縺れた未来の夢を見る

 彼が疑われていることは知っていた。本人も、それに気づいていただろう。それでも、彼は気丈にもそんな様子など見せなかった。
 審判の部屋へ連れて行かれる恋人を見た時、最初は何かの間違いだと思った。しかし、周りの言葉を聞いていくうちに、いつしか彼がスパイなのではないかと疑ってしまう自分がいることに気付く。
 信じていたいのに、誰が疑っていても自分だけは信じてあげたかったのに、弱い自分にはできなかったのだ。
 全てを知ることが怖くて、目を逸らした。彼の声と、扉が閉まる音が聞こえる。その後のことはあまり覚えていない。
 『箱』になった彼を見た時に、後悔した。守れなかったこと、いや、彼を疑ったこと。もしかしたら、出会ったことすら、間違っていたのかもしれないと。
 呆然と、『彼だったもの』を見つめる。彼は戻ってこないのだと。もう、あの声を聞くことも、あのあたたかさも、全て、何もかも。
 幼馴染に名前を呼ばれたと同時に、手を引かれた。力が入らないというのに、幼馴染は構わず無理やり引っ張っていく。どうしてだか、その手に酷く安心していた。
 誰もいない部屋。目の前には、どこで用意したのだろうかわからない酒と、難しい顔をしている幼馴染。自分がなぜここにいるのか、わからなかった。
 何かを言おうとするが、声が出ない。それに気づいたのか、幼馴染は優しく声をかけてきた。
 全てを聞いて、思い知る。彼は、本当に、こんなろくでもない自分のことを愛してくれていたのだと。
 そして、渡された短い遺書と遺品。そこには、『愛する君の幸福を祈っています』と、短く書かれていた。
 涙が、止まらなかった。そして、再び彼の喪失を思い知る。亡くしてから大切だと気づくなんて、なんて自分は馬鹿なのだろう。
 だからこそ、言ってはいけないことを言ってしまったのだ。
 ――自分がいなくなったほうがよかったのに、と。
 言ってから、気づいた。その言葉が、彼の死を、言葉を、想いを冒涜しているのだと。
 すぐに、失言だと謝る。幼馴染は、何も言わなかった。
 しばらくの間、沈黙が続く。ふと、目の前に酒が注がれたグラスが置かれていた。
 どうやら、これから飲もうということらしい。一口飲む。少し、心が落ち着いていくのを感じた。
 幼馴染から、色々なことを聞いた。自分も、幼馴染に様々なことを話した。幼馴染も辛いだろうに、優しく話しをしてくれた。
 そして、心がいくらか落ち着いたとき。酔っているのだろうか、普段は言わないことが口から出ていく。幼馴染も同じなのだろう。普段聞かない言葉が、彼の口から出てくる。
 それは、追悼の言葉だったかもしれない。それは、謝罪の言葉だったかもしれない。それは、お礼の言葉だったのかもしれない。――それは、愛の言葉だったのかもしれなかった。
 言葉を重ねていくうちに、想いは強くなる。降り積もっていくそれは、まだ傷を覆うには少ないだろう。それでも、自分が彼を愛した事実は変わらないから。
 ありがとうと、幼馴染に告げる。彼は、自分の幸福を祈ってくれたのだ。ならば、それに報いる行動をしよう。まだ、戦いは終わっていない。
「俺は、必ず生き残ってみせるから」
 それに安心したのだろう。幼馴染は、笑って頷いてくれた。

 

 







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