太陽に透ける
大陸から隔てられた島国であるガーディン王国。その西の一帯に広がる森に、人々は寄り付かない。
ただ人は呼ぶ。
閉ざされた辺境の地。或いは『異端人』の住まう森、と。
***
時はさかのぼり、五日前。
一滴、また一滴と雫が葉末から滴る。それらは朝の神々しい太陽に透ける自然の宝石。
森に薬草となる植物を採りに来たユエリアは、この雨上がりの景色が清々しくて好きだった。
陽の光を吸収して淡く輝く翠の瞳に、長い睫毛が影を落とす。陶器のように滑らかな白い肌。艶やかな唇は果実のように熟れている。すらりと伸びた四肢は、彼女が少女から大人の女性へと変わりつつある証だ。
ユエリアは被っていたフードを取り外した。周囲の木々の葉よりも浅く柔らかな色合いの、長い翠の髪が光にさらされる。
大きく深呼吸をする。とても澄んだ大気。――が、しかし彼女はピクリと眉根を寄せた。
微かな声を聞いた。
大地の、囁きを。
表情を険しくしたユエリアは、再びフードを目深に被り、その翠の髪を隠すと、大地に呼ばれるまま用心深い足取りで向かった。
自然の奥深くで育ったユエリアにとって、大地の声を辿る事は容易なこと。難無くその源へ向かう事が出来た。
「なんだ、馬じゃない」
馬は力無く四肢を投げ出している。傷は浅いのだが、打ち所が悪かったのだろう。既に死んでいた。
「でも、どうしてこんな場所に…………っ!」
彼女は目をみはり息をする事も忘れて『それ』に見入った。
――青年だ。昨夜の雨に打たれてグシャグシャになったのであろう、まばゆい金髪。頭を打ったのだろうか。額には暗い血の紅がべっとりとついていた。青白く生気の感じられない腕はだらりと地を這う。全身泥や砂ぼこりに塗れていて、服は見るも無惨な状態だ。
恐る恐る青年に近づいたユエリアは、びくりと肩を揺らした。
(息がある! 生きてるんだ。でも……あたしは)
フードから肩口にこぼれ落ちてきた翠髪を、ぐしゃりと掴む。
このまま青年を放っておけば、一日が終わるよりも早く命は絶たれるだろう。そしてそれは、見てみぬふりをするという事で。彼女は唇を噛み締める。その手に下げている編み籠の中には、人間一人を治療する事が出来る薬草が十分に有る。森と村を繋ぐ中継地点として、小さな木造小屋も付近に在る。
(まだ、間に合う。あの時とは違うんだから)
脳裏に、幼い日の惨劇が蘇る。
彼女には、弱々しく脈打つ生命を絶つ事ができなかった。