プロローグ〜思い出の木漏れ日〜






 祈るように組んだ彼女の両手から、淡くやさしい翠の光が瞬き始める。
 謡うように紡ぐのは大地へ捧げる言葉。そっと片手を伸ばし、光が宿る指先で枯れかけた蕾に触れた。途端に翠の光がはじけ、蕾と蕾を抱く若木に吸い込まれていく。

 夕陽を照り返す葉は、微かに艶やかさを取り戻していた。それは彼女にしかわからないであろう、ごくごく小さな再生だ。
 ユエリアはほっと息をつくと、翠の髪を隠すために上衣のフードを深く被る。

(まだ全部が枯れてなくて、良かった)

 若木はもう少し季節を経れば、真白の美しい花で全身を飾る。花弁が風で一斉に宙を舞う光景は、豊かな葉でふくよかになった森の色彩によく映えた。彼の若木は、大切な思い出の木漏れ日だ。どうしても守りたいと彼女は思った。
 だが、先日降った雨は桶をひっくり返したかのような激しいものだったから、ユエリアは心配になってこの若木のもとへ足を運んだのだ。

 陽が沈みきる前に、村へ戻らなければ。彼女が踵を返すと、村へと続く細い道にぼんやりとした灯りが浮かんでいた。灯りは一定の速さで彼女に近づいてくる。
 ユエリアはこっそりため息を吐いて。しばし逡巡した後、灯りをたずさえている青年に声をかけた。

「あんた、こんなところで何してるの?」

「あなたを迎えに来たんですよ。ユエリアこそ今まで何を? 急に村を飛び出していくので、何かあったのかと思いました」

 彼は知らない。ユエリアの目的も、挟まれた沈黙の意味も。

「別に。木々の様子を見にきただけ。あんたが気にかけるようなことじゃない」

 青年の紫の瞳を見ないようにして、ユエリアは彼の隣を通り過ぎようとする。
 ――と、視界の端から暗闇が侵食してきた。最近、《大地の朋》の力を使うと大抵こうしてめまいが起こるようになった。

「ユエリア?」

 世界が一瞬飛ぶ。膝が勝手に折れて、湿った地面に両手をついた。焦ったような青年の声が間近に聞こえたかと思えば、ユエリアの隣で困惑した彼が同じく片膝をついている。
 すぐ傍でちらつく彼の金髪は、陽光のように眩しくて、煩わしくもあった。
 森を駆け巡る風が木々のざわめきを煽る。彼の持っている灯火が不規則で歪に揺らめいた。

(あたしはまだ、確かめないといけないことがあるんだから)

 その時彼が差し伸べてきた手を、ユエリアがとることはなかった。





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