、いまはベリーショートです。なんて冗談を言っていじった色素の薄い髪は、言われなきゃただのベリーショートで。線の細い彼には凄く似合っていた。
禿げてたっていうのは、抗がん剤治療とかの副作用でだろうか。改めて入院してたんだなと思いながら耳を傾けていると、何度か目があう。たぶんギプスが気になって見ちゃうんだろうな。
「北原と一緒で、医大に入院してたそうだ」
「……あ、はい」
急に先生に話を振られて、ちがうことに気を取られていたおれはハッとして背筋を伸ばす。
「会ったりしなかったか?」
先生の言葉に、首を振る。
クラスメートからの視線が来て、なんだか居た堪れなかった。
「おれは、一方的にみたことはありました」
吉野のことばに、まわりは「おい北原ぁシカトしてやんなよ」と、からかってくるが、知らないよ。話しかけられた訳じゃないだろ見ただけだろ。いや にしても、見たなら声かけてくれれば良いのに。
「まぁ、とにかく仲良くしてやってくれ」
先生は時間が押して来たことで、適当に締めて吉野を席へとつかせる。隣の席と挨拶してる声がかすかに聞こえて、何人か面白そうにそっちを見ていた。
もちろん森田も例外ではない。
吉野は瞬く間にクラスに溶け込んだ。
半年以上いなかった幻のクラスメート、というのを除いても明るくて面白い性格に、どこかブレない自分の軸を持ってるそいつは分け隔てなくだれとでも喋る。森田と並んでると、女子がどっちがタイプかなんて比べるくらい人気もでた。
「こうちゃん!」
そんな吉野が森田の名前を呼ぶと、森田は何かしていたのをやめて顔をそちらに向けて破顔する。
吉野が帰ってきてから森田はより一層、笑うようになった。いつの間にか何をするにも2人セットなことが多くなって、俺の腕のギプスが取れる頃にはもうあの2人が一緒にいるのは当たり前になっていた。ニコイチ、相棒、まわりにそんなこと言われて、女子にもほんと仲いいねとか言われて。付き合ってんの?なんて、冗談でからかわれているのを見ると死ぬほど胸が苦しくなった。
だんだんと仲良くなっていく彼らには、何か違う絆があるように思えて。それがまた嫌だった。
所詮、おれの気持ちは叶うものではないけれど。
もしかしたら、おれが明るかったら行動力があったら、吉野みたいな立ち位置になれていただろうか。
「北原、顔死んでるぞ」
昼休憩に入る前、授業中に森田と吉野がいちゃいちゃしてるのを周りが煽ったりするからおれのHPは0だよ。大ダメージをくらって回復するすべもなく今に至ってるからそりゃ死んだ顔にもなるわ。
吐きそうなくらい体調がすぐれない中、母のお手製弁当を口に詰め込む。おれの嫌いなものばかり詰めやがって、きっと昨日の夜喧嘩したからだ。洗濯物投げっぱなしなくらいなんだよ、あとで洗濯カゴ入れとくって言ったじゃん。ほんとに入れたことないけどさ。
こうして考えると、明らかにじぶんが悪いのだが指図されるのが嫌いなお年頃でそのときは素直に行動できない。ぐぬぬ、母と早く仲直りしなくちゃ晩御飯も……。そう思うとまた別の意味でため息がでた。
「いる?」
ほんとに体調が優れなくなって、体育を休んで見学していたら吉野がペットボトルを差し出してきた。
なんだこいつ、いい奴かよ。でも明らかに飲みかけのお茶を人に差し出すってどーゆー神経してんの、おれが潔癖入ってたら絶対受け取らなかった。
一口だけもらって、お礼を言って返すと吉野はとなりに腰を落とした。バスケの自由時間だからどこに行ったっていいのに、なぜおれの隣に、なんて深い意味はないんだろう。
だむだむ重たいボールが床にぶつかる振動を感じながら、友達とボール取り合って遊んでる森田をみる。3対3なのかなあ。
「こうちゃん!ふぁいとー」
ばかみたいに明るい声音で、吉野が応援する。
シュートが決まってリスポン地点に戻っている森田がこちらを見た。
ぱちり、目が合った気がした。
はにかんで手を振り上げた森田が笑いかけた相手は、俺じゃないのにときめいてしまた。
(やっぱり、格好良いし)
(やっぱり、眼中にはないし)
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