蕩ける蜜と甘い夢

 朝食の準備をしていると、寝ぼけた様子のニールが近づいてくる。そろそろ起こそうかと思っいたところだ。
 おはよう、と声をかけると、起きたばかりの舌足らずな声で返事をする。寝起きがよくないところが、また可愛らしい。
 もうすぐご飯ができるから待ってて、と声をかけようとしたとき、背中に温かさを感じる。どうしたのかと振り返ると、嬉しそうな顔をして抱き着いてきた恋人が目に入った。
 腹のほうへ回された手に触れながら、エドマンドは微笑む。これが、日常の幸せなのだろう。
 どこか安心したようなため息が聞こえる。自分の存在を確かめてるのだろう。その姿さえ、愛らしい。
「顔を洗っておいで。その間にご飯の準備終わらせるから」
 優しく声をかける。まだ夢現のようなふにゃりとした声が、甘くとろけるように耳に響いた。聞いているようだが、どうやら応える様子はないらしい。
 仕方なく、そのままにする。無理やり引きはがさないのは、エドマンド自身も離れがたく思っているからだ。大事な柔らかいものを、自分から離すことなどしたくない。
 それでもこのままいたら、お互い仕事に遅刻してしまう。もう一度、諭すように名前を呼ぶと、今度はわかりましたという返事がきた。声はまだ眠気を押し殺している様子がうかがえるが、最初よりははっきりと聞こえてくる。
 少しだけ、最後にぬくもりを堪能するように抱きしめてくる。背中から伝わる温かさが、心地いい。名残惜しそうに離れて顔を洗いに行くニールを見送り、エドマンドは作りたてのご飯を盛りつけ始めた。

 美味しそうに食べる様子は、いつ見ても楽しい。エドマンド自身は食事に楽しさを見出していないため、自分と違う感覚を持つ恋人は見飽きる事はなかった。
 じっと見つめていると、恥ずかしくなったのか少しだけ落ち着かない様子を見せる。その一挙一動だけでも、エドマンドの心に水が流れるように満たされていく。
 もう少しだけ食べているところを見たくなり、エドマンドは肉が刺さっているフォークをニールの前に差し出した。キラキラと目を輝かせる様子がまた愛おしい。どうぞ、という言葉と共に、エドマンドはもう少しだけフォークを近づける。ニールは何度かエドマンドの顔を見ていたが、少しすると遠慮がちに口を開けて肉を食べた。
 朝露で輝く薔薇のように、ニールが笑っている。頼りなさげな、触れればすぐに手折れそうな花に見えるが、心に秘めている芯の強さをエドマンドは知っている。目が眩みそうな明るさは、抱えている闇を包み込んでいても、だ。
 全てを食べ終えて、食後の紅茶を飲もうとする。自分が淹れるとはりきって、恋人が立ち上がった。以前、味はわからなくても紅茶のにおいや、淹れた人が何を思っているのか考えるのが好きだと言った時、泣きそうな顔をして一生懸命淹れてくれたことを思い出す。気持ちを汲み取るのは苦手だが、あの時の彼の淹れてくれた紅茶には自分へ向けられた愛情が目一杯感じられた。そして、味などわからないはずなのに美味しいと、感じられたのだ。その時のことを思い出し、エドマンドは不思議な気持ちになる。
 お待たせしました、という声と共に、ティーカップが置かれる。爽やかな、一日の始まりを思わせるにおいがした。
 伺うような、しかし嬉しそうな顔をしてニールはこちらを見ている。エドマンドの反応が気になるのだろう。砂糖を入れてかき混ぜながら、じっとエドマンドのことを見ていた。
 味わうように、一口飲む。相変わらず味はわからなかったが、透きとおるような穏やかさが流れてきた。
 この感情を表す言葉を、エドマンドはあまり持ち合わせていない。言えない気持ちを全身で伝えるために、触れられるほどまで近づいた。きょとんとした恋人の海底を思わせる瞳が、エドマンドの動きを捉えている。
 跪き、片手を取った。何をするのかまだ把握していないのか、ニールは不思議そうにエドマンドのことを見ている。まだ開きかけの蕾が、期待と不安で揺らいでいるようだ。
 手に軽く口づけをする。弾力のある感触が、唇から伝わってくる。その後に、愛してるよ、と囁くように伝えた。ニールの顔を見ると、真っ赤な顔をしてこちらを見ている。ニコリと笑みを向けると、エドマンドくんのバカ、と聞こえた気がした。

 

  







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