或る暑い夏の日



家族から最後に届いた手紙には小さなお守りが入っていた。薄い布袋に何が詰まっているかは分からないが、毎朝内ポケットに忍ばせていたそれはもう大分色褪せている。
ところどころほつれたそれには名前が縫い付けてあり、簡単な漢字しか無いのに不恰好なそれから、家族の不器用さが見て取れた。
随分と身を守ってくれたこれの役目ももう少しだけだ。普段着ているカーキ色の代わりに、これで最後かもしれないと白に袖を通した。お守りは内ポケットではなく胸の方へしまい込む。揃いの帽子を手に取れば、鏡の中に海軍人が現れた。太線に印が二つは中佐である。
胸元の勲章はきっちり磨いてあった。
家を出るときに丸刈りにした髪が随分伸びて目元まで掛かっている。仮にも航空隊長として赴任しているのにこれでは格好が付かないな、とため息を飲み込んだ。
隊として長髪は別に構わない。しかし後ろに撫で付けるか、とかき上げても整髪剤が無い状態だとさらりと落てきてしまうのである。そのまま帽子を被れば不格好になるのは目に見えていた。
夜辺り誰かに切ってもらうかと流した前髪は少しだけ癖がついていてはねる。
飾緒を付けて錨を下げれば、軍人山下入道の完成だ。

幹部クラスへ召集をかけ、本部からの指令を手に前へと立った。この地での司令官代理になりもう三月も経つ。

積極攻撃中止命令の発令、明日の正午に重大発表があると各隊員に通達し、発表までは航空機の整備と迎撃の準備をと指示を出す。

僕達は待機だ。明日からまた忙しくなる、体を休めておけ。
最後にそう言い残してそのまま部屋へと引き上げる。久々に履いた革靴はかつかつと高らかに鳴り響いた。
長らく壁の飾りと化していた脇差の手入れをし、家族に手紙をしたためる。
表題は遺書。
母印まで捺してから机にしまうと、ベランダに出て空を仰いだ。

眩しい青に立ち上る白に目を細めた。
いつもと変わらない、夏の一日がまた始まる。


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bkm
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